第8話 これは試練

 魔導列車トレインの後ろの方の何輌かは、私が忍び込んだ車輌と同じように貨物車輌として使われていた。そして、その積荷はやはり大量のパイロープガーネットであり、大量の魔導銃マスケット。もしここで下手に炎の能力スキルを使おうものなら、この列車は跡形もなく吹き飛んでしまうだろう。


 そんな貨物区画を冷や汗を流しながら抜けて先の車輌へと進むと、装いが変わる。今度の車輌はいつくかの個室に仕切られており、個室の中は木の座席が向かい合うようにして配置されている、そんな作りになっていた。

 個室の中は四人ほどしか座れない狭さではあるけれど、私の屋根裏部屋よりもよほど居心地がよさそうだ。


 私と、フミや、ジャンヌ、そしてアルルで四人、ちょうどいい。この個室で膝を突き合わせながら、のんびり景色でも眺めて一緒に旅をするのもありだな、なんてできもしない妄想に想いを馳せてしまう。

 できないのは分かっている。善良なフミに対し、アルルたちは悪い人で、そして私も悪い人の方に進んでしまったのだ。

 そこには決して交わることのできない隔たりがある。でも、みんな仲良くできたら素敵だと、どうしてもそう思いたくなる。


 私は無人の客車区画を進んでゆく。

 その最中、


「何でしょう……?」


 不思議なことに出くわした。客車の中にはところどころ大きな木箱がある部屋があったのだ。木箱は縦一ヤートル、横一ヤートル、高さ一ヤートルほどの正方形。このサイズの荷物であれば後方の貨物車輌に置かれているのが普通のはずなのに、なぜか客車の部屋の中に置いてある。


 明らかに怪しい。つい、気になって中身を確かめたくなる。


 しかし、もうあまり時間の猶予もない。部屋の中の木箱をスルーして、次の車輌に移ろうと車輌に設けられた扉に手をかけた。

 すると、


「あーい! 俺の勝ち!!」

「くっそぉ!」

「なんで負けたか明日までに考えてきてください!!」

「よっしゃ! 次、俺の番」


 何やら騒がしい声が中から漏れ出てくる。

 私と伯爵以外は誰もいないはずの魔導列車トレイン。なのに、明らかに一人や二人ではないざわめきに驚き、咄嗟に能力スキルで姿を消す。


「アルルさん……!」


 私は渡された耳飾りに触れた。


『こちらアルル。どうしたの?』

「います……! 私、以外にもこの魔導列車トレインに人が……!!」

『そりゃ、伯爵はいるでしょう』

「違いますよ……! 伯爵の他にかなりの人数が乗ってます」

『なんですって?』


 アルルは心底驚いたような声を出す。


『そんな馬鹿な。満月の晩、伯爵は王国に対しても無許可で魔導列車トレインに乗ってるんだ。そこに誰かを乗せるはず……』


 アルルの反応にはどこか歯切れの悪さを感じた。下調べを済ませ、簡単な仕事だと言ったのに、何も知らないという態度をとる。

 どことなく不自然。しかし、そんな反応の意図に、ほどなく私は気づいた。


「そういうことですか」

『何?』

「分かってます。これくらいの想定外にも対応できなければ、仲間として認められない。そういうことですよね?」


 これは、単なる盗みではない。アルルが私の実力を測るための試練なのだ。だとすれば、想定外は付き物。

 『決められたことにしか対応できないようではカリオストロの当主として失格だ』と、よくお父様から叱られたものだ。だから、アルルは予めこの情報を知っていたけれども、わざと私に教えなかったのだろう。


「見ててください。なんとかしてみせますから」


 これは私に課されたもの。アルルは手を貸してくれない。私が自らの力で突破しなければならないのだ。


『……一つ、聞いていい?』

「何でしょうか」

『その魔導列車トレイン、何か積荷はあった?』

「大量のパイロープガーネットに魔導銃マスケット、あと客車に乗せられた大きな木箱です」

「そうか……ちなみに、その木箱はどのくらいの大きさ?」

「各一ヤートル四方のかなり大きいものです」

『なるほどねぇ』


 アルルは私の言葉に感心を寄せる。

 そして、


『伯爵め。まったく、面白いことをしてくれるじゃないの』


 自分だけ何かに気づいたようで、私をさしおき一人静かに笑う声が聞こえてきた。


「あの、それは……どういう?」

『なに、こっちの話。それよりもあなたは自分のことに集中した方がいい。時間、忘れないでね。約束は約束だから』


 それじゃ、とアルルは一方的に会話を切り上げる。


 私の話に狼狽えてみせたり、かと思えば積荷の話に勝手に納得したり。アルルはいったい何を考えているのだろう。

 とはいえ、時計の針は既に十一時五十分を過ぎていた。それについて深く考えている暇はない。アルルの言うように、私は私の試練に集中しなければ。


 ドリュアスの心臓のありか、目指すべき機関部のある先頭車輌に行くためには、目の前の問題を何とかしなければならない。姿を消しながらとはいえ、かなりの人数がいる客車を通り抜けるというのは流石にリスクがありすぎる。だとすれば、進む道は一つしかない。


 私は車輌の屋根を見つめる。高さは約二ヤートルちょっとと、見上げなければいけない高さだ。


 果たしてそこまで手が届くのだろうか。そう思いつつ、助走をつけて跳ぶ。すると、普段なら絶対届かないであろう屋根の縁を掴むことができた。

 すごい。ただ跳んだだけなのに、いつもの何倍もの力が出た。この怪盗スーツ、様々だ。服の効果に感心しながら頑張ると、屋根の縁に掴まったところから、容易く車輌の上に登れてしまう。


 空には雲が増えてきて、なかなか目が効きづらくなる。しかし、向かうべき先頭の車輌は辛うじて見えていた。


 早く、行かなければ。


 屋根の上はものすごい向かい風。しかし、怪盗服のおかげでしっかりと踏ん張れ、飛ばされずに移動できた。しかし、魔導マナで身体の動きをアシストしている分、姿を消しながらだと消耗が激しい。今は誰も見ていないし、とりあえず大丈夫だ。そう思って、私は能力スキルの発動を止めてみる。


 一つ一つ、車輌を越えてゆく。まるで夜を駆けているようだ。カチカチと時を刻む針の音に急かされながら先頭の車輌へ辿り着く。


「十一時五十五分、よし」


 ギリギリではあるのの、なんとか間に合った。私は安堵して、大きく一息。


 屋根から機関部へと通じる車輌の繋ぎ目に降りる。こちらを招くかのように、扉が開いていた。いかにも怪しげな雰囲気が漂っていたが、気にしている場合ではない。


 機関部に入ると、その名前のイメージに反して部屋はがらんとしていた。これだけ大きな魔導列車トレインを動かすのだから様々な機構がところ狭しと並んでいると思っていた。しかし、実際にあるのは壁際に置かれた荷物の山と、車輌の最奥にどんと据えられている巨大な飴色の石。


「ドリュアスの心臓……」


 私が盗まなければいけない、試練の宝石。


 部屋は暗かったが、魔導マナを巡らされたドリュアスの心臓が優しく光り、その存在は暗闇の中で際立っていた。そして、その輝きは宝石の側にいる一人の男を照らしていた。杖をつく小太りの紳士、マーキス・モートン伯爵その人だ。


 彼はドリュアスの心臓に手を触れ、どうやら魔導列車トレインを動かすために必要な魔導マナを供給しているらしい。自分の仕事にかかりきりのモートンは好都合なことにこちらへ背を向けていた。


 やるなら今をおいて他にない。素人目に見てもそう思えた。


 だけど、身体が動こうとしない。私はこれから宝石を盗む。自分の手を汚して泥棒になる。この先はフミが言ったように闇の中で、日の下には二度とは戻れない。それでも構わないとは言った。しかし、いざこうしてその場面に直面すると、足がすくんでしまう。


『悪いことをして、誰かを困らせてはいけない。悪い人になってはいけないよ』


 身体に染みついたその教えがこの土壇場で私を引き留める。


 しかし。だけれども──


 私はアルルを知りたいと願った。アルルの側に居たいと望んだのだ。そのために悪い人の世界に足を踏み入れると決心した。アルルに課せられた盗みをやり遂げる覚悟を決めたはずだ。


 私は怪盗になるんだ。何も盗めない怪盗に存在価値はない。何もできない奴にアルルの側にいる資格はない。


 意を決して腰元のバレッタを引き抜く。そして、暗闇の中を足音を立てないよう、静かに伯爵へと迫った。


 伯爵に聞こえてしまいそうなほど、心臓が早鐘を打つ。しかし、彼は宝石の方を向いたままだ。


 このままひと思いにバレッタを撃ち、ドリュアスの心臓を奪う。やることはそれだけ。

 伯爵に向けたバレッタ。その引き金に指を、かけた。


 お母様、お父様、フミ。申し訳ございません。やはり、私は悪い人になります。


 ──この魔導列車トレインは。


 すると突然、


「……!?」

「定刻通りの運行だ。とすると、まだ約束の時間ではない。随分と気の早い登場だな、怪盗よ」


 伯爵は語り出した。


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