第7話 見えない積荷

 私を乗せ魔導列車トレインは走り出す。窓の外の駅遠く。既に列車は荒野に繰り出していた。


 私が乗り込んだ車両はどうやら貨物を積み込む場所のようで、乗客はおろか人が座るための座席すらない。しかしながら、そこに積荷は一つもなく、中はがらんどうだった。


 私は能力スキルを解除し、積まれた荷物にもたれかかって一息つく。


「ちょっと、疲れますね……」


 姿を消しすぎたせいで、それなりの魔導マナを消耗してしまった。五分ちょっと、自分の姿を見えなくするだけなのに、もうヘロヘロだ。我ながらなんて弱さだろう。ラザール様やジャンヌなんかと比べてしまうと、自分が情けなく感じられて“差”というものを思い知らされる。


 そういえば、アルルはどうなんだろう。彼女は魔導具こそ使いこなしていたものの、能力スキルを使うことはなかった。

 いったいどんな能力スキルなのだろう。分からないけど、ジャンヌを相棒とするくらいなのだからきっと彼女も相当な魔導の使い手なのだと思う。


 そうだとするとますます私の立つ瀬がなくなる。翠の眼をした無能、それが私なのだ。

 でも、やらなくてはならない。この盗みはアルルからの試練。望むものを掴み取るために、無能だろうが全力を尽くしてみせる。


 魔導列車トレインは速度を増してゆく。それに伴って車内の揺れも大きくなり、とても乗り心地がいいとはいえない。壁や床がガタガタと軋み、不満を訴えている。


 ドゴン、と奥の方で何かが落ちた。しかし、音のする方を見ても、何もなかった。


──眼が冴える。


 突然襲い来る感覚に眼を閉じる。そして再び瞼を開いて辺りを見れば、何も無かったこの車両のに木箱がところ狭しと積み上げられていた。それに音がした方では木箱が床に落ちていて、その中身だったであろう赤い宝石が辺りに撒き散らされていた。


「片付けが大変そう」


 その石を手に取ってみる。窓からの月明かりに石をかざすと、燃え盛るような赤い色がよく見える。


「パイロープガーネット……?」


 手に取った石の正体に身震いしてしまう。

 パイロープガーネットはガーネットの一種で、炎属性の魔導マナに対して激しい反応を示し、爆発を起こす性質を持つ宝石。鉱石の採掘や建物の解体、そして武器としても用いられ、たった一カラットでも固い岩盤を破砕するほどの激しい爆発を引き起こし、別名『爆発石』とも呼ばれる宝石だ。


 そんなものが私の目の前の床一面に散らばっている。さらに、それだけではない。他の木箱も少し中身をあらためさせてもらうと、次から次へとパイロープガーネットが出てくるではないか。それに、違う箱からは大量の魔導銃マスケットまで出てくる始末。


 この積荷、はっきり言っておかしい。パイロープガーネットは所持できる量が明確に定められていて、ここにある量は明らかにそれを超えている。それに魔導銃マスケットだって、これだけあれば王から謀反の疑いをかけられかねない。


 それを真夜中の秘密の魔導列車トレインに載せているなんて、怪しすぎる。伯爵はいったい何を企んでいるのだろうか。


 爆発石を片手に積荷と睨めっこしながら、その理由を考えていると、


『ピンポンパンポン』


 唐突に車内に大きな音が響いた。


『皆さま。本日はご乗車くださり、誠にありがとうございます』


 続いて伯爵の声が流れる。

 これはなんだろうと思うより先、『皆さま』という言葉に身体がこわばる。なぜなら、今この魔導列車トレインに乗っているのは、私と伯爵しかいないはずなのだから。既に忍び込んだことが知られてしまってしまったのだろうか。だとすると、相当よろしくない。


 しかし、実際のところ、どうかは分からない。だから、私は車内に響く伯爵の声に耳をそばだてる。


『本列車はトンダーリン荒野発チェスタプール行き、荒野横断鉄道。終点チェスタプール郊外には午前三時ごろ到着予定でございます。

 さて、右手に見えてまいりましたのはグレート渓谷の大パノラマでごさいます──といっても、この暗さじゃ見えんか! アッハッハッ!」


 伯爵の優雅な笑い声が聞こえてくる。

 これは、なんだろうか。意味のよく分からない伯爵の話に、構えていた気が抜けてしまう。


『せーんーろーはー! どこまでもー続くよー!』


 それに今度は、やたら調子の外れた歌まで聞こえてくる始末。しかも、これは聞いたこともない伯爵オリジナルの歌だろう。そこから察するに、彼はこの状況を相当楽しんでいる。


 こんなふうに歌いたくなるときというのは、気持ちが弾んでいて、そして一人でいると思い込んでいるときだ。私もいいことがあって楽しくて、部屋に誰もいないときがあれば、たまに歌ってしまう。その度にどこからかフミが現れてとても恥ずかしくなるのだけれど。

 誰かが見ている、誰かがいる、そう分かっている状況なら、普通は恥ずかしくて歌えない。だとすれば、伯爵も私という第三者を想定していない。つまり、私はまだ気づかれていないと思っていい。


 要するに、先ほどからのこれは気分の出来上がった伯爵が抑えきれない気持ちを爆発させているだけなのだ。だとすれば、誰いない場所で身構える必要もない。そう思って、私は緊張の糸を解く。


 一時はどうなるかと思ったが、蓋を開けてみればどうということはなかった。それに、伯爵がまだ私のことを知らないという情報が掴めたのは大きい。気づかれていないのなら、そのまま姿を消して先頭の車輌まで移動すればいい。


 そんな算段をつけ終わっても、まだ伯爵の声は続いていた。


『やはり、魔導列車トレインとはこうでなくてはな。

 王都の連中め。あと一年は効果測定走行が必要だと? 冗談じゃない。性能を測るなんていってノロノロ走っていたら、魔導列車トレインが可哀想だ。いつまでも何も載せずに転がすだけなんて、コイツの価値を貶めるだけだとなぜ気づかない? フルスロットルの最大全速で積荷を運ぶ、その瞬間に私の列車は最高に輝くのだ。まぁ、奴らが分からなければ、私が証明するだけだがな』


 伯爵は王国の対応に御立腹の様子である。この魔導列車トレインもまだまだ試験段階のようで、動かすのにも制約が大きいらしい。

 しかし、そんな大切なものを勝手に使っていいのだろうか。こんなことをしているのバレたら大変だろうに。伯爵は楽しんで魔導列車トレインを操っている。とはいえ、琥珀の利益で成り上がった貪欲な伯爵がただ楽しみたいというだけで、列車の無断使用にしろ、大量のパイロープガーネットにしろ、こんな咎めを受けかねないことをするとは思えない。


 何かある。そう思わずにはいられない。

 しかし、


『あとは、怪盗アルル……私からドリュアスの心臓を盗もうなどと、ふざけた野郎め。この魔導列車トレインは定刻通り運行している。グレート渓谷に差しかかったということはもうすぐ時間か』


 伯爵の声に引き戻される。

 そうだった。私の目的はドリュアスの心臓。伯爵が何を考えているか、そんなことを思案してる場合ではない。


 アルルに渡された懐中時計を見ると、時刻は十一時四十五分。伯爵の言うように、予告の時間まではもうすぐ。こうしてはいられない。


 私は貨物車を後にして前の車輌へと歩みを進めた。

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