第14話 持てる全てを賭けるとき

 方法はある。私のその言葉に懐疑的なアルルとジャンヌに、思いついた作戦を伝える。


「急ブレーキでラザールと距離を詰めて、超近距離から強襲をかける……」

「あんたそれ、マジで言ってんの?」

「ほとんど“作戦”とは呼べない何か、ってとこね。実に馬鹿げてる」


 しかし、案の定、好意的には受け入れられなかった。

 でも、それは仕方のないことだ。私の思いつきを端的に言えば、まさにアルルの言ったとおり“馬鹿げてる”。やらねばならないことは針に糸を通すような難易度で、失敗すれば命に関わるというのに、その対価はラザール様を退けるだけ。提案した私ですら、馬鹿げてると思うほどのことだ。


 よく考えてみなさいよ。アルルは世の中を賑わす怪盗だし、ジャンヌはその相棒だ。それに引き換え、私は何の力も持たないただの侯爵令嬢。二人に比べて知見もなければ、経験もない。

 そんな私なんかが考えたところで、どうすることもできないのだ。


「本当、馬鹿げてるわ」

「ああ、本当に馬鹿げてる」


 そこまで言われるような稚拙な案を出したと思うと恥ずかしくなる。

 むず痒くて、そのままというわけにはいられなかった。今すぐ「忘れてください」とそう言って、私の提案を無かったことにしよう。

 私は自分の話を撤回しようとした。

 でも、私が言うより先に、


「やろっか」


 アルルはそう言ったのだ。


「えっ?」


 私は予想外のことに呆気に取られてしまう。


「いや、馬鹿げてるって、言ってましたよね……?」

「だから、いいの。お行儀のいい作戦ほど読みやすいものはない。それで真っ向から実力勝負を挑むのも悪いとは言わないけど。ただ、相手を後先考えずに出し抜くってんなら、馬鹿げてると笑える方法が一番」

「そういうものなのでしょうか?」

「馬鹿げてる、ありえない。そんなふうに自分の思いもしないことに人間は対応が遅れるし、たとえ考えついたとしても対応の選択肢から真っ先に排除する。ラザールにしても、逃げてる相手がこっちに突っ込んでくるなんて夢にも思ってないだろうよ」


 アルルの言葉には自信が見えた。私を言い負かした言葉のように、経験に裏打ちされているであろう説得力をそこから感じた。

 とはいえ、だ。


「ジャンヌ、やれそう?」

「ちょいちょい。アタシを誰だと思ってんの」

「そうこなくちゃ」


 この策は、下手をすれば車体が木やラザール様にぶつかって大きな事故になる、と容易に想像がつく。なのに、こんな危険で無謀な作戦がやる方向でトントン拍子に進んでゆくだなんて。


「いや、でも……わざわざこんな危ない策でなくても」

「言っただろう、欲しいものはどんな手段を使っても盗りにいく。それが、アルルという怪盗だ。欲しいものを掴めるほうほうがそこにあるなら、やらない理由はない」


 言われて、私はハッとする。

 そうだ。狙った獲物のためなら自分の命すら厭わない。それがアルルという怪盗だ。


「なぁ、ジャンヌ?」

「こんなんふつーに考えて、マジヤバいけど。でも、アルルがやるってんなら、アタシもやるだけだし」


 驚くべきことに、ジャンヌのその目に曇りはなかった。ジャンヌのその目に翳りもなかった。彼女は何に強制されるわけでもなく、ただアルルと運命を共にしようとしていた。


 何かのため、誰かのため。そんなことに命を賭けるなんて選択肢は私にない。生まれてこの方、そんな状況になること自体ありはしなかったのだから。


 境遇うまれが違う。彼女たちと私では生きている世界が違う。


 理解できないことをその一言で片付けてしまうのは容易い。しかし、それで片付けてしまったら、何も得ることはできない。


 私はアルルを知りたいと思った。

 私が今向き合っているのはアルルたちの生きる世界で、ここにはもう私の尺度や常識は通用しない。そんな場所でアルルのことを理解したいというのなら、私も彼女たちのようにならなくてはならない。


「分かりました。やりましょう」


 だから、私も自分の命を賭けることにした。

 やってみて、始めて分かることもある。無論、やったとて分からないこともある。しかし、最初からやろうとしなければ、絶対に理解はできないから。


「そうこなくちゃ。よし、やるよ!」


 アルルは高らかに叫んだ。魔導車オートが勢いを増し、車内の空気が引き締まる。


「アルルさん、決行できそうな場所はあります?」

「この先、もうすぐ森から領外へ抜ける道に出る。やるならならそこだろう」

「分かりました!」

「ジャンヌー。どこからなら、確実に当てられる?」

「確実に追い払うなら、アイツの周囲、馬一頭分ってとこ。そこまで近づければ、あの野郎に何をされようと関係ない。必ず当ててみせる」


 ジャンヌの返事は実に頼もしい。でも、その声にはラザール様への苛立ちが多分に含まれていた。

 そんなになるなるほどとは。昔、二人に何があったのか気になるところではあるが、それとても聞けるような雰囲気ではない。それに今は、そんなことを聞いている場合でもない。


 場所、目標までの距離。決めなければならない段取りのうち二つは決まった。残るは、一つ。


「私はこの先の領外への道、ジャンヌさんの指定した位置で止める合図を出せばいいでしね?」

「ああ!」

「分かりました! それじゃあ、そこまでは私が誘導するんですよね? 視えるのは私だけですから」

「いや、ジョゼはジャンヌに奴の位置を伝えるだけでいい。そしたら、ジャンヌがターゲットの位置をなんとかして調節するから」

「アタシの扱い、雑かよ」

「でも、できるでしょ?」

「当たり前じゃん」


 話をしていると、長く続いていた車体の揺れも小さくなってきた。周囲も気持ち開けてきて、魔導車オートは街道へと繋がる道に出たようだ。


 整備されているということもあって、道はこれまで以上に走りやすいらしく、車の速度は上がっていた。しかし、それは追う側にとっても同じことだった。


「逃がさんぞ!!」


 ラザール様の騎馬は先ほどにも増してぐんぐんと迫ってきている。

 私たちとラザール様。最後の戦いの火蓋が切られた。

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