第3話 信頼を背負って
お屋敷だったら、そろそろお昼の時間だ。いつもならフミと一緒に彼女が作る美味しい料理を食堂で食べていて。
フミ……。彼女は今頃どうしているのだろうか。私が居なくなったことに対して、お義母様やラザール様から詰められているかもしれない。だとすれば、その責任と称して酷い仕打ちを受けているかもしれない。
私はフミにカリオストロ家の留守を預かってほしいとお願いしてしまったが、それはつまり本来なら私に降りかかるものを引き受けさせてしまうということだ。なんてことをお願いしてしまったのだろうかと、申し訳なさで胸が苦しくなる。
「はぁ……」
小さなため息が一つ。
一応、自分では誰も気にしないだろうと思った。しかし、アルルは私のため息を聞き逃さなかった。
「屋敷に残してきたあのメイドのこと、心配?」
「私のわがままのせいで、彼女に辛いことを押し付けてしまったから……」
「まぁ、でも。そんなに心配しなくても大丈夫よ」
アルルは不思議なくらいあっけらかんとしていた。まるで、私の悩みが些細なことだと言わんばかりに。
「どうしてですか?」
「あのメイドは『いってらっしゃい』と送り出してくれただろう? それは自分の運命を理解したうえで、ジョゼのために留守を預かるって覚悟を決めたなによりの証拠だ」
「私のために……」
「だったら、後ろを信じて前に進むのが務めってものだ。振り返っていちいち心配するなんてのは、送り出された者のやることじゃない」
確かに、フミは私の願いに『お任せください』と言って、かしずいたではなかったか。
なのに、私は大丈夫だろうかと心配して、任せきれていなかった。
それは心のどこかでフミのことを信じきれていなかった、ということに他ならない。
アルルはそんな私の心を見抜き、主人である私以上に彼女の気持ちを理解していた。だから、心配しなくても大丈夫だと言ったのだ。
ごめんなさい、フミ。あなたを信じて私は行きます。あなたの覚悟に報いるために。
「はい……!」
彼女のことを想いながら、私はグッと拳を握りしめた。辛かった胸はふっと軽くなって、そのおかげか急に空腹感がやってきた。ぐぅ、とお腹が大きく鳴ってしまい、今度はアルルのみならずジャンヌまでもが私の方を向く。
「そろそろご飯にしようか」
「分かる」
「あはは……なんか、ごめんなさい……」
アルルは
「まぁ、盗みにおいては腹ごしらえも大切な準備だから、気にしないで」
「あっ、はい」
「ただ、ご令嬢のお口に合うかってのは、分からないけど……。ジャンヌ、ここにある残りで何作れる?」
「パンのトースト」
「で、付け合わせは?」
「ない」
「ない!?」
アルルは驚いて聞き返すも、ジャンヌはそっけなく頷くだけだった。
「だって、誰かが増えるなんて想定してないし」
「まぁ、それはそうだけど」
「それに、誰かさんがクソ野郎と無茶な追っかけっこなんかするせいで、持ってきた食料ほぼダメになったしさ」
「うっ……!」
アルルはバツの悪そうな顔をする。
「むしろ、パンだけでも残ったことに感謝してもらわないと」
「くっそぉ……そんなことなら、カリオストロの屋敷で食べ物もついでにかっぱらってくるべきだった」
流石怪盗、買うとか採集するとかそういう発想ではないらしい。一応、その屋敷の主人が隣にいるのに躊躇することなくそう言うアルルの態度には、清々しさすら感じる。
「まぁ、無いものはないし、これで満足して」
「はいはい」
アルルはジャンヌからパンを受け取ると、そのままガブリとかぶりつく。大きなパン大きく口を開いて食べてゆく様は、お上品とは言えないけれど見ていて気分がよかった。
「ほら、あんたの」
「えっ」
ジャンヌは私にもパンをくれた。私を露骨に嫌っている彼女だから、焦げたパンとか、地面にわざと落としたパンとか、あまり食べられないようなものを渡してくるかと思った。だけど、彼女がくれたのは自分たちが食べるのと同じような──よく見れば、それよりも少し大きなパンで、少し意外に思えた。
「食べないなら、貰うから」
「あっ、いえ! ありがとうございます! それではいただきます!」
結局、私たちのお昼ご飯はジャンヌが
食事を摂り終わり、私たちがいた証拠をあらかた消し去ると、アルルは
「ジョゼー、おいで!」
呼ばれて行ってみると、彼女は着替えの真っ最中であった。
「ほら、ジョゼもこれに着替えて」
言われるがまま、私は渡された服に着替える。着替えてみて分かったのだが、それはドレスではなく、領地の平民たちが着るような質素な服だった。フリフリとした飾りはなく、おまけに下は男性が履くズボンと呼ばれる衣服で、中々着替えるのに時間がかかってしまう。
なんとか着替え終わると、アルルも色味は違えど同じような服装をしていた。
「お、着替えたね。中々似合うよ」
「いや、あの。これは何のために?」
「何って敵陣の偵察よ。ご飯食べる前に言ったでしょ?」
記憶を辿ると、アルルはそういえばそんなことを言っていた気がする。
「私たちはこれから二人でトンダーリンの街に行って、モートン伯爵と
「なるほど……でも、二人って、ジャンヌさんは?」
「ジャンヌはちょっと留守番して
ジャンヌは“別に”とそっけなく返事した。彼女は車に杖をかざし、既に作業に集中している。そんな彼女の邪魔にならないよう、私たちは静かにこの場を後にする。
ジャンヌと別れてからそれなりに歩くと、無人だった荒野に人の気が出始めた。馬車の往来も増え始め、街が近づいていることを実感する。アルルに導かれるまま、私たちは馬車駅で乗合馬車に乗ると、すぐさま荒野に街が現れた。
「わぁ……! すごい街!」
「ここが、トンダーリン、鉄道伯爵の支配する街よ」
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