第11話 変わったもの
「アリス? アリス」
わたしは掛け布団を被り、涙ぐむ。
サラちゃん声には応えられない。
わたしはそれだけ酷いことをしてしまった。
「どうしたのさ。私にもっといろいろと教えてよ」
バイトのこと。動物のこと。そして――。
「私、いつまでも待っているから」
そう言って去っていくサラちゃん。
「お粥、持ってきたぞ」
ロビンくんが湿っぽい声でローテーブルにお粥を置く。
「食べられる?」
ふるふると首を横に振る。
しばらく経って去っていくロビンくん。
「さあ、次はどこの戦場で働いてもらおうかな?」
魔王がやってきて、わたしをベッドから引きずり下ろす。
「くくく。貴様がいれば世界を変えられる。全ての人間を黙らせることができる」
「わたしは人殺しの道具なんかじゃない!!」
「その力は正しく使うべきだ。こい!」
つかむ手に力がこもり、わたしはベッドから離れていく。
魔王城の外に出ると馬車で運ばれていく。
催眠魔法により、わたしはにじんだような視界で外を見る。
森と川のせせらぎ。
ここはこんなにも穏やかだというのに。
☆
「魔王だ! 撃ち落とせ――!」
そんな怒号の飛び交う戦場で、わたしはアーク・ドラゴンに指示を出す。
アーク・ドラゴンが放つ火球が戦場を焼く。
ヘビがのたまったように火の手が上がり、辺り一面を焼き尽くす。
熱風の中、わたしは次の指示を出す。
反抗勢力の一掃。
それがわたしに与えられた任務だ。
「破壊する。全てを破壊する」
うわごとのように呟くと、どこか引っかかりを覚える。
もう昔のことを振り返る力もない。
地面に潜っていたアース・ドラゴンが牙を突き立てて、逃げ遅れた子どもたちを喰い尽くす。
「さすが、アリス=ロードスター。全てを支配する者」
魔王サタンが嬉しそうに手を叩いて近寄ってくる。
「あり、がとう。ございます……」
戸惑いながらもその賛辞を受け止める。
ずきっと胸が痛む。
「さ、次の戦場だ。奴らに思い知らせないと」
魔王はそう言い馬車に乗り込む。
わたしはその後を追う。
それ以外に選択肢はなかった。
このまま戦場から逃げても、助からない。
自分が死ぬかもしれない。
死にたくない。
また彼らに会いたい。
……彼ら?
誰だろう。
分からない。
戦場のひりつくような緊張に晒されたのか、身体が食べ物を受け付けない。
ここ三日、何も食べていない。
それでも眠るのは、それだけ疲れているという証拠。
魔王が極悪非道というのは聞いていたけど……。
夜中になり、ぐぅううと腹の虫が鳴り、わたしは厨房を訪れる。
つるされた干し肉をナイフで切り取り、口に咥える。
近づく足音を聞き、わたしは慌てて身を隠す。
「三日も食べていないな。あの子大丈夫か?」
「知りませんよ。サタン様が急に連れてきた子です。戦場ではかなりの活躍だとか」
「でも、道具を使うにしても、長く使わなきゃ意味ないだろ」
「サタン様は代わりになるものがあれば、使い潰すつもりでしょ?」
「おれらにはない感覚か。まあ、次の子も長続きすればいいが……」
去っていく二人を見届けると、わたしはすぐに自分の部屋へ戻った。
干し肉を咀嚼し、空腹を満たす。
そしてまた眠りにつく。
次はどこに向かうのだろう。
考えるだけ無駄と知り、重たい瞼を閉じる。
「熱が出ているのです。今日は無理ですよ!」
廊下から聞こえてくる声。
「構わぬ。次などいくらでもいる」
「退いてください。魔王さま」
一人は魔王。そして――。
「お前はペットショップの店員だろ? なぜ邪魔をする」
「退けません。僕には彼女しかいないのですから」
何を言っているのか、分からない。
でも、ロビンくんが必死でわたしを助けようとしてくれていることは分かる。
「ロビン、くん……?」
「そもそも、無理矢理、戦わせるなんて間違っている!」
「……分かった」
魔王が折れた。
コンコンとノックが聞こえる。
そこにはロビンくんがいた。
「アリス。大丈夫?」
布団をかぶっているわたしを気遣うロビンくん。
めちゃめちゃ嬉しいけど、合わせる顔がない。
わたし、人を殺しちゃったんだよ。
その言葉の重み、わかっているでしょ。
うるうると瞳から零れ落ちる涙。
「アリス……」
悲壮な声で言わないで。
わたしはもう何もしたくない。気分が悪い。
「アリス。僕だよ! ロビンだよ。もう帰ろう?」
「無理よ。わたし、魔王に逆らえない」
ようやく言葉になった。
悲痛な気持ちがそのまま、声になった。
「そんなこと分からない。キミもまだペットショップを続けたいと思っているでしょ?」
「……そんなものはもう、ない!」
わたしはもうペットショップには戻れない。
命のやりとりを、その重さを知った。
だからもう帰れない。
もう戻れない。
誰にも死んでほしくないのに、わたしは殺してしまった。
もう誰も、誰にも分からない。
「私の気持ちなんて分からない!」
大声を上げると、言葉に窮するロビンくん。
「そ、っか……。ごめん。また来る」
そう言って立ち去るロビンくん。
「もう。こなくていいよ……」
自分の能力《ビーストテイマー》がこんなに恐ろしいスキルだとは思わなかった。
それもドラゴンクラスの動物を複数テイムできるとも。
世界を変える力がわたしにはある。
もう無自覚ではいられない。
わたしは、世界を変えてしまう力がある。
戦場の匂いと緊迫感に神経がやられているのか、心が弱っているのを感じる。
ドンドン鈍っている。
死を肌で感じ取り、わたしは自分の存在がおかしく思えてくる。
「さあ、次に行くぞ」
魔王サタンが顔を覗かせ、わたしを見やる。
わたしが布団から顔を覗かせる。
目が合った。
催眠魔法を使い、わたしを道具として数十、数百のドラゴンを使役する魔王。
次の戦場は北の大地。
アルヘイムソル。
連れられて、戦わされて、そしてボロ雑巾のように扱われる。
食事もまずいし、お風呂にもあまり入れてはもらえない。
悲しみと寂しさが心を満たしていく。
この理不尽な状況を、その怒りを敵にぶつけるようになったわたし。
もう変わってしまった。
わたしは世界を滅ぼす。
魔王すらも。
そのために生きて、憎しみを覚えて。
わたしはもうわたしじゃなくなっていた。
☆
「お帰りなさい。ロビン」
「マリアさん……」
「で? どうだったの? アリスちゃんは」
「……もう変わってしまったのかな。言葉を聞いてくれなかった」
「いいえ。あの子はそう簡単に変わらないわ。今でも動物が好きで、責任感が強くて、仕事好きな子よ」
マリアさんはひなたぼっこをしながら、そう諭す。
「僕の言葉は聞いてくれませんでした……」
がっくりと項垂れるロビン。
「大丈夫。大丈夫よ」
ロビンを抱きしめるマリア。
優しい言葉も、暖かな温もりも。ロビンを泣かせるには十分だった。
「サラちゃんの言葉も聞かないんです……」
「そうね。あたしじゃ、無理だった……」
悔しそうに唇を噛みしめるサラ。
「マリアさんも一緒に行きません?」
「あー。私でいいのかしら?」
マリアさんは困ったように頬を掻く。
そんな顔を見てロビンは少し考え込む。
「そっか。そうだよ。アリスさんを取り戻すなら、まだ方法があるじゃないか!」
ロビンは何かを思いついたように手を合わせる。
「サラさんも、手伝って」
「え。ええ……!?」
ロビンは露骨にサラを避けていた。
でも今は違う。
同じアリスを想う人として初めて意見が一致した。
そのためならなんでもするロビンとサラ。
アリスを救うためなら、どんな方法だって使う。
ロビンはそう思い、幌馬車の予約をする。
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