第5話 怪盗姿に華麗に変身

 ジャンヌと魔導車オートのもとに戻ると、私たちは再び動き始めた。休憩も挟まず魔導車オートは荒野を走り、日が傾き始めるころには平坦だった風景にゴツゴツとした起伏が現れ始める。その赤茶けた岩肌を夕日が赤く照らすことで、見るもの全てがトパーズの輝きのようなオレンジ色に染まっていた。


 確か、お屋敷にこんな感じの絵画があったはずだ。初めてその絵を見たときは綺麗だと感動したけれど、目の前に広がっている光景はそんな言葉で済ませるのがもったいないと思える。もし手に入るのなら欲しい、そう思ってしまうほどの景色だった。


 オレンジの世界を進む魔導車オートは、やがて小高い岩の丘の上にたどり着く。


「あそこを見て」


 アルルが指差す先を見下ろした。そこには地面に轢かれた黒い二本の線と、小屋のようなもの、それに屋根があった。


「あれは?」

魔導列車トレインは実証実験中ってのはさっき見てもらった通りだけど、専用の通り道である線路に沿って効果測定用の駅がいくつも配置されているの。で、あれもその内の一つ」

「そうなんですね。でも、どうして私たちはここに?」

「計画の協力者であり、ドリュアスの心臓の所有者のモートン伯爵は月に一度だけ、王国の財産である魔導列車トレインを誰に断るでもなく勝手に乗り回しているの。それは本人にとってかなり大切なことらしく、嵐がこようと、ルブロンの建国記念祭中であろうと、伯爵は満月の晩に必ず秘密の列車を走らせている」


 ルブロンの建国記念祭は建国神話に基づく現王家の繁栄を国を挙げて讃える一大行事だ。記念祭中、ルブロン王に忠誠を誓う貴族は必ず王都へ一堂に会さねばならず、そこから抜けるというのはもっての他。

 しかし、記念祭よりも優先して魔導列車トレインを走らせるだなんて、アルルの見立て通り伯爵にとってのっぴきならならない事情があるように思える。


「ルブロン王よりも優先されるなんて。それなら怪盗の予告状を受けた程度じゃ、伯爵は列車を走らせることをやめないでしょうね」


 私の言葉に、アルルはその通りと頷く。


「昼に走る試験運行と違い、乗っているのは伯爵ただ一人。そこに王国の技術者たちや護衛たちはいない。そして、その運行の最中、伯爵は決まってあそこの駅で列車を停めるんだ」


 私は暦から月齢を割り出してみる。すると、満月の晩とはまさに今日のことだった。


「じゃあ、伯爵は今夜も魔導列車トレインを走らせ、あそこに停まる」

「その通り!」


 アルルはパチンと指を鳴らして、ググッと身を乗り出してくる。


「ジョゼにはその瞬間を狙って、魔導列車トレインに忍び込んでもらう。そして、予告状の時間、零時までにドリュアスの心臓を奪ってくると。お分かり?」

「分かりました」


 そう答えると、アルルは御者台の天板を開けて、中を漁り出す。


「じゃあ、これに着替えて」


 アルルが中から取り出したものは、彼女の服に似た黒い上下だった。


「これは?」

「着た人間の魔導マナを利用して、動きをアシストしてくれる怪盗の正装スーツよ。これさえあれば、か弱い乙女でも憎たらしい婚約者もブッ飛ばせるようになる」


 早速、渡された服に着替える。と、なにやら視線を感じた。顔を上げれば、アルルとジャンヌが揃って目を逸らす。


「別に構いませんよ。私たち女じゃないですか」


 同じ性別同士なのだから、別に隠すようなものでもないと思っている。まぁ、私の肌はあんまり綺麗じゃないけれど。

 スーツに着替えると、威圧的な見た目に反してとても着心地がよかった。それに布が程よく身体に密着してとても動きやすい。


「いいね、似合ってる」

「ありがとうございます。ただ、胸元は少し余裕があるんですけど、お尻がだいぶ窮屈で……」

「まぁ。そりゃ、ジャンヌが着る用のものだしね。そこは我慢してよ」

「えぇ、分かりました」


 そして、アルルは御者台の中から、黒いストールを取り出した。


「とりあえず、これ巻いて首から口元で隠そう。ジョゼにとってもバレちゃ困るでしょ?」


 確かに、こんなことをしているとバレてしまってはとても困る。それに、私が困るだけではなく、カリオストロ家やフミに迷惑がかかってしまう。

 そう思い、私は受け取ったストールを首に巻いて口元を覆った。


「うん、決まってる! ジャンヌもそう思うでしょ?」


 ジャンヌは私を一瞥して、すぐにそっぽを向いてしまう。そんな彼女を見て、アルルは私に耳打ちしてくる。


「そう思うってさ」

「そうなんですか……?」

「じゃあ自分でも確認してみなよ」


 アルルはどこからか手鏡を取り出し、私に見せる。すると、鏡の中には、翠の眼をした、アルルのような黒づくめの怪盗が立っていた。


「これが、私……?」


 まるで自分ではないような気がした。しかし、それは今までに着たどんなドレスよりも似合って見える。言うなれば、ジョセフィーヌじゃなく、ジョゼのそのものと感じられる、そんな姿だった。


「そうだよ、ジョゼ。あとはこの耳飾りをっと」


 アルルはそう言うと、自分が身につけていた紫の宝石の耳飾りを私の右耳につけた。


「これは、離れた相手に声を届ける魔導具。この耳飾りに触れながら喋れば、もう片方の耳飾りをつけた相手に自分の声を送ることができるわ」


 アルルのお屋敷の中や地下通路での独り言。それはどうやら、これを使って外部にいたジャンヌのやり取りをしていたということだったらしい。


 アルルが与えてくれた、この装備はどれもこれも魔導車オートと同じように彼女たちの発明なのだろうか。だとすれば、本当に多才というか。いったい、何なんだろう、この人たち。


 あとは、これも手渡された黒い手袋、そして黒いブーツを履くと、アルルは腕組みをして満足げに頷いた。


「よーし、準備完了! あとは、怪盗名コード だけど」


 彼女は顎に手をやり、少し考える。

 そして、


「とりあえず、敵から名前を聞かれても、名乗らないこと」

「名乗らない?」

「今日のあなたは怪盗アルルの代理で、まだ何者でもないから。それに下手なことを言って正体がバレないように」


 だ、そうだ。

 荒野の風にストールが勢いよく靡く。まるで私の意気込みと、これからの展開を予感させるかのように。


「見せてもらおうじゃないの。ジョゼの盗みってやつをね」

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