翠の眼の怪盗令嬢〜目の色のせいで婚約者から無能な忌子と罵られた侯爵令嬢は大泥棒に盗まれて覚醒する。皆が気味悪がった私の眼は【全てを見通す瞳】でした〜
第13話 対物質魔導杖【アンチ・マーテリア】の弾丸
第13話 対物質魔導杖【アンチ・マーテリア】の弾丸
何が起こっているのだろう。
ほんの先すら分からない森の闇の中に、騎兵たちの姿が視える。朧げな赤い影のような形ではあるものの、私の眼には彼らの位置や姿がハッキリと視えたのだ。
「視えんの? この暗さで?」
「まあ、なんとなく」
ジャンヌの質問に答えつつ振り向くと、不思議なことに彼女は黄色く見えた。見える感じは後ろにいる騎兵たちと変わらない。しかし彼女の場合、その色は濃く、より強く輝いて見えた。
どうやら、ただ夜目が効くようになったというわけではないらしい。果たしてこれは何だろうかと考えていると、ジャンヌがこちらを見て目を丸くしていた。
「あんたの眼、光って……!」
「目が光る……!?」
私はその言葉が信じられなかった。猫でもないのだから、人間の眼が光るはずない。しかし、ジャンヌの驚きようを見る限り、適当な嘘を言っているようには思えなかった。
だとすれば、私はどうしてしまったんだろう。視えないはずのものが視えて、目が光るだなんて。
そんなとき、ふとジャンヌの杖が目に入った。見れば、先程とは異なる奇妙な光り方をしている。
「ジャンヌさん、それ!」
ジャンヌは杖を見ると、驚きに満ちた顔をする。
「アルケーが反応して……? いや、共振してるっての……!?」
反応……? 共振……?
彼女が言うことはよく分からない。ただ、この場ではただならぬことが起きているということだけは理解できた。
私の眼、それとジャンヌの杖。気になりすぎて、どうにかなってしまいそう。
しかし、追手はそれについて深く考える時間を与えてはくれない。
やっぱり、私は皆が言う翠の眼をした怪物なのかもしれない。でも、それも私の力だとすれば、今はその全てを使って解決するだけだ。
「ファイヤーボール!!」
騎兵たちの攻撃が止むことはなく、私たちが闇に紛れたといえ、厳しい状況に立たされているのは変わらない。
「まぁ、いいか。ねぇ、アンタ、視えてるって、どれぐらい視えてるわけ?」
「追手の位置と数。あとは、どんなことをしようとしてるかと、色ですね」
「色?」
「追手の騎兵たちは赤色に、ジャンヌさんは今、黄色に見えます」
ジャンヌは私の言葉を聞いて、何やら考えだす。
「ねぇ、動作が視えるって言ったよね?」
「ええ」
「なら、
私は荷車から後ろを見る。すると、あちらこちらに
「視えます!」
「おけ。そんなら、コイツでやってやろーじゃん。
ジャンヌが杖を構えて
「うーし、今日もいい感じ」
杖の変形が完了すると、彼女は立ち膝の体勢となり、杖の先を森の方へと構えた。
「まぁ、この辺ごとぶっ飛ばしてもよかったんだけど、あんましデカい魔導を使うと
ガチリと、ジャンヌは杖に生えた短い棒を勢いよく引いた。
「さぁ、敵はどこにいる!」
ジャンヌは力強く言った。
「えと、あの……右の向こうの、そのぉ……」
私もそれに応えたいのだが、この先が見えない中で目標の位置をどう伝えればいいのか戸惑ってしまう。
「まったく、しゃーないなぁ」
「ごめんなさい……」
「時計」
「時計?」
「足元、見て!」
ジャンヌが短く何かを呟くと、彼女を中心として荷車の床に魔法陣が浮かび上がる。その陣は時計の文字盤の形をしていた。
「
なるほど、そういう手法があるんだ。それなら、伝えやすいし、分かりやすい。
「なんとかやります!」
「んじゃ、よろ!」
私はジャンヌの提案してくれた方法を試みることにする。
「
足元の魔法陣の時計盤は、彼女が今向いている正面が十二時になっている。そこを、基準にすればいいから。
「一時!」
「距離!」
「えっと……」
お屋敷の回廊にある柱の間、二本分くらいだから……。
「二十ヤートル!」
「耳塞いで!」
ジャンヌの声に急いで耳を塞ぐ。間髪入れず、雷鳴のような音が轟くと、杖の先から閃光が迸り、雷が一直線に騎兵を貫いた。
「ぐわぁ!」
その人はなす術もなく落馬し、悲鳴だけが森に残される。
「わぁっ……! 当たった!」
「ほら、次!」
感心している私に、ジャンヌは釘を刺す。
反撃に成功して、なんだか全て終わったような達成感があったが、よく考えればこれは始まりに過ぎないのだ。
私は改めて騎兵たちの位置を確認し、ジャンヌに伝える。
「二時!」
「距離」
「三十!」
ジャンヌは引き金を引く。杖から稲妻が放たれ、敵を貫いた。
「当たった?」
「はい!」
「じゃ、次」
私は
「凄い……」
「頼りになるでしょ、うちのジャンヌちゃん」
「いえーい。アルルー、もっと褒めて?」
「分かった、分かっ──」
突然、楽しげにしていたアルルが黙る。
どうしたのかと思ったけれど、私にもジャンヌにもその理由はすぐに分かった。
「空気が、冷たい」
「この
厳しい冬のような空気が頬を撫で、気づけば吐息は白んでいた。嫌な予感に外を見れば、青白い見慣れた人影が馬に跨って、
「待てぇえええ!!!!」
「ラザール様だ」
車内に私たちのため息が溢れる。
「何でアイツがここにいるわけ?」
「そりゃ、カリオストロの娘の婚約者として、公爵の家系に立派に名前を連ねてるし」
「そんなの聞いてないんですけど!」
「だって、言ったら来ないでしょ」
「当たり前じゃん。あんなクソ野郎」
「あの、ジャンヌさんはラザール様とお知り合いなのですか……?」
「知らんし! あんな奴」
ジャンヌは不機嫌そうに言った。しかし、それはどう聞いても、知っているようにしか聞こえなかった。
「まぁ、ちょっとしたお友だちなのよ、二人は」
「んなわけ!!」
アルルが口を挟んだおかげで話はとっ散らかってしまうものの、二人には浅からぬ因縁がありそうということがよく分かった。
「とにかく。アレさえ何とかしてくれれば、逃げられる」
「言われなくても」
ジャンヌは再び、
「ブッ飛ばす」
風もないのに彼女の髪が激しくなびく。身体に浮かび上がっている黄色も濃くなり、杖の表面に稲妻が走る。
「位置!」
「十一時、五十!」
ジャンヌは引き金を引いた。
雷が放たれ、ラザール様へ向かってゆく。
それとほぼ同時に、ラザール様は腕を構えて、
「はぁっ!!!」
その手に具現化させた氷の礫をこちらに放ってきた。
雷撃と氷塊。二つの魔導がぶつかり合い、小規模の爆発が巻き起こる。
「きゃっ!」
「くっ……!」
やってきた衝撃に
そんな中においても、ジャンヌは杖を構え続け、
「どこ!」
爆発が収まりきらぬうちに、次の狙いをつけようとしていた。
なんて集中力だろう。しかし、それだけではない。“絶対にラザール様を倒す”という強い執念のような意思が彼女を支えているようにも思えた。
一方のラザール様もラザール様で爆発に怯むことなく、そのままこちらに迫ってくる。
ラザール様が腕を構えた様子が視えた。攻撃がくる!
「十時、三十!」
私はジャンヌに位置を伝える。
その瞬間、ラザール様が
「喰らいな!」
再び杖から雷が放たれた。雷撃は真っ直ぐラザール様へ向かう。このまま彼を撃ち抜ける、そう思ったときだった。
直進していた雷撃が、ラザール様の前で進路を変えた。攻撃は青白く視える煙に触れると急にラザール様を避けるように逸れ、彼に当たることはなかった。
「そんな!」
「何、どうしたん?」
「外れました」
「はぁ!?」
ジャンヌは続けざまにラザール様へ撃つ。しかし、雷は彼の前の煙に触れるとたちまち進路が変わり、彼に当たらない。
「また、煙みたいなのに邪魔された……」
「煙……?」
ジャンヌは私の言葉を反芻するように呟くと、大きな大きな舌打ちをした。
「野郎ぉ……! 氷の霧で雷の進路を逸しやがって……!」
ジャンヌは杖を再度構えようとする。だけど、既にラザール様はいくつもの氷の礫を生成して、こちらに放とうとしていた。
「伏せて!」
「グラヴィエ・ディ・ギアッチョ!」
「ぐっ……!」
「ひぃっ!」
アルルは急制動で回避しようとするも避けきれず、大小様々な氷の礫が車体を打ち、幌を貫いた。
「ジャンヌ、ジョゼ。大丈夫!?」
「なんとか」
「は、はい」
幸いなことに私たちは無傷だった。しかし、
「あんまり遊んでると、車が持たない」
「分かってるし!!」
ジャンヌは大勢を整え、杖を構え直す。
しかし、あの煙をどうにかしない限り、こちらの攻撃は当たらない。
「さぁ、どうする?」
果たして、どうすればいいんだろう。私は必死に頭を回す。
ラザール様は攻撃を逸らしてしまう。とはいえ、その角度はほんの僅かだった。ジャンヌの繊細で正確な弾道はほんの少しズラすだけでも、攻撃がラザール様へ届く頃には大きな歪んでしまう。だから、的から外れてしまうのだ。
だとすれば、方法は一つ。
逸らしたところで避けられないくらい近づけばいい。そこから撃てば、必ず当てられる。
「アルルさん、ジャンヌさん」
私は二人に声をかける。
「ラザール様を切り抜ける方法があります」
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