第2章 荒野を走る秘密の車列

第1話 侯爵令嬢の覚悟

「私も連れていってくださいませんか?」

「はぁ!? ちょいちょい! あんた、何言ってんの?」


 アルルに私の気持ちを伝えると、荷車からジャンヌがすごい剣幕で怒鳴り込んできた。


「ジャンヌさん、起きてたんですか……?」

「ねぇ、アルル! まさか、コイツを連れてくなんて言わないよね?」

「まぁ、言い分くらい聞いてもいいんじゃない?」


 アルルは興奮気味のジャンヌを制して、私の方へと向き直る。


「ジョゼ。君の欲しかったものはもう手に入ったろう。後は勝手にしろとも伝えたはず。それなのに、まだ何かあるの?」

「私は新しく欲しいものができました」


 私はアルルのことをもっと知りたい。世界を股に駆けるアルルと、一緒にいろんなところを巡りたい。そして、ゆくゆくはお父様の消息を掴みたい。

 そのためには彼女と同じ世界にに立つ必要がある。怪盗という世界に立たなきゃ見えないことがきっとあるから。


「欲しいと望むなら、持てる全てを賭けて自分の手で掴み取れ。そう言ったのは他らなぬアルルさんです。欲しいものを手に入れるために、どうしても共に行きたいのです」

「それで? また『盗んでください』ってわけ?」


 アルルには屋敷のときのように、また他力本願だと思われているのだろう。だから、私は言い返す。


「これは誰に頼むでもなく、自分の意思で行きたいと決めたことです。そのためなら、どれだけ険しい荊の路も、心まで凍てつく夜も、共に歩んでみせます。まだできることは分からないけど、悪いことだって、きっと覚えます。だから──」

「悪いこと、ね」


 アルルは声低く、私の言葉を遮った。


「いいも悪いもない。私にはこれしかなかった」

「私もあなた達の一員として、ちゃんと盗んでみせます!」

「随分軽く見られたようだ。でもね、これは貴族のお遊びじゃないのよ!」

「ひぃっ……!」


 アルルは柄にもなく感情的に怒鳴った。そこに彼女が今まで見せていた余裕のようなものは微塵も感じられなかった。

 殴られる、私はそう思って反射的に身構えてしまう。


 しかし、アルルは手を出してはこなかった。彼女はただただ私を見ていた。仮面から覗くその瞳に様々な感情を乗せて、私を眺めているようだった。


「そこまで言うなら、一つ試そうじゃないか」

「ねぇ、アルル! 本当に仲間に入れるっての?」

「もちろん、タダでというわけにはいかないさ。私たちにはやらなきゃいけないことがあるんだ。足手まといが増えるだけなんてのはゴメン。だけど、私たちはさっきこの子に救われてるんだ。その見返りではないけれど、チャンスをあげるくらいはいいと思わない?」


 ジャンヌは何か言いたそうにアルルへと詰め寄った。既に、言いたいことが喉元まで出かかっている様子だったけど、アルルに見つめられた彼女は何も言わずに大きなため息をついた。


「分かったよ……。でも、基本的にはアタシ、この女と一緒なんての嫌だから」


 しかし、アルルは私の方を見たまま、それに何も返さなかった。


「ジョゼには、これから私が言うものを盗んできてもらう。そのブツを盗めたら、合格。ジョゼを仲間として認めてあげる。だけど、もしブツを盗み損ったら、問答無用で元の屋敷に放り込む」


 アルルは既に態度を鎮めていた。その言葉にはもう感情的なところがなく、急な態度の変わりように少し驚く。しかし、その変化は私にとってプラスなのだから、別に何でも構わない。


「分かりました。それで、何を盗めばいいんですか?」

「ドリュアスの心臓」

「ドリュアスの心臓……?」


 心臓とは物騒な響き。いったい、どんなものなのだろう。


「マジ? あそこに行かせるつもり?」

「私たちと来たいって言うなら、これくらいできてもらわないと」


 ジャンヌはなんだか心配そうにアルルと話している。あれだけ強い魔導使いの彼女が不安そうにするなんて、私に突きつけられた盗みはどれほどの難易度なのだろうか。

 そう思うと少しだけ、心がぐらつく。


「その、ドリュアスの心臓っていうのはどんなものなんですか……?」

「一応、これは私たちがやろうとしてる盗みでもある。だから、詳しいことはまだ教えられない。ジョゼ、今大事なのはやるのか、やらないのか。そのどちらかってこと」

「もし、やらないと答えたら?」

「計画を知られた以上、黙って帰すわけにはいかないね」


 アルルは親指と人差し指でマスケットの形を作り、私に向ける。そして、子どもが撃つふりをするように、バーン、と言ってみせた。


「ドリュアスの心臓を盗み終わるまでは、大人しくおねんね・・・・してもらう。まぁ、大丈夫。命までは盗らない。だけど、痛くないとも言わないけど」


 やるか、やらないか。アルルはそう言ったが、そこに選択の余地はなかった。やると言った以上は逃がさない。そんなところだろう。


「分かりました。やります」

「いい返事ね」

「チッ……」


 アルルは私の返事を歓迎した。しかし、ジャンヌは舌打ちをして、露骨に嫌がってみせる。


「そうと決まればすぐ行こう。時間はあるとは言えないし」

「……分かった」


 しかし、彼女たちはいつまでもその余韻に浸っているというわけではなかった。やることが決まれば行動は早いようで、アルルはすぐさま魔導車オートに乗り込み出発の準備に取りかかっていた。ジャンヌも不満気ではあるものの、荷車で自分の杖の整備をしている。


「ほら、ジョゼも行くよ」


 アルルはぼやぼやしていた私に声をかけた。彼女はいつの間にかに仮面を外しており、屋敷で透けて見えた美しい顔が私を呼んでいる。


「どこへ行くんですか?」

「鉄道伯爵の住まう都、トンダーリン。まぁ、とりあえず乗って。詳しいことは、走りながら話すから」


 そうして魔導車オートは走り出し、期待と不安の入り混じる私を乗せてカリオストロ領を後にするのだった。

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