極悪非道な魔王が統べる世界で、世界最強のチートを持つ私はゆるふわなスローライフを満喫します!
夕日ゆうや
第1話 始まり!
魔王。
それは人々を蹂躙し、世界を破滅へと導こうとする存在。
混沌と破壊の使者。
すべての植物を枯らし、あらゆる生物を一掃するもの。
魔の王。
破壊者。
サタン。
呼び名はいくつもあるが、彼の本質は暴力だ。
世界はそんな悪を許さない。
勇者と呼ばれる、英雄王が世界に秩序と平穏をもたらす。
そんな争いとは程遠い世界で、わたしアリス=ロードスターは今日も生きる。
「こら。暴れないの! きゃ。そんなところ舐めないで!」
ざらついた舌であんなところやこんなところを舐めてくる。
そんな彼を好ましく思う自分がいる。
わたしがアクアキャットをケージに戻すと、餌の準備を始める。
そう。わたしはペットショップの店員なのだ。
従業員は何人かいるがわたしが一番の働き者だ。
「ちょっと、マリアさん。ちゃんとうんちのお世話して!」
わたしはマリアさんに呼びかける。
白銀の長い髪をなびかせて、赤い双眸を向けてくる。
覇気の感じられない雰囲気に整った顔立ちが見てとれる。
「えー。いいじゃん、別に」
マリアは気にした様子もなく、お見合い写真を見やる。
「いい人、いないかなー」
「もうちゃんとやってくださいよ。マリア先輩」
そのマリアを嗜めるのはロビンだ。
整った目鼻立ちに、赤毛の短髪、金色の瞳で、誰がどう見てもイケメンである。
が――。
「じゃあ、私と付き合ってくれる? ロビン」
「い、いえ。ボクは彼女一筋なので!」
そう言って指を指す。
その先には、わたし――の抱えたエビマキトカゲ(♀)だ。
「さすがロビンくん。わたしと一緒にアニマルマスターにならない!?」
「え! ええっと……!」
顔を赤らめて、うつむくロビン。
怒らせてしまったかも。
そう思ったわたしは、乾いた笑みを浮かべる。
「たははは。無理させちゃったね。ごめん」
そう言って謝るとロビンは悲しげに微笑むのだった。
「うんちのお世話、ボクがしておきます」
そう言って足早に立ち去るロビン。
「純愛だね〜」
茶化すように言うマリア。
「もう。ほんとはマリアさんがすることだからね!」
年上の彼女だが、バイト歴はわたしの方が長い。自然と砕けた言葉遣いになっていた。
まあ、サボる姿を見てからかもしれないが。
ロビンは奥の方で四苦八苦しながらお世話をしている。
ふとガラスに映るわたしが見える。
バイトの制服である、白とピンクを基調としたフリルのついたワンピース。仕事では汚れることもするので、
金髪の髪を腰まで伸ばして、少し三つ編みにしている。
これでも女の子だもの。おしゃれはするの。
ふるふると首を振り、今はお仕事をしなくちゃ。
看板にかかった『ペットショップ・フロンティア』の文字が目に飛び込む。
マリアを置き去りにし、わたしはロビンと一緒に動物たちの世話を始める。
動物たちの世話は前世から好きでよくやっていた。
このフロンティアには様々な珍しい動物がやってくることも多い。
店長がどんな仕入れ術を使っているのか、知らないけど、かなりの数と種類を受け入れている。
でも珍しいだけで、お客さんは少ない。
そのため、売れ残り、ここで一生を終える子も少なくない。
今では、お店の番犬になっているヘルハウンドが店先にいる。そんな彼もここで売れ残った動物である。
《最近、調子はどう?》
わたしは神から授かった加護・ビーストテイマーでヘルハウンドに語りかける。
《うむ。悪くない》
《そう良かった》
この〝ビーストテイマー〟はあらゆる動物を支配し、コミュニケーションをとり、そして敵を攻撃することのできる貴重な加護らしい。
でもわたしはそれをペットショップで使っている。
娯楽が、アニマルセラピーが世界を救うと信じて、今日も豆に働くのだった。
「今日はサボサボテンのお風呂の日ね」
「あー。そうですね。痛いんですけどね」
サボサボテンは全身に針を持った緑色の四足動物で、ヘルハウンドとかに近しい形をしている。
まあ、それも収斂進化の結果なのだけど。
全身に針があり、それで敵から身を守っている。
緑色の皮膚は葉緑体があり、光合成を行えるそうだ。そのため、日中は日向ぼっこをし、草を
そんな姿からサボっているサボテン――サボサボテンと呼ばれることが多い。
実際にはサボテンとは似ても似つかない存在である。
その身体を洗うにはまず、その針を一本一本切らなくちゃいけない。
その手間隙をかけることから、普通のペットショップでは販売していないのだ。
ちなみにペットショップと言えば、ペットが大好きな人が多いと思われがちだが、ペットは販売商品とみなせる人しか店員になれない。
その割り切った性格でなければ対応できないのだ。
でもロビンくんは……。
「こら。やめろって。くすぐったいな」
そう言いながら、エビマキトカゲの身体をブラッシングしていた。
「こっち、終わりました。次サボサボテンですよね?」
ロビンくんはこちらに笑みを浮かべて近寄ってくる。
「手伝います」
「ありがと♪」
素直で優しいロビンくんにおんぶで抱っこなわたし。
針一本一本を鋼鉄のハサミで切り落としていく。
実は針の強度が極端に硬いのだ。それが元気な証拠でもあるの。
弱った個体だと、針がふにゃふにゃになったり抜け落ちたりするの。
だから、元気であることに変わりなく、それは喜ばしいことなのだけど。
ケースにしまう針。
数百本もある針を切るだけで、半日が過ぎてしまった。
この針は一週間もすれば生え変わる。
でも、こんな小難しい子、誰が飼ってくれるのだろう。
店長の気まぐれにも嫌気が差してきたわたしだ。
ペットショップなら他に、いくらでもある。
そっちに移るかな?
悩ましげに頭を抱えていると、ロビンくんがそっと肩を叩いてきた。
「ひと休みしません?」
「ん。そうね」
わたしは日時計を見て、答える。
もう夕暮れ時だ。
茜色の空が世界をきれいに彩っている。
「明日、学校かー」
「そうですね。でも放課後もここに来るのでしょう?」
「うん。そのつもり」
「ホント、一途ですね」
ロビンは少し羨ましそうにつぶやく。
「あら〜? お姉さん、ロビンも一途だと思うんだけどな〜」
「ちょっと、何を言っているんですか!?」
憤怒の表情を見せるロビンくん。
「ま、確かに」
わたしがうなずいて見せると、ロビンくんとマリアさんがポカンとした顔でこちらを見やる。
「だって。ロビンくんも、わたしと同じくらい動物が好きなんだもの」
ペットショップは動物が好きだから働けるわけじゃない。
でもそれでもペットにこだわるのはその人の心を体現しているのかもしれない。
「ははは。やっぱりアリスちゃんだ」
マリアさんからよく分からない評価を頂いたところで、今日もペットショップを閉めることにした。
家に帰ると、部屋にいたセキスイインコが迎えてくれる。
《今日はどうだった? シアン》
《どうもこうもねーよ。餌、でなくなってぞ!》
よく見ると自動餌やり機が変な動きをしている。
《あー。ごめん。すぐ直す》
袋から餌を取り出し、器に移す。
それをシアンにあげてから、自動餌やり機を分解してみる。
餌が変なところに入って詰まっていたみたいだ。
その餌をとり除けば、直る。
手早く直すと、わたしは自分の分の料理を始める。
今日は親子丼だ。
鼻歌交じりに料理をして作り上げる。
食べる頃には、八時を回っており、ラジオを聞きながら静かに食べるのだった。
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