第26話 失った日

 わたしは唖然としていた。

「なん、で……?」

 悲しみが広がっていく。

 染みついた戦場の匂いがそうさせたのか。それとももっと根本的な嫌悪感からか。

 ペットショップ《フロンティア》の看板は薄汚れ、釘が数本落ちている。

 ガラス張りの壁も、破壊され、ガラス片が四散している。

 店内にもガラス片が散乱しており、商品が荒らされている。

 レジには無理矢理こじ開けた後があり、裏からはごうごうと燃え広がる熱波を感じる。

 わたしが寝ている間にこんなことになった。

 お母さんとマリアさん、それにロビンくん、サラちゃんが消火活動をしている。

 でも一向に収まる気配はない。

「どうして、こんなことに……」

 燃えさかる炎が酸素くうきを求めて勢いを増している。

 わたしは動物を移動させる。

 移動ペットショップをやっていた経験からか、動物たちを外のケージに移すのはできた。

 でも数匹、死なせてしまった。

 ぐったりとした動物たちを見て、絶望する。

「もう、このフロンティアは終わりなのかな……」

「弱気にならないで! さ、運べるものは運ぼう!」

 背中を押してくれたのはロビンくんのそんな言葉だった。

 一生懸命に働いて、身を削る思いで守ってきたお店が、崩れ始めていく。

「みんなが無事で良かったよ」

 お母さんがそう言い、崩れ落ちる店を見やる。

 もう終わりだ。ダメだ。

 頑張れない。

 なんでこんなことに……。

 ただの灰になった我が家を、店を、ペットたちを見つめ続けることしかできない。

 焼けた肉の匂い、鼻をつんざく刺激臭。

「わたしの実家が……」

「アリスさん」

 心配そうに呟くロビンくん。

「あら。まあ、今日の寝泊まりはどうしようか。アリス」

 お母さんが状況に似合わない明るい声を発する。もしかしたらみんなを勇気づけるため、なのかもしれない。

 空気を読むのが得意なお母さんだ。きっとそうに違いない。

「まあ貯金はあるから、今晩はどうにかなりそうね」

「お母さん……」

「それじゃあ、動物たちはどうするの?」

 サラちゃんが不安そうに訊ねてくる。

「僕のうちに来てもらうよ。庭が広いんだ」

「え。でも悪いし」

「このまま見過ごすことはできないよ。僕はアリスの力になりたいんだ」

「……うん。ありがと」

「じゃあ、まずはみんなで動物たちを移動させましょう?」

 幸いにも難を逃れた幌馬車があり、動物たちを乗せることができた。

 ビーストテイマーの力もあり、乗車じたいには問題はなかった。

《しばらく我慢してね》

 そう言い聞かせ、ロビンくんの家に向かう。説明責任のある母はその場に残って。

 サラちゃんとマリアさんは近くの家に帰っていった。

「さあ、ついたよ」

 ロビンくんの家は確かに大きい。

 一般的な家庭の三倍くらい大きい。

 そんな豪邸だから、お庭もかなり広い。

 そこに動物たちを解放する。

 もちろん門は閉めてある。

「ちょっと、うちに寄っていかない?」

「え」

 付き合いたてのカップルが自宅にお邪魔してもいいのかな。

 いきなりはマズいよね?

「あ。や、少し休みません?」

「……うん。いいよ」

 ちょっと無防備かもしれないけど、わたしはうなずいてしまった。

 戸惑いながらも、玄関をくぐり両親に挨拶を済ませ、彼の部屋に行く。

 彼の部屋には本がいっぱい置いてあった。

「すごい本だね」

「うん。本は好きなんだ」

 コクコクとうなずくロビンくん。

「賢いんだ?」

「そうでもないよ」

 からからと笑う彼氏。

「はい。お茶だよ」

 ロビンくんの母がお茶をそっと置いて立ち去る。

「しかし、うちの子が女の子を連れ込むなんてね……! ククク!」

 不適に笑うロビン母。

 それを言い残して今度こそ立ち去っていく。

「強烈な母親だね」

「うん。困りものだよ」

 お茶を頂きながら少しおしゃべりをして、わたしは外に出る。

《大人しくしていてね》

 わたしは動物たちに言い聞かせる。

 そしてお母さんと合流すべく、警察署に向かう。

 警察署に立ち寄ると、お母さんが被害届を出しているところだった。

「お母さん」

「あら。アリス。今夜の宿も決まったわよ」

「そう……」

「また大変だけど、ワタシはいつでもアリスの味方よ」

「うん。ありがとう。お母さん」

 そのあと、近くで食事をして宿屋に泊まる。

「アリスが生きているのが一番の親孝行なのよ。だから一人で抱え込まないで」

 ギュッと抱きしめてくれるお母さん。

 暖かくて優しい手。温もり。


 ☆★☆


 朝起きると見慣れない天井が見える。

 トリのさえずりが聞こえてくる。

 重たくなった身体をゆっくりと起こし、周りを見やる。

 動物たちの声が聞こえない。

 寂しい。

 隣を見やるとまだ寝ているお母さん。

 なんだかマイペースだね。

 頬を掻きながら、わたしは共同井戸に向かう。

 顔を洗って、お母さんを起こしにかかる。

「ほら。起きて。お母さん」

「あと五分~」

 まるで子どもの言い分だ。

「もう、しっかりしてよ」

 ブーブーと文句を言うわたし。

「うぅ。分かったわよ……」

 立ち上がるお母さん。

「さて。再建しなくちゃね!」

「うん。行こ」

 お母さんの明るい声に背を押された気がする。

 まずは近くの大工に建築依頼をする。

「最低でも一週間かかるぞ?」

「分かったわ。あっちの大工に頼むわ」

「わ、分かった。三日だ! 三日で終わらせる!」

「ふふ。ちゃんと売り場面積を考えてね?」

「お、おう……!」

 大工さんには申し訳ない気がした。

 申請書類を持って駆け寄ってくるお母さん。

「ふふ。うまくいったわ!」

 嬉しそうにはにかむお母さん。

「さて。次は調理器具とか、大きな道具ね」

 やることがいっぱいで何か忘れている気がする。


 ☆★☆


「ここがペットショップ《フロンティア》ですか?」

 フロンティアの焼け跡を見つめる二人の男。

 痩せ型のひょろりとした男と、大柄の筋骨隆々な男の二人だ。

「これではペットなんて飼えませんよ?」

「そうだな。これでは環境がマイナス点だ」

「エサは……。というか、これは店として機能していないでしょう?」

「来月への参加は見送りだな。これでは到底再建できまい」

「しかし、誰がこんなことを……」

 痩せ型の男は木片を手にして、すぐさま手放す。

 死んだ動物の顔が見えて嫌悪感を浮かべる。

「ああ。こんなことをする奴はしょっ引かないとな」

 うんうんと頷く大柄な男。

「さ。帰るぞ」

「へい。交流会は見送りですね」

「そうだ。次は《ライブ》だな」

 男たちは馬車を走らせる。

 次はミライ都市。

 世界一のアイドルがやっているペットショップ《ライブ》だ。

 そこにはありとあらゆるペットが集まるという。

 そして、誰もが虜になっていくという。


 二日の道のりをかけて男たちはライブにたどり着く。

「ほう。ペットへのストレスの配慮、エサのやるタイミング、グッドだね」

「そうですね。これなら参加は問題なしですね」

「そうだな。これはいい……!」

 テンションの上がった筋骨隆々な男が前に出る。

 その厳つい顔からは似つかわしい笑みを浮かべる。

 動物たちの声を聞き届け、適材適所になるよう調節する――。

 それが彼らアニマル監査委員会。

 彼らの言葉は絶対であり、無慈悲である。

 各地にあるペットショップからの集金により、プールしたお金で、企画を提案。ペットを広める活動を行っている。

 そしてその企画は毎月のように各地で開かれている。

 実績も大きく、多くの人へ動物たちを提供してきた。

 だが、その影で捨てられる動物も増えているという。

 臭い物に蓋をするように彼らは自分たちの実績の表しか見えていない。

 それでも参加するのはお金のためだろう。

「さ。次のペットショップに行くぞ」

「はい! アルス先輩!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る