第27話 不受理

『大規模ペット交流会 ~ネオ・アニマル~ の開催について』

 そう書かれたチラシと共に、『不受理』の文字が頭をガツンと殴ったような痛みを与える。

「うそ。だって。火事はわたしたちの責任じゃないのに……」

「そうね。でも動物たちを扱う上で、必要なことが守られていない。そう判断されたのよ」

 ペットショップ《フロンティア》が襲撃され、火災で全損した三日後、それは届いた。

 もうロビンくんの家から動物たちを呼び戻しており、最後の子がケージに収められるタイミングで郵便が届いたのだった。

「もう一度、申請しよう? ね?」

 この《ネオ・アニマル》は国内最大規模のペット販売促進会だ。多くのお店が集まり、その数は100件を超える。そして一年間の資金援助があり、ペットの価格も抑えることができる。

 お客様に安価でペットを譲ることのできる、かなり貴重な機会になる。

 そういったこともあり、ペットショップへの審査が入る。

 一日の短期抜き打ちテストののち、長期での満足度を調査する形になる。

 わたしの店・《フロンティア》はその一日目で終えてしまったのだ。

 それも運悪く襲撃された日の翌日だ。

 言い訳をするタイミングもなく、ただ事実だけが突きつけられる。

 こんな理不尽があっていいのか? そう思えるくらいには憤っていた。

「誰だか知らないけど、こんなめちゃくちゃにして!」

 わたしは見えもしない相手に苛立ちを覚える。

「それなんだけど」

 ロビンくんが後ろから話しかけてくる。

「動物たちには聞いた? 彼らなら何か知っているかもよ?」

 そうだった。わたしは《ビーストテイマー》としての能力がある。

 ぐっぷーやシンワッフルといった動物たちが死んでいったのだ。

 そう簡単に許せるわけがない。

「聞いてみる」

 わたしはそう告げると、マグマドッグに話を聞いてみる。

《嬢ちゃんと同じ格好をしていたよ。制服というやつだったかな?》

「え」

《「罪を償え」って、言っていたよ》

 それって。

 わたしが殺したから?

 わたしが同級生を殺したから、その腹いせに。

 ということ?

 わたしのせい?

 あの惨状はわたしがむやみやたらと力を手にしたせいだったんだ。

 そっか。

 なんでこんな力あるんだろうね。

 わたし、欲しくなかったよ。

「アリスさん、大丈夫?」

「うん。だい、じょうぶ……」

「大丈夫じゃないみたいだね。少し休んで」

 ロビンくんはこんなときも優しい。

 その優しさが痛い。

 こんなにも醜いわたしには優しくされる権利なんてない。

「何やっているのよ。アリス」

 冷たい水筒をわたしの頬につける少女。

「サラ、ちゃん……?」

「あんた。また自分のせいだと思っているんでしょ?」

「なんで分かるの。すごいね……」

 わたしはただただ感心するしかなかった。

「分かるわよ。それくらい長い付き合いなんだし」

「そっか」

 ふるふると降った水筒を渡してくる。

「あんたは魔王サタンに操られていた。戦争の責任はすべて魔王にある」

「それは、そうだけど……。でも実行してしまったのよ。わたし」

「そんなの、アリスだけの責任ではないじゃない。何勘違いしているのよ」

 続けるように言うサラちゃん。

「自分がそれほど特別な存在に思える? チート能力を持っているのかもしれないけど、それを使う心が未熟だから、チートにすらならない。なら特別でもなんでもないわよ」

「……」

 納得できていないところも多々あるけど、サラちゃんがわたしを慰めようとして言っているのは伝わってくる。

「でも、」

「ん?」

「特別じゃ、ないか……」

 苦笑して、水筒の水を飲む。

 少しホッとする。

 なんだろう。この胸のつかえがとれたような気持ちは。

「さ。アリスも一緒に動物のお世話と接客するわよ」

「うん」

 弱気になっているけど、それだけじゃ何も解決できない。

 何もできない。

 それじゃあ、本当に亡くなった人の思いが無駄になる。

 死んだ人間は生きている人間に何もできやしないのだから。

 生きている人間は死んだ人間のために何ができるのだろうか。

 店内の掃除を始めて二時間。

 誰もこない。

 新装開店して初日なのに、誰もこないのは問題である。

 というのも最も売り上げの高い日は新装開店のときと、閉店セールのときだけだからだ。

 かき入れ時の日時だし、思い切って広告も頑張った。

 みんなにその声は届いているはず。

 それにも関わらず、誰も訪れないのはおかしい。

「全然、人来ないね……」

 サラちゃんも少し不安そうな顔をしている。

「……ちょっと僕調べてくる」

 そう言って外に飛び出すロビンくん。

「え。調べるってなに!?」

 わたしは引き留めようとしたけど、サラちゃんに捕まる。

「彼に任せよう?」

「うん。分かった」

 わたしはその場にとどまり、ロビンくんの帰りを待つことにした。

 でも何を思って行ったのだろう。

 むむむ。気になる。

「お昼にするわよ」

 お母さんの声に返事を返して、バックヤードに行くわたし。

 接客もあるからサラちゃんとは別々に食べることになる。

 ちなみにマリアさんもいるけど、いつの間にか食べ終えていた。

 昼食を食べ終えてしばらくすると、痩せ細った老人が一人来客する。

「ほう。今日が新装開店なのじゃな?」

「そうです。自慢のお店です!」

「ふむふむ」

 老人は動物を見て回る。

 マグマドッグを見てじーっと見つめるご老人。

「ちょっと触ってみますか?」

「いいのかい?」

「はい! 別に買う必要はありませんよ!」

「それなら」

 わたしは裏手に回り、マグマドッグを手にして小さなケージにいれてやる。

 そうするとご老人はそっと手をやり、優しい手つきで撫でる。

 こういった動物になれているのか、手つきといい態度といい優しく感じた。

「亡き妻を思い出すのう。あいつは動物が好きじゃった」

「そうなんですね」

 悲しそうにしゃべる老人。

「ペットは生活に潤いを与えますよ?」

「それは分かっておる。じゃが、わしが死んだら、この子はどうする?」

「そうですね。買わないのも一つの方法です。面倒を見てくれそうな人を探している人もいます」

 それは決して可笑しい話ではない。

 自分が生きている間に見送ることができるかは完全に運だ。だから、それを心配する人も多い。

「まあ、わしはまたの機会にくるよ」

「ええ。またいらしてください」

 寂しそうに帰るご老人を見届ける。

「なんで無理にでも買わせないのよ」

 初心者であるサラちゃんは強めに言う。

「いいの。こうしないと捨て子が多くなっちゃうでしょ?」

「そっか」

「うん。みんなを幸せにするのがペットショップの意義なんだから」

「格好いいね」

 午後になり、ちらほらと客がくるようになってきた。

 お客さまが来て動物たちを眺めることが多い。

 大抵のお客さんは何も買わずに出ていくけど、それでいいの。

 必要ないのを買う訳がないのだし。

 でもたまに買う人もいてくれる。

「いらっしゃいませ~!」

「ありがとうございました!」

「またのご来店をお待ちしています!」

 そんな挨拶を言ってお客様を見届ける。

 しばらくして、ロビンくんが血相を変えて帰ってきた。

「アリスさん。大変だよ!」

「どうしたの?」

「まずはお水でも飲みなさい。泥棒ネコ」

 サラちゃんがさらりと辛辣なものいいをする。

 そして水筒を渡してあげる。

 なんだかんだいって優しいよねサラちゃん。

「お店を潰そうとしている人がいるんだ」

 水を飲み終えて、落ち着いたロビンくんはとんでもないことを言い出した。

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