第25話 訪れるもの
学校に行かなくなって一か月。
なんとか、骨折は回復した。
通常通り、日常生活へと溶け込んでいった。
「いらっしゃいませ~」
わたしはお客様を迎え入れると、笑顔で接客する。
毎日がお世話だけど、みんな色々な表情を見せてくれる。
カランコロン。
「いらっしゃいませ~」
「おお。アリス。元気にしていたか?」
魔王サタンが来客した。
「は、はい。ええ……!」
「しかし、いつ見てもちんちくりんなお店だな。もっと売り場面積を増やしたらどうだ?」
「あー。そんなに資金がないんですよ」
「は。俺がバッグにつけば国立のペットショップになるぞ?」
「そんなの頂けません。お客さんを選ぶことになりますから」
「ふむ。その分、ハードルが高くなるか……」
「でしょう?」
「だが、良き店員にはそれなりの保証をだそう」
「そんな話をしにきたんですか?」
「おおと。そうだ。だいまおーがどうしても食べたいエサがあるらしい」
「分かりました。どんなものですか?」
「骨のガムらしい」
「あー。だいまおーくん、大好きでしたからね」
いくつか商品が並んでいる棚に移動すると、指し示す。
「こちらになります」
そこには骨ガムだけで二十種類はある。
「こ、この中から選ぶのか?」
「はい。その子に合ったものを選びます」
「ふむ……」
シニア用や子ども用、その他にも成獣用。あとは味付けや形状も変わってくる。
「確か、だいまおーくんはこの一般的なガムが好きでしたよ」
「ほう。じゃあ、試しに買ってみるか。他にも何かオモチャはないか?」
「こちらになります」
すぐに隣の棚を指さす。
「ほう。オモチャも充実しているのだな」
噛むと音が鳴るオモチャだったり、引っ張り合いするオモチャだったり、ボールだったり、フリスビーだったりと、色々とある。
しばらく吟味している魔王を後ろから見るという、なんとも不思議な光景であった。
おやつにオモチャ、シャンプーなどなど購入すると、はにかむ魔王。
「ありがとう」
「ありがとうございました!」
「あれが魔王?」
後ろから見ていたサラちゃんが不思議なものでも見るように呟く。
「そうだよね。あの極悪非道な魔王が、今ではとげ抜き地蔵だもの」
「……アリスちゃんって、時々訳分からない言葉使うよね?」
「そう?」
わたしはそう言い残し、品だしを始める。
「こんちは~」
穏やかな笑みを浮かべて来店したのは、
「あ。メルさん、こんにちは!」
元気よく返事をすると、メルは嬉しそうに駆け寄ってくる。
「リーフスターちゃん、元気ですか?」
「そうなのよ。聞いて。まーちゃんたら元気よくて、回し車の音に困っているの」
「あー。そういうお客様、多いですよ」
リーフスターは走るのが大好きでくるくる回る回し車を良く気に入って走る。でも、その音はけっこう大きい。夜行性でもあるため、寝付きの悪い人には向いていないのだ。
そんなお悩みを抱えている皆さんに勧めるのが、静音回し車。
「これなら音も小さくて困りませんよ!」
とんっと机の上に乗せると、メルさんはしげしげと観察を始める。
「へ~。なるほどね……」
「他にも耳栓をしていらっしゃる方々もいますよ」
「でも、ワタシは苦手なのよね。こっちの回し車はどのくらい静かなのかしら?」
メルさんは小首を傾げる。
「じゃあ、実際に聞いてもらいますね」
わたしはあらかじめ箱から開けてあった静音回し車を机の上に乗せる。
そして勢いよく回す。
――――――。
「あら。だいぶ静かね。これはいいわ。頂くわ」
「お買い上げありがとうございます!」
「他にもオモチャとか、おやつとかみたいのだけど、いいかしら?」
「もちろんです!」
店内を歩くメル。
「いいなー。あんなお姉さんになりたいなー」
スタイルもいいし、愛想もいい。となれば、女子にとっての憧れだもの。
「そうかな。僕は今のアリスさんが好きだけど」
「ん。嬉しいことを言うね。このこの」
肘でロビンくんの脇腹をぐりぐりと押しつけるわたし。
ニマニマと笑みを浮かべていると、また来店するお客様が現れる。
「いらっしゃいませ!」
前にアクアキャットを買ってくれた男のお客さん。
確か名前はアスラン。
「何かお探しですか?」
「ネコ用の遊び道具が欲しくてね」
「はい。こちらに取りそろえています」
わたしは受付から移動してネコ用のオモチャ売り場に移動する。
そこに並んだ商品を一つ一つ見ていくアスラン。
「これは獲物に見立てたオモチャですか?」
「そうです。ネコちゃんの本能をくすぐるのです」
猫じゃらしを手に取ってワクワクするアスランさん(推定38歳)。
ちょっと可愛い。
前来たときは家族と一緒で子どもさんがいたはず。
ネコちゃんと一緒に
なんだかいいなー。
ちらっとロビンくんを見る。
にっこりと笑顔で返してくれる。
なんだろう。この胸が温かくなる感じは。
やっぱり恋って不思議。
来店が多い日には十数人も訪れる。
お昼を過ぎた辺りがかき入れ時で、レジや店内も慌ただしくなる。
ベテランであるわたしも色々なことをしてお客さんをさばいていく。
ロビンくんもけっこうなベテランで、けっこうなれている。
問題はサラちゃん。
彼女だけ仕事歴が短いから、オドオドしてしまう。
そんなときサポートする人が必要になってくる。
でもロビンくんはしっかりと教えているから、頼りになる。
こうして見てみると、ロビンくの優しくてしっかりとした性格が表れているなー。
わたし、彼を好きになって良かったかも。
それにしても、
「マリアさん。少しは手伝ってくださいよ」
「今日の仕事分は働いたわ。あとは任せる」
のんびりとした口調で、堂々とサボっているマリアさん。
まあ、いつも通りなんだけど。
なんだかいつもの日常が戻ってきたみたいでホッとしている。
ふと、ガラス張りの壁に目が行く。
普通ならそこにいない人が見えるからだ。
「サタン様、なんでまだここにいるのですか?」
わたしは気になって話しかけてみた。
「噂によると、学校を辞めるらしいな」
「あー。誰に聞いたんですか?」
「あのマリアとかいう小娘だ」
マリアさん、アラサーだけど。それでも小娘と言えるのはサタンだからか。
「で?」
続きを促す。
「失礼ながら介入してもいいか? 俺の嫁に手を出す不届きものは排除しなくては」
「そんなのダメです! それにわたしは嫁に行きません。ロビンくんと結ばれるのです」
「あんなひょろい小僧など、俺の敵ではないわ」
「力の問題ではありません。心の問題です」
「心、ね……」
じんわりと涙を浮かべるサタン。
「え。どうしたんですか!?」
「いや、俺はずっとそれを求めてきた。でも与えてくれる人はいなかった」
それは悲しいこと。
辛いこと。
「でも動物たちはその心を教えてくれるような気がする」
「そうですね。わたしが立ち直れたのも、彼らのお陰です」
「さて。旅立つとしようか」
「はい。いってらっしゃい」
「何かあれば、我が城に来るがいい。背一杯のおもてなしをしてやる」
「問題も解決してくれるんですかね……」
「心のままに受け入れよう」
「ずいぶん、丸くなりましたね」
「心が育ったのだよ」
臭いセリフを残してそっと立ち去るサタン。
「大丈夫だった?」
ロビンくんが不安そうに顔を覗かせていた。
もう心配性なんだから。
「大丈夫だよ。今行く」
わたしはサタンとは反対方向に駆け出す。
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