第14話 クライマックスランデブー

「怪盗アルル! どこにいる! 出てこい!!」

「おい、伯爵! 私はここだ」


 アルルは車内の伯爵に向け、叫ぶ。


「上がってこいよ。悪党同士、そろそろ決着つけようじゃないの」


 その誘いに応えるように、伯爵は煙の充満した車輌内から出てきて、屋根に上がるための梯子を上ってきた。それに続いて白装束たちも続々と屋根の上に集結する。


「もう逃さんぞ!」

「あらあら、そんなこき使っちゃって。いくら自分とこの兵だからって、人様に渡す商品は大切に扱った方がいいんじゃないの?」

「黙れ! 貴様、自分の状況が分かっているのか?」


 伯爵の後ろに陣取る白装束たちは臨戦態勢を取った。しかし、アルルは臆さない。


「その言葉そっくりそのままお返しするよ、伯爵さん」


 その態度は驚くほどに強気。果たして大丈夫なのだろうかと、アルルのことが心配で落ち着かなかった。しかし、私は気持ちを抑えて口をつぐむ。なぜなら、今の私のすべきことは口を出すことではなく、アルルたちの盗みを見届けることなのだから。


 アルルは伯爵の方を向いたまま、後ろ手に構えたヴァルサーを撃つ。銃声が響き、マスケットの弾丸は客車と貨物車輌を繋ぐ連結部を正確に貫いた。大きな揺れが貨物車輌を襲い、杖をついていた伯爵くらもよろめいてしまうほどだった。


「貴様何を!?」

「これでもう、あんたはどこへも逃れられない」


 アルルは貨物車輌と客車の繋がりを断った。

 魔導列車トレインは先頭の機関部が後ろを引っ張って移動する。ゆえに、先頭以外は自から動く力を持たない。

 前の車輌と切り離された貨物車は言うなれば車輪の付いた箱だ。みるみるうちに貨物車は勢いを失い、進み続ける私たちとアルルたちの距離は開てゆく。


 そんな状況下で、貨物車の屋根の上の様子まだ見えていた。そして、アルルたちの会話は耳飾りを通してこちらにも伝わってくる。


「私たちだけの楽しいランデブーの始まりだ!」

「ふざけるな!」

「おっと、動くな」


 アルルは赤い宝石を持っていた。機関部でも伯爵に見せつけていたパイロープガーネットだ。


「もし、魔導銃マスケットの弾がコイツに当たればその魔導マナでこの石は激しく燃え上がり、下の積荷に引火して、ドカン。私たちは跡形もなく吹っ飛んじまうよ?」


 威勢よく伯爵に圧をかけるアルル。伝わってくる声の調子からみるに、彼女はこの状況を楽しんでいるようだった。


「この旅の終着点は、果たしてどうなるかな?」

「貴様……! この悪党めが!!」

「そうさ、私は悪党さ。だが、それはあんたも同じこと」


 そう、アルルは力強く言い放つ。


「怪盗風情が他人に説教垂れるのか?」

「いいや、忠告だよ。これは。

 一ついいことを教えてやろう」

「いいことだと?」

「あんたが大事にしてるドリュアスの心臓だけど、ここにはない」

「何!?」

「実は隠してみせただけで、ことの始まりから今まで、ずっと機関部にあるまま」

「じゃあ、どうして貴様は我々をここへ呼び寄せるような真似を……?」

「そりゃ、理由は一つ。悪党の行く末ってのを教えてやるためさ」


 アルルは手にしたパイロープガーネットを空に放り投げた。宝石は満天の星空に真っ赤な放物線を描き、伯爵に向かってゆく。高く上がった石がその頂点に達し、あとは落ちてゆくだけとなったその瞬間。


「ジャンヌ!」

「了解!!」


 ジャンヌが杖のトリガーを引き、魔導を撃ち放つ。耳をつく音とともに杖の先から迸った赤い光線は、かなりの距離をものともせず、空中のパイロープガーネットを正確に貫いた。


「これは餞別だ。取っときな」


 赤い光線を浴びせられた宝石はその光をデタラメに反射させ、瞬く間に発火する。その炎は伯爵たちの元に届く頃には夜空を焦がさんという勢いで燃え盛り、貨物車輌の屋根の上は阿鼻叫喚の巷と化した。


 アルルはそんな伯爵たちを見届けるというわけではなかった。彼女は踵を返して、屋根の上をこちら側の端に向かって走り出していた。


「それじゃ、伯爵。お達者で!」

「待てぇ!!」


 伯爵の呼び声なぞ気にも留めず、一心不乱に駆けるアルル。彼女は何を思い切ったのか、一切躊躇うことなく屋根の端から飛び出した。


 ──ドカン。


 宝石が放つ炎が屋根の下に回り、大量に積み込まれていたパイロープガーネットに引火して、爆発的な大火を引き起こした。貨物車輌は一瞬にして炎に呑まれ、顔を伏せてしまうほどの熱と衝撃がこちらまで押し寄せる。


 爆発に巻き込まれた伯爵たちはどうなってしまったのか分からない。しかし、車輌から一足先に脱出したアルルは、宙に投げ出されていたものの何とか無事だった。


 アルルは空中で差し出した右手から何かを撃ち出した。見れば、それは太いロープのようなもので、最後尾の客車の柱にしっかりと巻き付いている。彼女がその腕を大きく引くと、驚いたことにその身体はロープを辿るような軌道を描いて車輌に迫る。そして、アルルは何とか走る車輌に追いつき、結合部のわずかな足場に転がり込む。


「アルルさん!」


 私はすぐさま屋根を降り、無事帰還したアルルの元へ駆け寄った。


「やぁ、ジョゼ。見ててくれた?」

「はい。とっても凄い、その一部始終を」


 気づけば、軽く鳥肌が立っている。

 一瞬でもタイミングを間違えばアルル諸共、爆発に巻き込まれていたはず。なのに、そんな危険な方法を進んで実行するアルル。それに、示し合わせもほとんどない一発本番だというのに、アルルの望む結果を完璧に引き出してみせるジャンヌもジャンヌだ。

 予想もつかない大胆不敵な手口で、鮮やかに状況を切り抜けてしまう。そんな彼女たちに驚き、さっきはただただ見入ってしまっていた。


「だろ? これが怪盗アルルの仕事ってやつよ」

「おかえり」


 私に続き、ジャンヌもスルッと降りてきた。


「ジャンヌー、今日も冴えてるねぇ」

「別に、これくらい普通だし。てか、冴えてるのはあんたの頭の方でしょ。あんなめちゃくちゃ思いつくんだから」

「まぁね。ドリュアスの心臓は手に入ったし、これで一件落着ね」


 一仕事終えて、アルルは達成感に浸っているよう。しかし、私には一つ心残りがあった。

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