第6話 列車旅の始まり

 月が出て、荒野に星が輝く頃。アルルは魔導列車トレインを待つ私に二つの道具を手渡してきた。


「ほら、これ使って」


 一つはアルルが使うヴァルサーによく似た小型の魔導銃マスケット。そして二つ目は銀の懐中時計だった。


Sショック・バレッタMマジック9。私が使うヴァルサーよりも、威力は低いけど取り回しのいい銃よ。魔導銃マスケットは撃ったことあるね?」

「はい。お父様の趣味の狩りに付き合ったことがありますので」

「ならよし。基本的にはサイズが小さいだけでやることは変わらないから」


 とは言っても、私が銃を向けていたのは野生の動物に対してであり、人に向けるなんてのはしてはいけないことと教わっている。だから、アルルのように人を撃てるかどうか。

 手の中にあるバレッタの重みを感じ、銃を見つめてみても、私には自信がなかった。


「やるからには、覚悟決めな」


 アルルは冷たく言い放つ。

 覚悟──。

 そうだ。悪いこともしてみせる、そう言ったじゃないか。

 ここはもう怪盗の世界。日の当たる場所からは外れている、悪党の生きる場所だ。そこへ私は望んで飛び込んできたのだから、いまさらできないとは言ってはいられない。アルルやジャンヌのように、やらねばならないのだ。


 バレッタに魔導マナを通すと、銃が淡く光る。無事に起動した合図だ。私はバレッタを怪盗スーツの腰元についているケースにしまって、懐中時計を見る。


「十時……」

「もう少ししたら、伯爵の魔導列車トレインが来る。そろそろ、姿を消して駅で待機した方がいい」

「分かりました」


 段取りにしたがって丘を下ろうとしたとき、アルルが私の肩を叩いた。


「いってらっしゃい」

「いってきます」


 送り出してくれた彼女に言葉を返し、丘を下ってゆく。

 肩に感じたアルルの力強さと温かみ、その感触がまだ残っている。なんだかアルルが側にいてくれるように感じられて、とても嬉しかった。


 少し、風が出てきた。荒野の乾いた風が頬を撫でる。空には雲が出始め、星や月を隠していった。


 急な岩肌を降りきり、手近な物陰に身を隠す。そこで周囲の様子を窺いながら、水晶の指輪に魔導マナを通し、


「発現、インビジブル」


 私の姿を完全に消し去る。

 怪盗服に、ストール、バレッタに至るまで完全に透明化していた。今日も相変わらず、この能力スキルの調子だけは良好のようだ。


 姿を消したまま、駅に駆け込む。

 駅は小さな建物と、アルルが線路と言った道の脇に屋根のような長い庇がかかった場所からできていた。庇の下は地面が他に比べて一段高くなっており、アルルが言うにここは“プラットフォーム”という名前らしかった。


 駅の中はがらんとしていて、誰もいない。建物の方も鍵がかかっていて入れなかったので、私はプラットフォームの上で待つことにした。庇を支える柱にもたれかかっていると、荒野の向こうに黒い影が見えた。


「なんだろう……?」


 その影はどうやらこちらに近づいてきているようで、急いで私はもたれかかっている柱の裏に隠れる。


 やってきたのは昼に遠くから見た魔導列車トレインだった。列車は耳を塞ぎたくなるほど大きな音を立てて、プラットフォームの横にぴたりと横付けした。


 巨大な箱が延々と連なっている。実際に魔導列車トレインを目の前にすると、その大きさに圧倒されてしまう。私はどうやら進行方向に向かって一番後ろにいるようだが、先頭の箱はここから離れすぎてあまり見ることはできなかった。そして、これだけの大きさのものが馬もなく動くという事実に、感心してしまう。


 すると、魔導列車トレインから誰かが降りてきた。杖をつきながら歩く、小太りの紳士。あの姿には見覚えがある。お父様が開いた夜会でもよく見た顔、昼間の鉄道伯爵。間違いない、マーキス・モートン伯爵だ。


 伯爵が大きな鞄を持ってプラットフォームを歩いてくる。彼はそのまま真っ直ぐに駅の建物の方へ向かい、周囲に誰もいないことを確認すると、その中に入っていった。


 こんな時間に無人の駅で、モートン伯爵があそこで何をしているのかは気になるところではある。しかし、私の目的はこの魔導列車トレインの中にあるドリュアスの心臓。忍び込むなら、列車の主が不在にする今をおいて他にない。


 私は手近な箱に付いている扉を開け、中へ飛び込む。すると、何やら音が聞こえた。

 キン、キンと心地のよい高音が右耳の近くに聞こえている。


「なんだろう……?」


 ……ああ、そういえば。

 私は思い出して、アルルに貰った耳飾りに触れると、


『はいはーい。こちら、アルル。聞こえるー?』


 不思議なことに彼女の声がハッキリと聞こえてきた。


「ええ、聞こえます……! アルルさんが、そこにいるみたい。すごいですね、これ」

『でしょ、私とジャンヌの自信作。

 まぁ、余計なお喋りはこの辺にして。上から見てたけど、上手いこと魔導列車トレインに侵入できたね』

「はい、なんとか」

『アンリに盗ってきてもらう“ドリュアスの心臓”は魔導列車トレインの機関部、つまり先頭の車輌にある。まずはそこに向かって』

「分かりました」

『ま、乗ってるのは伯爵だけだろうから、難しいことはないかな。でも、何かあれば私たちに知らせて。耳飾りを触れば呼び出せるから。それじゃ、よい旅を』


 プツリとアルルの声が途切れる。

 この耳飾り、実に不思議な魔導具だ。離れている人と話すことができるなんて、どんな仕組みなんだろうか。分からないことは分からないが、これがあれば離れた仲間にも情報を瞬時に伝えることができる。それは日常生活でも、戦いにおいても、かなり役に立つだろう。

 ただ、これで話してるとき、周りからは独り言に見られるわけで。不思議な人だと思われてしまうのは考えようだけど。

 とりあえず使い方は覚えた。いつでもアルルと連絡が取れると思うと、たった一人で敵陣に忍び込んだとはいえ心強かった。


 ──ガタン。


 大きな音がして、身体が後ろ向きに引かれたような感じがした。窓の外を見れば、少しずつ駅は遠ざかっている。


 魔導列車トレインが動き出した。怪盗へと至るための、試練の旅路が始まったのだ。

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