第29話 力
ロビンくんが帰ってきた。
魔王サタンを引き連れて。
「なんで、サタンを連れてきたのよ……?」
「今回の件を片付けてくれる、唯一の人物ですから」
「俺もおかしいと思ったんだ。ネオ・アニマルへの不受理」
書類に目を通していたからな、と続けるサタン。
「本来ならこのような姿だったものな」
サタンがわたしの店を見やる。
そこには動物たちも、お客さんも笑顔でいる。
わたしたちはその動物たちを可愛がっている。
そこに嘘偽りはない。
わたしが一番動物を愛していると言っても過言ではないと自負している。その覚悟もある。
だけどネオ・アニマルは不受理となった。
それもこれもわたしの能力のせいだ。さらに言えば、魔王サタンのせいでもある。
「そんな睨むな。俺にだってできることがある。だからロビンは俺を呼んだのだろう?」
「そうだけど。そうだけど!!」
わたしはやり場のない怒りを抱えて握り拳を作る。
その先を誰かに向けてはダメだ。それでは憎しみだけが増える。
なんの解決にもならない。
わたしたちはお客様に癒やしを届ける職業だ。
もう誰も悲しませたくない。
ペットは死を持って人に問いかけてくる。
生まれてきたものには確実に訪れる死。
なんでそうなるんだろう。
死なない方法があればいいのに――。
本当、我が儘だね。わたしって。
「して、ロビンの言う方法はどんなだ?」
サタンがロビンくんに再度聞き返す。
「はい。まずは魔王の権利を行使して、ネオ・アニマルの再申請を行いたいと思います」
ロビンくんはサタンの顔を見て計画を話し始める。
その計画が成功するとは限らない。
魔王とは言え、反対意見を持つものも多い。
だからこそ、暴力で人を従わせようとしていたくらいだ。
反社会的な人も多く見受けられる。
それは仕方のないこと。
だから魔王が言ったからと言って、従うとは限らないのだ。
これは賭けになるかもしれない。
魔王の声を聞き届けるなど、諸刃の剣なのだ。
それでもやらなくちゃいけない。
愛を届けるために――。
人を、動物を、ペットを愛する気持ちがあれば、きっとみんな幸せになれる。
みんな笑顔にできる。
きっと死によってもたらせる悲しみも、幸せからくるもの。
幸せだったんだ、と実感させるだけでもペットという位置づけは良いはず。
家族であり、友達であるペットにしかできないことがある。
「分かった。俺の方から話をつける。それに今後、このような事があれば、それは逆賊ということを思い知らせてやる」
「サタン。力だけでは解決ならないよ!」
わたしはサタンの言葉に反論した。
以前の彼なら聞き届けないだろうが。
「分かっている。だが、力なくば何も成し遂げられないだろ?」
「それは……!」
力がなければ、力の前に屈するしかない。
それは今回の火災で学んだこと。
暴力の前に無力であるわたしたち。
それが定めなら仕方ないのだろうか?
悲しみが胸を締め付ける。
なんでこんなことになるんだろう。
なんで?
みんな幸せに暮らしたいだけなのに。
「さて。俺はもう行く。申請書類をまとめておけ」
「分かりました」
ロビンくんがそう答えると、サタンの乗せた馬車は走り出す。
「して、火災の原因である奴らはとらえる。静かに暮らしたまえ。アリス」
サタンがそう告げると、あっという間に立ち去る。
何よ。わたしだって暴力の前に無力じゃない。
力は力で屈服させるしかないのかな……。
わたし、そんな世界は嫌だ。
この世界を変えたい。
誰もが等しく生きられて、そしてもう暴力で苦しむことない世界へ。
みんなが幸せでいるには何が必要なんだろう。
しばらくしてわたしは動物たちのお世話に戻る。
ああ。やっぱりわたしって動物が好きなんだ……。
そう実感しながらも、仕事をこなしていく。
静かに暮らす。
それもいいんだろうね。
でも知ってしまったら、何もできないのは辛いじゃない。
世界で、あちこちで暴力に苦しむ人がいる。
どうしたら、助けることができるのかな。
答えの見えない世界で、わたしは今日もあらがう。
「アリスさん。大丈夫?」
ロビンくんが怪訝な顔で訊ねてくる。
「どうして?」
「顔が真っ青だよ。少し休もう?」
「うん。そうだね……」
「色々と考えてまた分からなくなってしまったのかな?」
ロビンくんは優しい口調で気遣う。
「なんだ。わかっちゃったか。隠しているつもりなのに」
「アリスさんは考え込むと右手を頬に触れるクセがあるからね。こ、恋人としては当然だよ」
少し照れくさそうに呟くロビンくん。
こんな彼氏がいて、わたしは幸せものだ。
そっか。こんな簡単に人は幸せになれるのだ。
愛する人が、愛される人がいるだけで。
いや、それは人だけに限らないのかもしれない。
だったらやっぱり人に愛を届けるべきなのかもしれない。
それで幸せになれるかもしれない。
わたしはみんなを幸せにする。
笑顔にしてみせる。
そうであって欲しいから。
もう間違わない。
もう間違わせない。
「あら。アリスちゃん。どうしたのかしら」
休憩室に入ると、堂々とサボっているマリアさんに出会う。
「占い、する?」
マリアさんは柔和な笑みを浮かべてタロットカードを取り出す。
「そう、だね。やるよ」
机の上にタロットカードを置き、占いを始めるマリアさん。
その中から一枚のカードを選ぶと、「恋人」の正位置。
「ふーん。ロビン君のことねぇ」
「え?」
拍子抜けしたわたしはさぞ滑稽な顔をしているだろう。
クスクスと笑うマリアさん。
「でも、彼と一緒にいれば絶対に幸せになれる。そういうことよ」
「そうなんですか。ありがとうございます」
わたしはマリアさんにお礼を言うと、ソファで休む。
「ふふ。この導きも、彼が仕組んだのかもね」
「そんなラスボスみたいな言い方しないで。わたしけっこう本気なんだから」
そうだ。
本気でロビンくんを好きになった。
可愛いけど、芯がしっかりしていて。
でも人の話も良く聞くし、間違えていたらちゃんと指摘してくれる。
そんな優しい彼だからこそ、わたしも気を許せたのだと思う。
彼はわたしの罪を許してくれる。
だから甘えてしまう。
本当にそんなわたしでいいのかな?
「はぁぁん! アイリーン様、可愛いよぉ!!」
「今の声、ロビン君よね?」
焦りの色を見せるマリアさん。
「ああ。もう。あのドルオタ! ガチ恋勢!!」
わたしは額から冷えたタオルをとって、お店の表に出る。
そこにいたアイドル・アイリーンを見つけて、タオルをぶん投げる。
「何しにきたのよ!? アイリーン!」
「あら。あなたがたが面白いことを企んでいると聞いたのだけど?」
嬉しそうに目を細めるアイリーン。
「それにしても小規模ながら、珍獣を飼っていて、それでいて満足度も高い。なるほどね。このアイリーン様のライバルにふさわしいわ」
「……満足度なんて分かるわけないよね?」
「ふふ。自分だけが特別と思わないことね」
アイリーンの瞳が虹色に輝く。
それは《ビーストテイマー》としての力。
「さすがにLv100ではないけどね。このアイリーン様も動物の声くらい聞けるんだから――」
「……ふーん。その力でわたしのことを失脚させるつもり?」
「まさか! このアイリーンと友達になりましょう?」
「それはできない。わたしはこの力を好きになれない」
「あら。残念♡」
どういうつもりで言っているのか。
しかし、わたしと同じような経験をしている。
そんなの受け入れられる訳ないじゃない。
まるでわたしの輝かしい部分だけを見せつけてくる――そう思えるのだから。
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