第24話 旅の終わり

 ロビンくんがサタンを案内している。

 動物たちの特徴、仕草、習性、生態。

 いろんなことをしゃべり、ペットの良さを伝えている。

 ロビンくん。もしかして――。

 思うところがないわけではない。

 でもああ言われた以上、気にしない方がおかしい。

 わたし、鈍感だなぁ~。

 それにしても、ペットがこんなに人気にんきあるなんて。

 周囲を見渡すと気になる領民が足を止めて眺めている。

 わたしは一人の少女に話しかけてみる。

「この子、触ってみる?」

「大丈夫ですか?」

「うん。撫でてあげて」

「じゃ、じゃあ……!」

 はち切れんばかりの笑みを浮かべる少女。

 嬉しそうにマグマドッグの柔らかなお腹を撫でる。

「可愛い!!」

「ぬいぐるみもあるからね。サービスするよ」

 わたしはそう言って片手でマグマドッグのぬいぐるみを差し出す。

「いいの?」

「うん。その代わり、可愛がって上げてね」

「うん!」

 とびっきりの笑顔を見せた少女。

 それを見ていたのか、サタンがこう告げる。

「確かに、笑顔にできるらしいな……」

 肩をすくめて、自嘲する魔王。

「分かった。視察も終わりだ。ペットショップ、いずれ訪れる。覚悟しろ」

 サタンはそれだけ言い残すと王城へと帰っていく。

「塩まいておこ」

 ロビンくんはそう言い、貴重な塩をまく。

「いや、幽霊じゃないんだから……」

 呆れた声で応じると、ロビンくんも苦笑を浮かべる。

「まあ、相手が魔王様といえど、僕の気持ちは変わらないですから」

「んと……」

「好きってこと。言わせないでください」

 ぷいっとを顔を背けるロビンくん。

 それが見ていて、微笑ましい。

 クスッと笑うとロビンくんはため息を吐く。

「なんだか、分かっていなさそうですね」

「いや、わたしも、たぶんロビンくんが好きなんだと思う」

 きっとあの胸の高鳴りも、モヤモヤした正体も、胸を締め付けられる思いも。

 全ては恋だったんだ。

 それが分かった今、ロビンくんの気持ちに応えたい。

 そう思った。

 でもロビンくんに言わせてしまった。

 これまで何度もアプローチしていたのに。

「ごめんね。今まで」

「ホントですよ。苦労したんですから……」

 がっくりと項垂れるロビンくん。

「ま、まあ。これからは気をつけるから!」

「具体的に何をどう、気をつけるのですか?」

「え、ええっと……。厳しいこと言うね」

「それはすいません。でも、ひどいですよ。ずっと好きだったんですから」

「あー。もう。ごめんって!」

 面倒くさい奴だな~。

「ほら。そろそろ片付ける。じゃないと、帰れなくなるよ!」

「はい!」

 気持ちの良い返事をする。

 主にロビンくんが動物を誘導したり、ケージを片付け始める。

 わたしにできること、あまりないなー。

 早く包帯がとれてほしい。

 幌馬車を動かし始めると、領民が声を上げる。

「また来てね――っ!」

「今度、行くぞー!」

「ありがとう!」

 嬉しい声が聞こえてきて、こっちまで気分が良くなる。


 その後、三日かけて自宅へと戻る。

 わたしが家につくとサラちゃんとマリアさん、そしてお母さんが迎え入れてくれる。

「あら。ロビン君は大人の顔になったじゃない」

「それが、その……。わたしロビンと付き合うことにしたから」

「え……」

 言葉を失い青ざめていくサラちゃん。

 その顔を見てハッとする。

 サラちゃんはわたしのことを《好き》って言ってくれた。

 あれがもし友情ではなかったのなら――

 サラちゃんが走り去る。

 その後を必死で追いかけるわたし。

 家の裏手にある井戸の傍で泣きすするサラちゃん。

「ごめん。サラちゃん。でも、わたし!」

「いいの。分かっている。ロビンは男の子。あたしは女の子。そもそも無理な話よね」

「違うの。わたしもサラちゃんは好きだった。でも、わたしはあなたの期待には応えられない。だって、サラちゃんは親友だから。ずっと親友でいたいから」

「……ずいぶん、身勝手な言い分ね。アリスちゃん」

「そうかもね。ずるいかも」

「いいの。あたしも他の子を見つける。もっといい子を。あなたに嫉妬してもらうために!」

「何言っているのよ。あなたはあなたを愛してくれる人を探すべきよ」

「そうかもね」

 泣き腫らした顔が緩んだ。

 良かった。

 でもわたしはサラちゃんまで……。

「ごめんね」

 そう言ってそっと離れていく。

 と、袖を引っ張られる。

 そして振り返ると、すぐそこにはサラちゃんの顔。

 唇と唇が触れあう。

「にひひひ。ファーストキスはもらったの」

 嬉しそうにはにかむサラちゃん。

「あ……」

「あたしのこと、忘れられないようにしてあげるんだから! まだこの恋は終わっていないの」

「……強いね」

 ちょっと揺らいだ自分がいる。

 でもすぐに唇を拭く。

「わたし、ロビンくんがいるから」

「分かっている。でもまだ奪うチャンスはありそうだし?」

「う。わたしは何をしても動かないよ!」

「本当かな~?」

 にしししと笑うサラちゃん。

 もう余計なことをしないうちに離れるんだから。

「じゃあ、後で」

 わたしはそそくさときびすを返し、ロビンくんのもとに駆け寄る。

「何を話していたですか?」

「乙女の秘密。ロビンくんにはまだ早い」

「え。同い年じゃないですか……」

「なら、敬語をやめて。お付き合いするんでしょ?」

「それは……そうですが」

「ほら。さっそく」

「は、はい。うん。分かった」

 笑みを浮かべるロビンくん。

 こんなに可愛いんだ。わたしの彼って。

 どうしよう。ニヤニヤが止まらない。

「それにしても移動ペットショップはいい感じね。また頼むね」

 お母さんがそんなことを言い、動物たちの健康チェックを始める。

「そうだね。人気にんきだったよ」

 わたしはそう返すと、ロビンくんも頷く。

「だってあの魔王サタン様にも認められたくらいですから」

「それが作戦だったわね。じゃあ、うまくいったのね!?」

「うん。今すぐにどうにかなるわけじゃないけど、みんなを幸せにするのがわたしの仕事だから」

「偉いわ。さすがお母さんの子」

 お母さんの手が伸びて、わたしの頭を撫でる。

 ちょっとくすぐったい。

「さて。再来月の大型イベント《ペット交流会》に向けて動くわよ!」

「え。そんなのあったけ?」

 わたしは寝耳に水と言った様子で返す。

「言ってたよ。きっとボヤッとしていたから忘れているんだね」

 クスクスと笑うロビンくん。

「そうね。今度もロビンくんとアリスに任せるからね」

「その頃には骨も治っているかしら?」

 マリアさんがわたしの腕を見やる。

「うん。大丈夫だと思う」

「ならいいのよ。ふふふ」

「まあ、当分はサポートが必要だね。僕が手伝うよ。か、彼氏だし……」

 照れくさそうに頬を染めるロビンくん。

「う、うん。ありがと……」

 こちらまで照れてしまうじゃない。

 まったく。ロビンくんめ。

 もっと上手に誘いなさい。

「それにしても、学校はどうするのかしら?」

「しばらくは休むよ。最悪、仕事があるし、学校を辞めるかも」

 わたしも少しは考えていた。

 同級生を殺した罪は重い。

 誰かに理解してもらえるとも思わない。

 それでもわたしは生きている。

 死んだ人にはできない罪滅ぼしができる。

 意識していないだけで、わたしも、同級生も、周りに影響を与えている。

 それが良い方向のときもあれば、悪いときもある。

 無理に悪い方向へ持っていく必要もない。

 あと高学歴でなくてもペットショップの店員は務まる。

「お母さんごめん。勝手なこと言って」

 一番迷惑をかけるのはお母さんだ。

「いいのよ。あなたが元気でいてくれれば」

 そう言ってまた頭を撫でるお母さん。

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