第10話 だいまおーと大魔王

《さ。だいまおーくん、新しいご主人さまだよ》

《ん。懐かしい匂い……》

 懐かしいとはどういうことだろう。

 分からないけど、わたしは自称魔王の青年にだいまおーを託す。

「くくく。ようやく会えたぞ、我が半身」

 なんだか痛い子らしいけど、これからの説明を始める。

 ペットとの接し方や食事などなど。お気に入りの玩具の話もした。

 あとは彼ら次第。

 本当に家族として、ペットを迎え入れることができるのかは飼い主とペットによる。

 けど、大丈夫かな。

 わたしの勘がそうささやいている。

 人見知りのだいまおーくんが懐いているように思えるし。

 まあ、わたしの言うことではないかな。

 だいまおーくんの説明を一通り伝えると、自称魔王は機嫌良く帰っていく。

 ふーっとため息を吐く。

 仕事に一区切りつくと、わたしはバックヤードで休むことにした。

 ロビンくんが慌てた様子でバックヤードに来る。

「た、大変です!」

「え。なに?」

 わたしは続きを促す。

「だいまおーくんのタオルとオモチャ、渡し忘れています!」

「あ……」


 ☆


 わたしはだいまおーくんのお気に入りであるタオルとオモチャを持って、自称魔王のいる屋敷へと向かうことになった。

 場所はここから三日。

 幌馬車で向かうと、大きな豪邸が見えてくる。

 暗く、コウモリがまとわりついている、そんな豪邸。

 火の明かりが、どことなく情緒を不安定にさせてくる。

 威圧感のある豪邸だ。

 幌馬車を降りて、ドアをノックすると、自称魔王の青年が現れる。

「なんだ?」

「失礼します。ペットショップ《フロンティア》のアリスです。だいまおーくんの忘れ物を届けにきました」

「……」

 怖い顔をして黙る自称魔王。深く刻まれた眉間のしわ。

 それが緩むまで少しかかった。

「入れ」

 淡々とした物言いだが、許されたらしい。

「お邪魔しまーす」

 ゆっくりと豪邸に入っていくと、自称魔王に言われて客間に通される。

 燭台、ふかふかの綿100%ソファ、長机。

 おっかなびっくりでソファに座ると、しばらく待つ。

「連れてきた。だいまおーだ」

《アリスだよ!》

 パタパタと飛んでくるだいまおーくん。

「だいまおーくん!」

 わたしが抱き留めると、嬉しそうに鳴くだいまおーくん。

 四日しか経っていないのに、久々な気がする。

「これ、オモチャとタオル」

 そう言って渡すと、嬉しそうに顔をうずめるだいまおーくん。

《いいにおい~♪》

 そう言ってタオルをはむはむしているだいまおーくん。

 だいぶ可愛い。

「粗茶しかないが、いいか?」

 自称魔王がそっとコップを置く。

「いえ。お構いなく」

 そう言ったのだが、魔王は菓子まで用意する。

「俺様の好意を汚すな」

「……そういう、ことなら……」

 お言葉に甘えよう。

 わたしはそう思い、菓子を口にする。

 うーん。少し砂糖が少ないような……。だまもあるし。

 でも人様の家。そんなこと言えない。

 砂糖、高くなったからね。

 魔王が今まであった金利バランスを崩したらしい。

 今は魔王の手によって世界がおかしくなっている。

 勇者が倒されて数ヶ月。

 世界は刻一刻と変わりつつある。

「ところで、忘れものはそれかな?」

 自称魔王がそう言ってだいまおーくんのタオルを見やる。

《これ、好き!》

「なんだか、我が半身も喜んでいるようだ」

 ワントーン上がったような声音で話す自称魔王。

「しかし、懐かれているな。お主」

「ええ。まあ……」

 まさか《ビーストテイマー》とは知らせる訳にはいかない。そんなことをしたら世界のバランスが崩れる。

 知られる訳にはいかない。

「だいまおーが、これだけ気に入るのには何か裏があるのか?」

「いや、ペットショップ店員の勘ですよ」

 紅茶を口に運びながら笑みを浮かべる。

「そうか。ペットショップはそんなこともできるのか」

 はははと乾いた笑いで誤魔化すわたし。

「紅茶、ごちそうさまでした。そろそろおいとまします」

「まあ、待て。そう慌てるな。アリス=ロードスター」

 ビクッと身体が震える。

「どこで、わたしの名前を?」

「聞いたさ。だいまおーからな」

《おれの声、聞こえるらしいぜ?》

 だいまおーくんがわたしの肩に乗り、声を上げる。

《だから言ったのさ。おれのお気に入り店員を!》

「そういうことだ。ロードスター。キミだけが特別なわけじゃない」

 ニヤリと笑みを浮かべる自称魔王。

 いや……

「俺はサタン。サタン=マケドニヤ! 魔王だ」

 魔王だ。

 この風格、威圧感。もしかして本物!?

「わ、わたし、失礼します。お届けものも持ってきましたし」

「そういうな。ビーストテイマー」

「どうして、それを……!」

「く、ははは。正直すぎるのは良くないな。ロードスター」

 魔王はわたしをじりじりと奥に追いやる。

 手には魔球が生み出される。

 あの黒々とした闇の魔球は木材すら貫通するだろう。

 ごくりと生唾を飲み下し、乾いた喉を誤魔化す。先ほどまで紅茶で潤っていたはずの喉を。

「ま、キミを勧誘するには俺の力を見せる必要があるとは思っていたが」

「……脅す気満々じゃない」

「そう言うな。これも仕事、だろ?」

「いいえ。ペットショップの店員は、ペットとお客様をつないで癒やしを与えるもの。戦争の道具にされたくないの」

 わたしは恐怖で震える。

「くくく。面白いぞ。俺に反論するとは」

 魔王はわたしの顎に手を当ててくいっともちあげる。

「俺とこい」

「……なんで?」

「いい夢を見させてやる」

「いやよ! 離して!」

 無理矢理、手をつかむ魔王。

 催眠魔法をかけられると、わたしは眠りにつく。


 ☆


 業火に燃える大地。

 焼け野原。

 肉の焼ける匂い。

 世界は一変した。

 わたしは《アーク・ドラゴン》を従えて魔王の言いなりに敵を討つ。

 死んでいく人々。

 嘆き悲しむ少女。

 彼ら、彼女らにはない未来。

 ではわたしの未来は?

 何を考えていても、わたしは魔王の言う通りに世界を滅ぼす。

 魔王にたてつく者を。

 全ての反論を殺せば、世界は平和になる。そうなのかもしれない。

 でも、その排他的な考えで何が生まれるのだろう。

 薄ぼんやりとした頭で俺は周りを見渡す。


「よくやった」

 魔王が隣で囁く。

「これは今回の報酬だ。また仕事が欲しくなったら言ってくれ」

「そう……」

 わたしは赤いルビーのような宝石のペンダントを受け取ると、解放される。

 わたしは何をやっていたのだろう。

 まるで悪夢を見ているようだった。

 わたしの力は軍事利用されたのだと、後になって気づく。

 怖かった。

 ただただ怖かった。

 自分の意識の埒外で、破壊を行っていたのだ。

 それが酷く悲しい。

 そして痛ましい。

 わたし、なんでこんな能力を持ってしまったの。

 望んでもいない能力。

 でもこの力はたぶん、こんな使い方じゃない。

 みんなを幸せにする力。

 人を救う力。

 魔王の言う通りにするべきじゃなかった。

 でなければ、こんなにも沢山の人を苦しめる必要はなかったのだ。

 わたしはその日、ベッドに潜り込み、ワンワンと泣いた。

 辛かった。

 悲しかった。

 ひどい夢だと思った。

 ひどく冷たい夢と。

 なんでこんなことに……。

 誰のせい?

 魔王のせい?

 そうだ。彼が悪いんだ。

 わたしは悪くない。

 そんな現実逃避に吐き気がする。

 本当になんでこんなことに……。

 わたしは、ペットショップの店員。

 それだけ。

 それだけで良かったのに。

 涙はまだ止まらない。

 早くおうちに帰りたい。

 その一心で家に着く。

 ペットショップに。

 そこにいるマリア、サラ、ロビンの暖かさに触れてまた涙が流れていく。

 母からは二階の自分の部屋に行くように言われた。


 わたし、殺してしまったよ。人を。

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