第12話 冴える『眼』

 それから、数刻も経たぬうちのことだ。

 背後に構える森の闇の中から、魔導車オートに向かって灯りが迫ってきた。

 その灯りは一直線に飛んできて、幌を掠める。光と熱が押し寄せ、荷車の温度が急激に上がった。

 時を同じくして。聞こえてくる馬たちの足音、威勢のいい男たちの掛け声。


 間違いない、追手の騎兵たちだ。


「さすが“バルザモの駿馬”、滅茶苦茶な速さだッ……!」


 私たちの手綱を取るアルルも気づく。

 後ろを振り向けば片手では数えきれないほどの炎が追いかけてきて、


「フレイムシュート!」

「ファイヤーボール!!」


 一斉に魔導車オートへ、雨のように降り注いでくる。


「アルルー、マジやばいんだけど」

「分かってる!」


 アルルは魔導車オートを操り、右へ左へ。振り落とされるのではないかと思うほどに忙しなく切り返して、なんとか炎魔導を避けてゆく。


「てか、こんなに追われるなんて、らしくないじゃん。何やらかしたん?」

「飛び込んだ先が思いの外めんどくさかっただけ! ジャンヌ!」

「はいはい、りょーかい」


 アルルに呼ばれて、ジャンヌは杖を片手に立ち上がる。


「ねぇ、ちょっと向こうに下がってて」

「はいっ!」


 ジャンヌの指示に従って荷車の奥へ行くと、入れ替わりになるようにして彼女は後ろの方に移動した。


「ふーっ……」


 ジャンヌが大きく息を吐くと、杖が眩く輝き、髪の色が緑から黄色に変わってゆく。彼女は極小のいかずちをまとうと、外に向けて杖を振りかざした。


神の怒りイーラ・デウス!」


 杖の先から多数の稲妻がほとばしり、追手の騎兵を一人、また一人と貫いてゆく。しかし、倒すことができたのは先行していた連中だけで、後はジャンヌの攻撃を見るや否や森の闇の中へと身を隠してしまう。


「ファイヤーボール!!」


 能力スキルの詠唱が森にこだまし、闇の中から再び大量の火の玉が飛来する。それらはやはり、かなりの精度で私たちを狙い撃ちにしてきていた。

 それを察したアルルは再び、魔導車オートを器用に操って攻撃を回避し続ける。ジャンヌも雷の能力スキルを発動して応戦するも、騎兵たちはうまく闇の中へ逃れてゆく。


「だるっ……」

「ったく、どうなってんだ!!」


 アルルはこの状況に憤り、大声で叫ぶ。私としても、この状況はどうにも腑に落ちない。


 こちらからは前に先行してきた騎兵の姿しか視認できないのに、追手たちはどれだけこちらから離れていようと私たちが見えているかのように狙い撃ってくる。

 月は誰の上にも同じように輝く。なのに、これだけ視えているものに差があるというのはおかしい。何か必ず、理由があるはず。


 私は目を凝らした。どこ? どこにあるの。

 森や、魔導車オートをくまなく観察して、“理由”を探す。


 大抵は、目立つから狙われる。野うさぎは茂みを揺らすから誰かに見つかり、鳥は鳴くから狩人に撃たれてしまう。

 暗いところで目立つものは、光だ。

 私たちを攻撃しようとする能力スキルの炎。あれだって、光を放っているからこの暗闇でもよく見える。どこの方から来て、どこに落ちるのか、弾道すらもハッキリ分かる。


 そういえば、この魔導車オート。初めて見たとき、暗闇の中でもその存在を認識することができた。

 それはなぜか。


 ──そうか。


「明かり……! 魔灯火ランプだ!」


 魔灯火ランプは荷車の幌に括り付けられて、煌々と輝いている。暗闇の中でもこれが目印となって、私たちの場所を教えていたのだ。


「なるほど……! やるな、ジョゼ!!」


 私の言葉にアルルも納得したよう。そして、そこからの決断は早かった。


「全ての明かりを消す! これじゃ、こっちの位置を向こうに教えてるようなもんだ」


 彼女は澱みなくそう言いきったのだ。

 しかし、その言葉にジャンヌが噛み付く。


「ちょい待ってよ。そしたら何も見えなくなるじゃん。事故られるのは勘弁よ?」

「大丈夫。逃走ルート上の木の位置は全部頭に入ってるから、目を瞑ってたって抜けられる。だから、後ろの奴を何とかして! このままじゃ振り切れない」


 バツンと、車体に付いている魔灯火ランプが消えた。一瞬にして夜の闇が魔導車オートを包み、森にいる追手の姿はおろか、荷車の中ですらほとんど何も見えなくなる。


「何とかっていったって……マジで何にも見えないんですけど?」

「二人いりゃなんとかなるでしょ」


 アルルは言った。

 二人、二人……二人!?


「それって、私も入ってます!?」

「それって、この子も入ってるわけ?」


 私とジャンヌの声が重なる。


「ああ、もちろん。タダ乗りはご遠慮いただいてるんでね」

「でも、私には何も……」


 この状況で私の力が何になるというのか。

 私の能力スキルでこの魔導車オートを消してしまえれば何とかなるだろうが、あいにくこの力を発現させたところで、自分と身につけているものしか消せない。アルルの期待に応えることはできないのだ。


 しかし、


「そんなことない!」


 アルルはそんな私の気持ちを打ち消すように力強く言った。


「ジョゼならできる! というか、やってもらわにゃ困るんだよ」

「それはどういう……!?」

「私たちはこんなところで捕まるわけにいかない。それに、考えてみな? 今ここで奴らに捕まったら、ジョゼは屋敷に逆戻り。アンタが望む“自由”とはおさらばよ。

 欲しいんだろう? なら、自分の持てる全てを懸けて掴み取んだよ」


 アルルは身を乗り出して器用に魔導車オートを操りながら、こちらに振り向いてくる。

 暗すぎて彼女がどんな顔をしているかは分かりづらい。だけど、期待に満ちた眼差しで、希望を託してくれているんだということは分かる。


「さぁ、私たちを導いてくれよ。案内人!!」


 私だってこんなところで捕まるアルルは見たくない。それに、いずれは屋敷に戻るとフミに約束したけれど、それはお父様の行方をはっきりさせてからのことであって、決して今なんかじゃない。

 何ができるか分からない。それでも、私にできることがあるのなら、それを全力でやってみせる。


 ──望むものを掴みとる・・・・ために。


「分かりました」

「うん」


 アルルは御者台へと身を起こし、私は荷車の後ろ、ジャンヌの側に並ぶ。


「……ねぇ」

「はい」

「あなた、何ができんの?」


 ジャンヌは聞いてくる。その声は心なし低く、どことなく尖っていて。

 杖の光に照らされた彼女は少し不機嫌そうな顔をしてみえた。


 分かりません。そう答えようとしたときだ。


「はっ……!」


 ──眼が冴える。世界が私だけを置き去りにして澄みきってゆくような気分。


「ううっ……」


 瞳に訪れた清涼感に耐えきない。瞼を閉じて、目を押さえる。


 また、この感覚。アルルの素顔が見えたときと同じだ。今までこんなことなかったっていうのに、私はどうしてしまったのだろう。


「ちょっと、どしたん……?」


 ジャンヌは割と深刻そうに私を気遣ってくれる。

 流石に、隣にいる人間が突然目を押さえて呻き声を上げれば、嫌いだとしても心配になるようだ。


「大丈夫です」


 そう答えて、前を見る。

 すると、瞼を上げたその先に、目を開いた先の闇の中に、


「視える……!」


 馬に跨る騎兵たちの姿が赤く朧げに浮かんでいた。

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