第11話 列車の真実

「怪盗アルル、参上」


 月夜に現れた本物の怪盗アルル。その姿を目の当たりにして、伯爵は狼狽えていた。


「お前がアルルだと? それじゃ、さっきの緑の目の奴はいったい何だ!?」

「緑の目? そんなの知らないね。他の奴がどうだろうと、この私がアルルだ」


 伯爵の問いかけに対して、アルルは知らないはずがない。だって、私をここに忍び込ませたのは他でもない彼女自身なのだから。

 しかし、アルルは臆面もなく伯爵の問いを突っぱねてみせる。嘘をつきなれてるというか、彼女と私では他人を欺いてきた場数が違うということを実感させられる。


 そんなとき、耳飾りが鳴った。


『ジョゼ』


 それは紛れもなく、そこにいるアルルの声だ。


『そのままドリュアスの心臓を消し続けて。大丈夫、あとはこっちで何とかするから。私の盗み、特等席で見てて』


 アルルはそれだけ言うと一方的に会話を切り上げた。


 大丈夫と言われても、アルルはいったいどうするつもりなのだろう。しかしながら、彼女は確実に何か策を持っている口ぶりだ。

 それならば、今私がすべきことはこのまま黙って、ドリュアスの心臓を消し続けることだけ。そこで見ていろということは、手出しは無用ということに他ならないからだ。


 その言いつけを守り、私は屋根の上にいるアルルをただただ見つめていた。


「お前もドリュアスの心臓を狙って来たのか?」

「もちろん。私の目にはお宝以外映らないから」

「貴様もまた罪深き者の一人というわけだ」


 伯爵は不機嫌を隠すことなく吐き捨てた。しかし、アルルは笑う。その笑い声は夜の荒野に響き渡るほど。


「何がおかしい!」

「そりゃ、あんた。他人を罪深いと決めつけるなんて、まるで自分が穢れなき聖人のように思っているのがおかしくて仕方ないもんでね」

「何を言うか。私はこの土地の人々や王国の未来のため、魔導列車トレインの開発と運用に心血を注いでいるのだ。貴様らのような悪党とは違う!」

「いいや。マーキス・モートン、あんただって私利私欲のために魔導列車トレインを利用してる悪党だろう?」

「さぁ? 何のことだか」


 伯爵は存じ上げぬととぼけてみせた。その顔は本当に何も知らないという感じだ。しかし、アルルは適当な嘘をつく人ではない。私には伯爵がどう悪党なのか分からないけれど、アルルが言うのだから確実に何かある。


 伯爵はアルルを指差し、


「おい、あいつを撃ち殺せ!」


 白装束たちに命じた。

 しかし、


「いいの? これがどうなっても」


 アルルは銃口を向けられても身じろぎ一つせず。それどころか、逆に彼女は手に持つ物を伯爵へと突きつけた。


「なっ……!」


 アルルが持っていた物。それは伯爵が荒野の駅で抱えていた鞄だった。しかしそれは私があそこで見たのと違い、ぎっしりと中身が詰まっていた。


 そして、その鞄を見た途端、先程まで余裕綽々としていた伯爵の表情が青くなる。


「なぜ貴様がそれを!?」

「大事な物はちゃんと身につけておかないと、盗られちまうぜ?」


 伯爵は何度も杖で床を突き、今までの威勢が嘘のように狼狽えていた。よほど大事なものをアルルに盗られたと見える。


 ──それは、果たして。


 そんな伯爵の様子に白装束たちも困惑し、自らの行く末を決めかねていた。


「どうします、撃ちますか?」

「馬鹿者! 撃っていいわけあるか!!」

「そりゃ、ダメに決まってるよな。だって、ここには伯爵の何よりも大事なお金ダラスがたんまり詰まってるんだから」


 アルルが伯爵に見せつけるようにして鞄を開くと、中には大量の札束が入っていた。


「ざっと見積もって三百万ダラスってとこか? まぁ、金に目が眩んだ悪党の小遣い稼ぎにしちゃ十分過ぎる額か。

 しかし、伯爵。あんたも抜け目ないねぇ。領民や王国の未来のためなんてお題目つけながら、その裏この魔導列車トレインを使った密輸でこっそり儲けてるんだから」

「貴様、何故そのことを……!?」

「気付いてないとでも思ったかい。私はあんたと同じ悪党だ」


 アルルは得意げに言ってみせた。そして、胸のポケットから燃えるように真っ赤な宝石を取り出す。


魔導列車トレインに大量に積まれているこのパイロープガーネット。こりゃ、王宮への申告なしに移動させていい量じゃない。それを誰にも知らせず密かに運んでるとなれば、悪党的にはピンとくるもんさ。

 魔導列車トレインは大量の積荷を真夜中だろうと運べて、その事実が人目に触れる前に仕事を終えられる速さもあるときた。この仕事小遣い稼ぎにうってつけというわけだ」


 なるほど、そういうことか。確かに、魔導列車トレインにはアルルの話した利点があるし、乗客のいない夜中は客車にも積荷を置ける。あの客車の不自然な箱は限界まで積荷を運んでやろうと、そういうことだったのだ。

 その上、伯爵には空間の景色を歪める能力スキルがある。それをドリュアスの心臓の力で列車全体に広げれば、万が一誰かにバレて車輌の中を検められたとしても隠し通せる。


 なんとも上手く考えられた策だ。その巧妙さに思わず感心してしまう。


「何が領民のため、この王国のためだ。昼間は魔導列車トレイン開発の名目で税を徴収し、そのうえ王宮から支援してもらいながら、夜な夜な自分の懐肥やしてるっていうんだから。あんたと魔導列車トレインを信じて働いてる領民たちが救われないな」

「それは仕方ないことなのだよ。一時期は琥珀で潤ったこのダラン地方だが、最近は琥珀の産出量もめっきり減ってね。近い将来、主要な産業もないこの土地は不毛の荒野になるのが目に見えてる。だからこそ、魔導列車トレインを有効活用しなければもったいないというもの。もちろん、愛する領民たちにもいずれは還元してやるつもりだ。私が満足するまで稼いだ後でな」

「やぁっと本性見せたな? 酷い男だよ」


 その言葉に私も同意する。純粋無垢な人々を言葉巧みに騙して、利用して、搾取して。

 伯爵はラザール様とは別の意味でひどい人だと、そう思えた。


「本性も何も、いつだって私は富を求めて生きてきた。こんな土地の領主なんぞ継がせられた後は尚更な」

「そのためなら悪魔にも魂を売るんだな」


 アルルは伯爵に言った。


「悪魔? 何のことだ?」

「これだけのパイロープガーネットがあれば王国の主要都市すら余裕で吹っ飛ばせる。それに着火用の白装束の連中までセットとは、あんたの依頼主はいったい何のために使うんだか」

「私は単なる運び屋、望む人間に渡すだけ。運んだ後に荷物が誰にどう使われようが知ったことではないし、それに関して私は何も悪くない」

「あんた、潔いくらい悪党だよ」


 危険物パイロープガーネットをこれだけ大量に秘密裏に運ぶとなれば、それは悪いことに使うために決まっている。それを承知のくせに知らぬ存ぜぬとは、なんて無責任な人だろう。

 そんな伯爵かねのもうじゃの顔を見ると、彼は口角を引きつらせ、建国英雄譚の絵画に出てくる悪しき者のように笑っていた。あの人の目は緑色ではないものの、私なんかよりもよほど悪人らしく思えた。


「しかしまぁ、ドリュアスの心臓を自分の物のように使ってくれちゃって」

「何を言っている? ドリュアスの心臓は私の物だ」

「盗人猛々しいとはまさにこのことだ。

 一つ言っておく今日、私はな。ドリュアスの心臓を返してもらいに来たんだよ」

「返してだと? 何を適当なことを」

「バーネット孤児院」


 アルルはその短い単語を強調するように呟いた。


「この言葉に心当たりは?」


 尋ねられた伯爵は、今までの高圧的な態度が嘘のように静かになる。訪れた沈黙、私にはそれが質問の答えに思えた。


「どうやら、あるらしいな」

「さぁな。とにかく誰が何と言おうと、ドリュアスの心臓は私のものだ」

「そう言うなら、そう思ってればいいさ」


 伯爵の返答はもはや取り繕う気もないようだが、アルルはそれでも別に構わないという様子。彼女は何を言うでもなく、ただじっと伯爵を見つめていた。


「なぁ、怪盗」


 唐突に伯爵は、取り繕ったように穏やかな声でアルルへ語りかける。


「何だ」

「一つ取引をしないか?」

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