第9話 列車の使命

魔導列車トレインが運行するにあたって、時間とはとても大切なものだ。目的地に遅れるのは当然あってはならないが、早く到着するということもまた罪なのだよ」


 伯爵は一人でに語り出す。しかし、それは明らかに私へと向けられたものだった。


「定められた時間を守るということはとても大事だ。たとえ意思の疎通が図れなくとも、人はその前提を信頼することで一つのことを成し遂げられる。

 人や物の移動というのはあくまで手段でしかない。ゆえに、その手段たる運輸を目的とする魔導列車トレインは時間通りの運行が特に強く要請される。早くもなく、遅くもなく、決まった時間に到着してくれるから、人は安心して次の段取りに向かうことができる」


 伯爵に気づかれてしまった。その事実で頭がいっぱいになってしまって、咄嗟には何も言えなかった。それでも、このまま何も返さなければ、伯爵のペースに飲まれてしまう。


「……か、怪盗が予定通りに盗みに入るとでも、お思いですか?」

「私はね、アルルという怪盗を信頼していたのだよ。こちらにも用意があるのだから時間通り来てくれないと困る」


 伯爵が語った“用意”という言葉には心当たりがある。きっと、客車に乗っていた連中のことだ。

 このままだと彼らはここに押し寄せてくる。その前にドリュアスの心臓を盗まなければ。


 私は慌てて伯爵の背中にバレッタを押し当てる。


「時間稼ぎ……! そんな思い通りにはさせない。さぁ、早くドリュアスの心臓を渡してください」

「お断りするね」

「あなた、自分の状況がお分かりですか? あなたは背中に凶器を当てられていて、この車輌には私の他に誰もいないのですよ?」


 私はその事実を伯爵に突きつけた。

 しかし、


「その言葉そっくりそのままお返ししよう」


 伯爵は自信満々に口ごたえしてくる。


「何ですって?」

「考えてみなさい。この魔導列車トレインは終点までノンストップの猛スピードで荒野を駆ける。そんな列車から途中で降りることは不可能。君の逃げ場は最初からないのだよ」


 それに、と伯爵は話を付け足す。


「君は一つ根本的な思い違いをしている」

「思い違い……?」

「この車輌には私たち以外にも大勢乗客がいるのだよ」


 伯爵は首だけを振り向かせて、私を見てくる。その顔には身の毛もよだつ狂気的な笑みがべったりと貼りついていた。


 突如、景色が歪む。


「何……!?」


 壁や柱に、置かれた荷物。目に見える全てがぐにゅりと捻じ曲がり、そしてその捻れが元に戻ったかと思えば、目の前に新たな景色ができあがる。


「何、これ……」


 先程まで壁際に雑然と積まれていた大荷物は跡形もなく消え去り、その代わりに白装束をまとった人間たちがずらりとそこに並んでいた。


「どうかな、ドリュアスの心臓の力は。私の能力スキルは幻の景色を見せるのだが、その範囲は限定的。しかし、この宝石のおかげ今や、この車輌全体に能力スキルの効果は及んでいる。何も気づかず飛び込んできた君は、車輌に足を踏み入れた瞬間から私の罠の中だったというわけだよ」


 伯爵は振り返りながら私に向かって思いきり杖を振り抜いた。身体の回転の勢いを乗せた振りに防御も間に合わない。


「うぐっ……!」


 鳩尾に杖がクリーンヒットし、その衝撃に一、二歩後ずさってしまう。たかが杖で打たれただけなのに、その痛みは想像の遥か上をゆく。私は打たれたところを押さえ、その痛みに縮こまるしかなかった。


「痛かろう? 何たってこの杖は琥珀でできている。私の魔導マナを何倍もの力に換えてくれるとてもいい杖だ」


 伯爵が軽く手を上げると、周囲の白装束たちは一斉にその手に持っていた魔導銃マスケットを私に向ける。


「時間も守らない、その上弱い。何だこれは。天下の怪盗が聞いて呆れてしまう」


 伯爵のその言葉が悔しかった。私だけの問題ならいい。しかし、私が不甲斐ないせいで、怪盗としてちゃんとできないせいで、アルルの株を下げてしまっている。申し訳なさで胸がいっぱいだ。


「この魔導列車トレインは人々の足となり、これからの王国発展の礎となる、まさに現代の全てを見通す翡翠石プロビデンス・ジェイド。その輝きを奪おうだとは、なんとも罪深いことか!」


 伯爵の杖に突き飛ばされ、私は立っていられず床に倒れた。


「そろそろ、終わりにしよう。でも、その前に、せっかく乗客になってくれたのだから、手向けとしていいものを見せてやろう」


 伯爵は杖で軽く床を叩いて鳴らした。すると、車輌の天井が開いて、夜空が見える。空に雲が出ていたが、その雲間には満天の星空がのぞいていた。


「綺麗だろう? まぁ、今日はあいにくの天気で残念だが、私はこの荒野の星が本当に好きでね。魔導列車トレインを走らせながらでも見られるように設計してもらった。

 私は、大好きなこの空をいろんな人に見てもらいたいと常々思っている。例え、それが悪党だろうと、この地で果てるならその最期くらいにはこの空を見てもらいたくてね」


 雲に覆われてはいるものの、断片的に見える空は確かに綺麗だった。しかしながら、私としてはこれを最期に見る光景にする気はない。


 とはいえ、寝そべったままな上に、周囲をぐるりと銃口に取り囲まれているこの状況。どうにかするには、どうすればいいのだろうか。


「しかし、残念だ。もう少ししたら、魔導列車トレインはトンネルに入って、空も途切れてしまう」

「トンネル……?」

「ああ、そうさ。君も時間通りに来れば、列車はトンネルから出たあと。だから命尽きるまでこの星を拝めたというのに」


 伯爵は名残惜しそうに呟いた。彼は私が星を見ることができずに死んでゆくのを、本当に残念がっているらしい。勝手に同情されてもという話ではある。

 でも、


「トンネル……!」


 そのおかげでひらめいた。何とかなるかもしれない突破口。


 アルルと違って、私には怪盗の才能がないのかもしれない。それでも、できることはある。アルルのように手際よく、スマートというわけにもいかない。しかし、これはある意味、私にしかできないことだ。

 それをただ、全力でやるだけ。ドリュアスの心臓をこの手にするために。


「ま、マーキス様ぁ……」


 声を震わせながら、私は伯爵の名を呼ぶ。


「何だ?」

「もう……ま、せん……」

「聞こえないな、何だ!」


 伯爵がこちらの言葉を聞こうと、目の前に屈んできた。彼は何を言うのかと、私に注目をしている。

 そんな紳士の瞳を見つめ返して、彼に乞う。


「申し訳ございませんでした……!」


 この眼に涙を湛えながら。

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