第9話 魔王・サタン

 マリアさんに相談して数分後。

 確かにわたしは大人げなかったかもしれない。

 少しはサラちゃんの言葉を聞くべきだったのかもしれない。

「サラちゃん?」

「あら。サラさんならもう帰宅したわよ?」

 お母さんがそう言って洗濯物を干しに二階へ上がって行く。

「……そう、なんだ……」

 戸惑いと不安の入り交じった声で応じる。

 わたしは歩きながらお店の表に出る。

 お客様と対応しているロビンくんの顔が見える。

 誠実で優しい人。

 わたしはそう思う。

 でもだからこそ、サラちゃんとくっついてほしい。

 だって最高のカップルだもの。

 でも胸の奥がずきりと痛むのはなぜ?

 まるで自分が悪いことをしているかのような気持ちに戸惑いを覚える。

 お客さんが増えてきたので、わたしも接客を始める。

 こんな小さなペットショップでもお客さんが来るのはアフアーケアがしっかりしているから。

 それにわたしが直接、動物と話ができるから。

「いらっしゃいませー」

「頭が高い。この下郎げろうが」

 王の冠を被った青年と、ひょろいご老人が一緒だ。

「良い。こやつは店員だ」

「失礼しました」

 ご老人がうやうやしく頭を下げると、青年が前に出る。

「我は魔王・サタンだ。ここにドラゴンがいると聞く」

「ええと」

 たぶん『だいまおー』くんのことだよね。

 あれってちゃんと許可が降りてなかったのかな。

 不安にかられ、そっと店内を見渡す。

「ドラゴンはいると言っておられる。はっきりしろ。小娘」

 ぴくっとこめかみに青筋を立てるわたし。

 ははん。さては客が神様と本気で信じている馬鹿者だな?

「その態度はないでしょう?」

「悪かった。だが、いるのか? いないのか?」

 王冠を被った青年は淡々と尋ねてくる。

「います、ですがドラゴンを飼うならそれそうおうの許可が必要です」

 わたしは一歩も引かぬ思いで告げる。

 ドラゴンは成長すると何倍もの大きさになる。

 今は手乗りサイズのだいまおーくんだが、成長すればこのペットショップをゆうに超えるサイズになる。

 それにそのさいの食事はかなり大食らいになっており、一晩で山一つを狩り尽くすとさえ言われている。

 そんなドラゴンをただの青年が飼えるとは思えない。

 わたしは丁寧にサイズと食料についての説明をし、本当に飼えるのか? と尋ねる。

「不甲斐ない王だが、それくらいは余裕だ。なにせ、我は魔王だからな!」

 マントを翻し、高級そうな馬車から金塊を取り出す。

 本当に金持ちっぽい。

 なら断る理由もないか。

「分かりました。だいまおーくんにも伝えておきます」

「何を言っておる。動物に人の言葉が理解できるものか」

「え、ええ……。まあ」

 表向き《ビーストテイマー》というのは隠している。

 だから曖昧な返事になる。

「動物の気持ちもありますから、三日後にお引取りをします。それまで待っていてください」

「……うむ。理解した」

 そういって王と名乗る青年は馬車に乗り、近くのウエスタン街中央に向かっていく。




「うー。なんだかモヤモヤする……」

 その夜、わたしはなかなか寝付けずにいた。

 問題はサラちゃんのことと、ロビンくんのこと。そこにだいまおーくんの飼手が見つかったこと。

 色々とありすぎて、頭の整理が追いつかない。

 しなくちゃいけないことが多すぎるよ。

 枕を頭をこすりつけるようにしていると徐々に眠気が襲ってきた。

 疲れがあったのかもしれない。

 すっと目を閉じるとわたしは夢の中にいた。



 翌朝になり、わたしはゆっくりと起き上がる。

 ぼーっとした頭で着替えて学校へ行く準備を始める。

 学校がある日は憂鬱ゆううつだ。

 できるだけ人と触れたくない。

 話しかけないでほしい。

 鬱屈した気分で家を出るとそのまま学校のある西を目指す。

 学校につくなり、教室の男子が騒ぎ出す。

「うんこくせー」

「動物くさい!」

「近寄んなよ」

 そんな心無い言葉がわたしの心を削っていく。

「うっさい。バカ男子」

 そこに割り込んでくるのはサラちゃんだった。

「人の苦労も知らずに、言えること?」

 先週までサラちゃんもそっちの立場だった。

 でも今は違う。

「うわ。サラも動物くせー!」

 これではっきりした学校の男子はわたしを好きでいじめているわけじゃない。

 サラちゃんは慰めるためにそう嘘をついたのだ。

 サラちゃんは始めからわたしの味方だったのだ。

 わたしはサラちゃんに抱きつき、本音を伝える。

「わたし、サラちゃんが好き。いつもありがとう!」

 それを見ていた男子が変なものを見るかのような視線を向けてくる。

「ごめん。私、酷いこと言った。なのにアリスちゃんったら、謝ってくるんだもの」

 くすっと笑みを零すサラちゃん。

 やっぱりわたしを思ってくれていたんだね。

 ありがとう。

 心の中でもう一度感謝すると、わたしたちは授業を受け始める。

 退屈な授業を終えて放課後。

「お願い。助けて」

 わたしは自分のうちを吐露するようにサラちゃんに頼み込む。

「どうしたの? こい、……親友の頼みなら聞くのは当たり前よ」

 こい? なんて言おうとしたのだろう。

 でも言い直したってことはきっと触れて欲しくないんだよね?

 恥ずかしそうにうつむいたのも、手臭そうにしているのも親友って言うのがそうさせたんだと思うけど。

明後日あさって、だいまおーくんの取引があるのね。そこでサラちゃんとロビンくんにお願いしたいことがあって」

「ちっ。あいつも一緒かよ」

「さ、サラちゃん……?」

「え。なんっでもなーい♪」

 なんだか怖い顔をしていたから触れないでおこう。

 サラちゃんへの不信感がちょっと湧いてきた今日このごろ。

 なんとか手伝いの約束を取り付ける。


 でもサラちゃんと仲直りできて良かった。

 ちょっと怖い瞬間もあるけど、わたしに向けられたものではないみたいだし。

 もしかしてあれかな?

 ロビンくんが恋愛に鈍感すぎて、サラちゃんの気持ちがうまく伝わらない――だからサラちゃんはイライラしている。

 なるほど。ありえそうだ。

 あの朴念仁ならサラちゃんの気持ちの一つや二つへし折りそうだもの。

 うんうんとうなずいているとサラちゃんが不思議そうに小首をかしげる。

「どうしたの?」

「いや、なんでもない。なんでもない」

 わたしはサラちゃんを引っ張るように誘導する。

 そのままペットショップに帰ると、サラちゃんとロビンくんを交えてだいまおーくんの準備に取り掛かる。

 段ボール箱、食事、水、それに布。お気に入りのぬいぐるみも一緒に用意してお引越しの準備が整う。

《ぼく、どこにもいかない!》

《ごめんなさい。でも、だいまおーくんにとってきっといい経験になるから》

《いやだ。ぼくはこのままここにいるんだ》

 困ったな。このままここから出ていってもらわないと、それこそサイズ的にも食料的にもおいておけなくなる。

「なんって言っているのかしら?」

 何かを感じ取ったマリアさんが不敵な笑みを浮かべて近寄ってくる。

「それが行きたくないそうです」

「なら行かせなくていいじゃない」

「もう代金も頂いております。無理ですよ」

「じゃ、どうするのかしら?」

 ぐっと言葉に詰まる。

「私ならその《ビーストテイマー》を使って無理やりにでも引き渡すけど?」

 ふるふると首を横にふるわたし。

「そんなのだめです。つらくなるだけです」

 心を通わせることもできずに、何が《ビーストテイマー》だ。何がペットショップの店員だ。

 わたしは逃げない。

「お。顔つきが変わったね」

 微笑を浮かべるマリアさん。

「はい。もう一度話してみます」

《アリス。嫌い!》

《嫌いなら出ていったほうがいいんじゃない?》

 わたしは意地の悪い笑みを浮かべる。

《そんなこと言うなんて、最初からぼくを裏切るつもりだったんだ!》

《いいや。わたしはもとからより良い場所へ行ってほしいと思っているよ》

 ペットショップでは禄に散歩もできない。

 優雅な空を心ゆくまで楽しめない。

 糞の世話もたまに。

 あまりよくない環境で飼われているのだから、飼い主が見つかったときは喜ぶもの。

《わたしは知ってほしい。もっと良い世界あがると》

《そんなのないよ》

《ううん。あるよ》

 そんな会話を続けて二時間。

 わたしはようやくだいまおーくんに引っ越しを受け入れてもらえた。

 ホッとしていると、ロビンくんとサラちゃんが喧嘩を始める。

「そうじゃないです。ここはタオルを引いて――」

「何言っているの? それでは食べ物おけないじゃない」

 どうやら引っ越し用のダンボールに何を詰めるかで議論になっているらしい。

 ここは先輩風を吹かせるよ。

 わたしは間にはいると指示を出す。

「これより小さいタオル持ってきて。そして隣にはお気に入りの玩具おもちゃを。あと水と食事はこっち」

 テキパキとこなすと、サラちゃんは羨望の眼差しを向けてくる。

 なんだか心地良い。

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