第2話 ドリュアスの心臓
川を越え、森を抜け、野をゆく。
とりあえず乗って、そう言われてからどれくらいの時間が経っただろう。それなりの時間は経つが、気になることはまだ教えてもらっていない。アルルもジャンヌも自分のことに忙しく何かを聞いていい雰囲気ではなかった。
しかし、だんだんと道は自然を離れ、草木の少ない荒野へと入っていった。車を操るアルルの態度にも余裕がでてるように見える。
聞くなら今をおいて他にないだろう。
「あの、教えてもらっていいですか? 私が盗むもの、ドリュアスの心臓について」
「そうね、いいよ。ジョゼ、琥珀って知ってる?」
「ええ、もちろん。飴色をしていて、様々な魔導具の素材として用いられる珍しい宝石ですよね」
琥珀という宝石は不思議なことにその人が持つ
「そーそー、ご名答!」
アルルは道化師のように、少しおどけて言ってみせた。
「でも、たしかドリュアスって木の精のことでしたよね? それが宝石である琥珀とどう関係があるのです?」
「大有りも大有り」
すると、アルルはポケットから小さな琥珀を取り出す。
「この飴色の石ってのは、大昔の木の樹脂が化石化したものだからね」
「そうなのですか……!?」
知らなかった。この綺麗な石が木の一部からできたものだなんて。想像もつかないような不思議に感心してしまう。
「だから、琥珀はドリュアスからの贈り物ってワケ」
「おっ、ジャンヌ。いいこと言うじゃん」
「今褒められたって何も出ないから」
ジャンヌはツンツンした態度を崩さない。その原因は主に私なのだけれども。そんなジャンヌをよそにアルルは説明を続けた。
「私たちが今いるダラン地方は昔から琥珀が採れる土地として知られ、今や出回ってる八割の琥珀がここで採られたものとも言われているくらい。そしてある日、このダランでとんでもない琥珀が発掘されたんだ。樹の化石の中に含まれてた、高さ2ヤートル、横幅1ヤートルなんて化け物みたいな大きさの琥珀石がね」
「それが、ドリュアスの心臓」
「そう、その通り。その価値、五千万ダラスのお宝さ」
「五千万ダラス?」
ダラスとはルブロン王国で流通している貨幣単位のことだが、その五千万というのがどんなものかいまいちピンとこない。そりゃ、数字の大きさを見たら相当な額だってのいうのは分かるものの、実際のところ支払いなんてしたことがないのだから。
「ジョゼの家が治めているくらいの領地なら、平民一人が不自由なく一生暮らしてもお釣りが来るレベルの額よ」
「一生……」
「まぁ、ジョゼの屋敷の半年分の維持費にもならないだろうけど。
で、その宝石は持ち主を転々とするわけだが。今、このドリュアスの心臓は持ち主であるマーキス・モートンの元にある」
その名前には聞き覚えがある。
「モートン伯爵といえば
「ダラン伯爵であるマーキス・モートンはこの地方の全ての琥珀鉱山を支配する、ひと呼んで『琥珀の王』。これがちぃっとめんどくさい奴でねぇ、このお宝をとんでもないことに使ってやがるわけよ」
「とんでもないこと?」
分からぬことに首をかしげると、アルルは
「ご覧。そろそろ見えてくるから」
言われるがままその指先を見ると、荒れた大地を蛇のように細長く連なった──しかし、生き物である蛇とは比較にならないほどの大きさをした──箱のようなものが横切っていた。
その正体は分からない。それに今まで見たことがないほど巨大な物体に、少しの怖さすら感じる。
「
「宝の箱?」
「あの
その問題を解決したのがドリュアスの心臓。伯爵は人間の
つまり、あの
「さて、お宝についてはそんなとこかな。ジョゼにはこの予告状の通りに、あの列車の中にあるドリュアスの心臓を盗んできて欲しい、そういうわけだ」
アルルは胸ポケットからカードのような紙を取り出して、私に見せつける。
そこには、
『今夜零時、ドリュアスの心臓を頂きます──怪盗アルル』
と、しっかり書かれていた。
「ちなみにこれは控え、本物はもう伯爵のところに送ってある」
なるほど。それを見せつけられて、だんだんとアルルの言いたいことが読めてくる。
「それはつまり……今夜の零時が決行の時間ってことですよね」
「そうよ。段取りついては既に私たちが考えてある。だから、その計画を実行できて、見事ドリュアスの心臓を盗めたら、ジョゼの勝ち。“私たちと一緒に行きたい”ってその願いを認めよう。逆に、盗めなかったときは、問答無用であの屋敷に送り返す」
アルルは真剣に言った。その声色には彼女が本気だということが見てとれる。それはつまり、どっちに転ぼうが約束は必ず守られるということだ。
「私はアルルのことと、お父様の消息について知りたい。だから、こんなところでお屋敷に戻ってなんていられません」
「意気込みやよし。だけど、どうなるかは
ジョゼの頑張り次第だからね」
「分かっています」
アルルが本気なら、私だって本気になる必要がある。場合によっては命すら賭ける、それほどの覚悟でもって挑まねば道は開かないと思うから。
「よし、寄り道もこのへんにして。偵察に向かうとしましょうか」
アルルはそう言うと、再び車を走らせた。
私は気持ちを引き締め、視界の彼方へと消えてゆく
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