第2話 宝石と魔導使い

「そっ、その緑色に光る眼は何だ!! それに、あれは完璧に作ってあったはずなのに、なぜ偽物だと見破られた!!」


 侯爵は私の眼を見て、軽いパニックを起こしていた。そんな彼にニーツェは近づき、落ち着けと宥める。


「怪盗アンリエットの眼が緑に光るとき、奴は様々なものを見通します。企みや嘘、心に秘めた感情、魔導マナの流れ、事物の真実、そういったものの全てを。奴が目を光らせている前では、残念ながら策略や隠し事は意味を成しません」

「そんな馬鹿な……!」

全てを見通すプロビデンス・アイ。私はあいつの能力をそう呼んでいます」


 侯爵は私の眼に首ったけ。そして、周囲を見渡せば、白装束たちも私を見て怯えている。


「この化け物……!」


 侯爵が私を指差して呟いた。

 この王国くにの人々にとって緑色の目というのは忌むべき物であり、嫌悪感を催す対象である。しかし、私はこの眼を嫌だと思ったことは一度もない。

 この眼はお母様から頂いた、大事なものだ。だから、お母様がこの眼を愛してくれたように、私もこの眼を愛し、この眼の力を惜しまない。


「ウラヌスの涙は、神に不変の美しさ与えられたとされる宝石であり、魔導マナの適合者に『無敵の防御力』の能力スキルを付与するダイヤモンド。ですが、ここに持って来られた石は、言い伝えられているほどの力が見えなかった。

 それで、床に叩きつければ案の定。特別な宝具がこんな雑な衝撃で粉々に砕け散るわけありませんよね」

「ぐぬぬ……」


 侯爵の歯軋りがダンスホールに響く。


「まぁ、この偽物も相当精巧に作られていて、普通の人は一見しただけでは気づけない品でしたよ? 現に、そこの探偵や兵士たちは見抜けなかったのですから」


 彼の悔しがり方を見れば偽物のできには相当自信があったようだ。しかし、どれだけ本物らしく作ろうと私には通じない。


「緑の目、神話に伝わる“悪しき者”……!」

「よく言われます」

「あの怪物を殺せ!!」


 構えろと、侯爵が一声怒鳴る。すると、周囲の兵士たちがその手につけているルビーを私に突きつけた。

 こちらに向けられたルビーが光を放ちだす。彼らは着々と“発現”の準備を進めているようで。


「我が兵は炎魔導の精鋭を揃えている。上等なルビーを介して発現する炎能力スキルに焼かれれば、どんな怪物だろうと骨すら残ることはない!」


 ああ、まずい。これは実によろしくない。

 私の眼はあくまでいろいろなものを見通せるだけ。見えても対処ができるかは別の問題だ。

 手持ちの武器では一対多数のこの状況、打開するのは厳しい。そろそろ“彼女“に来てほしいところだ。


「これでもう、貴様は死ぬ。『翠の瞳』とやらも終わりだな!」

「いえ、伯爵! 『翠の瞳』は個ではなく、三人組の怪盗団。目の前にいるアンリエッタはその一人に過ぎません!」

「じゃあ、まだ他にもいるというのか!?」


 その刹那、ダンスホールの大きな窓が割れた。嵌め込まれたステンドグラスはもはや見る影もなく、突然の来訪者を歓迎するべく拵えられた色とりどりの紙吹雪──もといガラス吹雪と化していた。


「それな」


 破れた窓から人が乗り込んでくる。その人は黒いローブに身を包んで、目深に被ったフードの裾から美しいブロンドの髪を垂らし、禍々しい杖を持った、いかにも古の魔導使いという見た目の女だった。


「お前は……!」

「『翠の瞳』は他にもいるから。例えば、このアタシとか」


 やって来た彼女は、燃え残った木をそのまま切り出したような形状の黒き杖を勇ましく構えた。その出立ちとローブ越しにすら分かるその抜群のプロポーションによって、周囲の視線は彼女に釘付けになっていた。


「お前は……!」

「ジャンヌぅー!!」


 その来訪が嬉しくて、込み上げてくるジャンヌへのときめきを抑えられない。私は連中の隙をついて彼女に駆け寄り、抱きついた。


「やっぱり来てくれたのですね。私、とっても嬉しく思います……!」

「仕事だから来ただけで、別にあんたのためじゃないし」


 そっけない返事だが、美の女神を象った彫刻のような彼女の綺麗な顔は満更でもなさそうな表情をしていた。

 そんな彼女に声を顰めて確認する。


「あちらの方はどうなのです?」

「上々。もう少し時間を稼げれば余裕だから」


 いい返事が返ってきた。おおよそ予定通りというところか。そういうことならば、彼らと少し遊んであげましょう。


「ねぇ、ジャンヌお姉様ぁ。私、お姉様の顔を見たら、我慢できなくて……! 帰ったら、いっぱい愛し合いましょう?」

「嫌。あんたと付き合ってたら身体がいくつあっても足りないっつーの」

「でも、お姉様はそういうがお好みではありませんか」

「うるっさい!」


 ジャンヌは顔を赤らめる。普段のツンと澄ました顔からは想像できないような、その反応が可愛らしい。

 はっきりいって、これは演技だ。ゆえに適当に返せばいいのだけれど、彼女は素の反応を返してくれる。私はジャンヌのそんなふうに意外なところで素直なところが素敵に思えた。


 私とジャンヌの絡みを連中に見せつけていると、兵士たちは目の前で何が繰り広げられているのかと困惑していた。しかし、侯爵にはお気に召さなかったようで、次々と自分の行いを邪魔しに訪れる新顔に怒り狂っていた。


「誰だ、貴様は!」

「奴は『翠の瞳』の一味、“黒の魔導使い”ジャンヌ。あらゆる属性の魔導まどうを司る裏社会の天才。魔導を自由自在に操るその腕は世界最高の魔導使いと称されるほどの奴ですよ」

「世界最高の魔導使いだと?」


 侯爵は顔を顰めた。


「お前のような小娘がか?」

「はぁ? 舐めんなし。少なくとも、そのへんの雑魚よりは、遥かにやれっから」

「それだけ言うなら試すか?」


 兵士たちの指輪に魔導マナが通され、光りを放つ。やがてその光は燃え盛る炎となって、指輪のルビーに灯った。


「緑目の怪物と一緒に葬ってやる」


 数多の炎がこちらに向けて掲げられる。もう、私たちに逃げ場はなくなった。


「あー、マジだるっ」


 ジャンヌは気だるげに杖を振り回し、構えた。


「ジャンヌ、やれますよね?」

「当たり前じゃん。アタシを誰だと思ってんの?」


 しかし、彼女の眼はやる気に漲り、猛禽のように鋭く敵を見据えていた。


「かかってこいっつーの!!!」


 ジャンヌが、吼えた。


「撃て!」

「ファイヤーボール!!」


 侯爵が号令をかけ、兵士たちが炎能力スキルを放つ。彼らの宝石に灯っていた炎は火球となり、私たちに襲いくる。


 しかし、ジャンヌは顔色一つ変えなかった。彼女が大きく息を吸い込むと、美しいブロンドだったその長髪が毛先の方から鮮やかな緑色へと変化し、手にした杖も緑に輝きだした。


風よ、ヴェントゥス彼の敵に・アド・エクシティウム滅びを与えよイニミークス!!!」


 ジャンヌは呪文を唱え、杖を振る。するとどこからともなく風が巻き起こり、私たちの周囲に大きな風の渦ができあがった。


「何だ!?」

「構うな、撃ち尽くせ!!」


 兵士たちは次から次へと炎を放つ。しかし、風の渦は連中から放たれた炎を防ぎ、その全てをことごとくかき消す。


「せいっ……やぁ!!」


 ジャンヌが気合をこめると風の渦は広がり、侯爵の兵士たちをのみこんでゆく。彼らは風にあおられ、飛ばされ、壁や天井にぶつかったり、飛ばされた者同士で衝突し合い、ダンスホールの中で揉みくちゃにされていた。

 やがて風がおさまると、部屋はぐったりとした兵士たちで溢れている。立っていたのは風に巻き込まれなかった侯爵と探偵だけ。


「わぁお。さすがジャンヌ! 今日も冴えてますね!」

「これくらい、普通でしょ」


 ジャンヌを褒めるが、軽くあしらわれてしまう。しかし、それは謙遜からくるものではない。

 私にとっては凄いが、あれは彼女してみればできて当たり前のことなのだ。だから、準備運動を褒められても何も思わないように、アレを褒められたとて彼女に思うところはないのだ。


「な、なんてことだ……!」

「まだ、文句あるわけ?」


 ジャンヌは侯爵に杖を差し向ける。


「めんどいから、後は任せた」

「分かりました」


 彼女はとても仕事をしてくれた。後は私の番だ。ジャンヌから役割を引き継ぎ、侯爵に詰め寄った。


「さぁ、後はあなたお一人です」

「こんな……こと。ただで済むと思うなよ!」

「そうだ、お前たちただで済むと思うな!!!」


 半分くらいいることを忘れていたが、侯爵に便乗して探偵が大声で喚く。その対処をどうしようかと思ったが、私が悩むより先にジャンヌは彼の喉元に杖を突きつけていた。


「黙ってて」

「くっ……!」


 ありがとう、ジャンヌ。

 私は彼女に感謝して、侯爵を詰める。


「あなたが悪いのですよ。周囲を騙して、偽物を守らせるからこうなるのです。敵を欺くにはまず味方からと言いますが、それにも限度があるというもの」

「お前たちの狙いは何だ!?」

「私たちの狙いは最初から決まっています。ウラヌスの瞳ただそれだけ。まぁ、“本物の”ですけれど」

「残念だったな、本物はここにないぞ!」


 侯爵は意味のないことを堂々と言った。


「それは既に承知のこと」

「本物の在り方ありかは私しか知らない。どうする、私を拷問して口を割らせるか?」

「いえ、そんなことはいたしません。だって仕事はスマートにするものですから」


 私はポケットから懐中時計を取り出して、時間を確かめる。


「そろそろ、ですね」

「何がだ?」

「今に分かります」


 そう言うと、ちょうどいいタイミングで屋敷の中に、


 ──ドカン。


 爆発音が響き渡った。

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