第2話 Lv100のチート

 極悪非道な魔王が孤児院を攻撃して、十名ほどの死者と重軽傷者を出したニュースから一夜。

 わたしは学校の青と白を基調とした制服に身を包み、通学路を歩く。

 友人であるサラが駆け寄ってくる。

「おはよー」

 のんびり口調の彼女はにこやかに手を振る。

 どこかマイペースで落ち着いた様子で、よく笑う子だ。

 オレンジ色のツインテールをなびかせて、抱きついてくる。

「ん。わたし臭うから近づかないで」

 わたしはついそんな棘のある言い方をしてしまう。

 だが、サラは気にした様子もなく、匂いを嗅いでくる。

「そんなことないよ。甘いミルクみたいなにおい」

 匂いフェチのサラには何を言っても無駄なのかもしれない。

 そう思ったわたしは好きにさせて、学校へ向かう。

 学校に着くと、ホーゲストと、シオンがわたしを見て鼻を摘む。

「動物園の匂いがする」

「臭いんだよ!」

 二人はそんな言葉を浴びせてくるが、わたしは構わず、サラと一緒に自分の席に向かう。

「くさーい。男子の言うとおりね」

「動物園に住んでいるのでしょ? 仕方ないじゃない」

「糞の匂いだろ?」

 口々に言われる誹謗中傷。

 間違ってはいないのだろう。

 いや、だからこそ、傷つくのだ。

 わたしの家は前からペットショップだった。

 それを快く思わないものも少なくない。

 だって、命のやり取りをお金で買っているのだから。

 そんなのは神への反逆かもしれない。

 でも、わたしは、動物たちの可能性を知ってほしい。もっと身近であってほしい。

 癒やしをお客様に届けることでみんなを明るくしたい。世界を明るくしたい。

 それができれば、みんな幸せになれる。そう信じている。

 だからこそ、母の目指す理想郷に憧れたのだ。

 信じているのだ。

 父の応援もあり、わたしはこのままでいいのだと思う。

 動物が好きで何が悪い。

 ふんぞり返るような態度で席に着くと、さっそく授業の準備に取り掛かる。

 背中にべちょっとぬめりのある液体が触れて、気持ち悪く感じる。

 よくよく見てみると、人工スライムがへばりついている。

「アリスの好きなスライムだぜ。良かったな!」

 ホーゲストが嬉しそうな声を上げて、ケラケラと嘲笑を浮かべている。

 お気に入りの制服なのに。

 これ一着しかもっていないのに!

 なんでこんなことをするの!?

 わたしはスライムを手に取り、ホーゲストに向かう。

「あんたが!!」

 怒りのあまり、ビーストテイマーの能力を発動させる。

 先ほどまで嘲笑っていたホーゲストが急に物静かになり、わたしにお辞儀をする。

 ――しまった。

 そう思って、わたしはすぐに《サーバント》を解除する。

「お、お前。おれに何を、した……?」

 恐る恐ると言った様子のホーゲスト。

「……次からは言葉に気をつけない? ホーゲスト」

「ぅうわぁああっぁあぁっぁぁあ」

 乾いた叫び声を上げて教室から出ていく。

「すごい。あのいじめっ子をやっつけるなんて!」

 サラは嬉しそうに駆け寄ってくる。

 ふと周囲に目をやると、ほとんどの同級生が視線を外す。

 畏怖――いや純粋な恐怖の眼差しだ。

 わたしの能力を知っているものもいる。そういった能力を持つ人もいるとわかっている。

 だから、わたしの能力《ビーストテイマー》は知られていてもおかしくない。

 そしてそのレベルが100を超えていることも知られている。

 本来レベルは99までなのだが、その上限すらも超えている未知の領域だ。

 今まで中学で一緒だった連中は詳しいから何も言わずとも逆らうことはしない。

 だって、それで痛い目を見るのが誰かわかっているから。

 わたしの《ビーストテイマー》は動物の精神体に直接作用する。一歩間違えれば、その精神体を傷つけ、破壊、混沌をもたらすこともできる。

 しかもレベルが高いせいか、たいていの動物なら支配できる。

 支配された動物はわたしの思い一つでなんだってする。

 それがわたしの能力。

 魔王・勇者すらも支配できる《ビーストテイマー》。

 力を持つものは責任をおう。

 でも、わたしはそんなことはしない。

 しがないペットショップで、せいぜい動物たちの

声を聞く程度におさめている。それでいい。

 それがいい。

 動物には不思議な力がある。

 すべての動物は人を癒やす。そして力を与えてくれる。

 それがいずれ人間の欠かせない力に変わる。

 命が持つ力。

 それは魂力とか、心力とか言われる。

 そんな非抽象的な話があるのか? と。

 スピリチュアルすぎると言われるが、あってもおかしくない、とわたしは思う。

 そんな曖昧で不確かなものを信じるのはめったにいない。

 でも神も、仏も。宗教というのは、人間というのは、そういった抽象的なものを信じたがる。

 いや、だからこそ、心と心を通わせることができる。

 わたしは、そう信じているから。

 それでいいの。

 退屈な授業を終えて昼休みになると、わたしとサラは中庭のベンチに腰をかけて、弁当を広げる。

「わぁ。アリスちゃんのはまた動物弁当だ!」

 今日は生キリンの絵柄になっている。黄色はきざんだたくあん、茶色はおかかでできている。

「我ながらいい感じでできたと思う」

 照れるように言うと、サラも弁当を開ける。

「アリスちゃんは毎日、自分で作ってえらいねー」

 どこか老婆じみた言葉に苦笑を浮かべるわたし。

 そんなサラの弁当はキャラ弁だ。

 キャラクター弁当。

 アニメや漫画などのキャラを弁当で再現する形になっている。

「それはなんのアニメ?」

 わたしが尋ねると、容赦なくそのキャラの顔面をいただくサラ。

「ん。ギガントのパルパルパー」

 き、聞いたことない。

「昔の作品で星を真っ二つにするほどのロボットアニメ。楽しいよ♪」

「へぇ〜。今度調べてみるね」

 オタクな彼女は人から忌み嫌われることが多いが、それでもわたしと一緒にいてくれる大切な友人だ。

「でも。アリスちゃんはモテていいなー」

「え。何を言っているの? サラ……」

 その考えが分からずにわたしは生キリンの首を落としてしまう。しゅわしゅわなところ。

「だって、男子って好きな子をいじめたくなるんでしょ? いいなー」

「はぁあ!? 何言っているの!? 本気で言っているの??」

「え。違うのかな?」

 曖昧な笑みを浮かべるサラ。

「違うに決まっているでしょ!!」

 近くにいた男子たちが一斉に顔を背ける。

 中庭と言えど、人は見ている。話を聞いている。

 まるで男子たちの視線がこちらを向いていたかのようだ。

 え。本当なの。

 その顔ぶれの中にロビンもいた。

 彼も、なの……?

 言いようのない恥じらいにわたしの心はかき乱される。

 なによ。

 そんなのっておかしいよ。

 わたし、男子を意識したことなんてないのに。

「アリスちゃん、可愛いから」

 悲しげに顔を歪ませる親友。

「そんなことないよ。サラのほうがうんと可愛いし、匂わないし……」

 言っていて悲しくなってくる。

 自分にはこんなに魅力がないんだって。

 そう思い知らされた。

「お胸だって、サラの方が大きいし、頭いいし……」

 そうよ。

 サラの方がなんだってできるもの。

 わたしなんて、大したことないじゃない。

「サラは運動だってできるじゃない」

「さすがアリスちゃん。人を褒めるのが上手ね。でもわかっているかな。人は少しくらい抜けていた方がいいんだって」

 力なくふるふると首を横にふる。

「そ、そんなことよりも食べよ! ね?」

「ん……」

 短く応えるサラ。

 生キリンは徐々に姿を消していく。

 美味しいごはんだった。

 そのあと悶々とした気分で授業を受けることとなった。

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