第19話 滑落

 マグマドッグについていき、廃墟の二階にあがる。

 階段はボロボロで足場が少し崩れて怖かった。

 でもこの先にホーンラビットがいるなら、いかなくちゃいけない。

 それが責任というものだ。

 まだ始まったばかりのサービスだ。ここで問題にして止めたくはない。

「ホーンちゃん。いるの?」

 恐る恐る廃墟を見渡す。

《人がうじゃうじゃいるぜ?》

 マグマドッグが吠える。

《どこに?》

 マグマドッグが咆哮ほうこうし、火球を放つ。

 放たれた火球は柱にぶつかり、焦げ臭い匂いを放つ。

 声を上げる人影。

 出てきたのは四人。

「プッチェルをやったのはお前だよね?」

「リーン。どうしてここに?」

 学校の同級生を見つけて驚くわたし。

「こいつに間違いない。魔王サタンと共謀し、オレの兄をプッチェルを殺したんだ!」

 リーンの他にアイク、ライオット、ハリーがいる。

 魔王サタン。その言葉を聞き、ハッとする。

 操られていた。

 だけど、そんなのは被害者からしてみれば関係ない話なのかもしれない。

 そしてその恨みは未だにくすぶっている。

 教室で机の上に置かれた花を思い出す。

 あのどれかが、わたしのせいなんだ。

 そう自覚すると、悲しい気持ちになった。

 加害者がこんなことを言うなんて虫が良すぎるかもしれないけど、わたしは恨まれることをしたんだ。

「こいつは返してやるよ」

 ホーンラビットをぶん投げるリーン。

 わたしは慌ててその子を受け止めようとする。

 空中でキャッチする。

 尻餅をついて痛みでうめく。

「お前は死ね!」

 リーンの一声で、みんな距離を置く。

 直後、足下の床板が滑落する。恐らくそうなるように仕組んであったのだろう。

「きゃっ!」

「あんたも死にな! って!」

 リーンは不敵な笑みを浮かべて立ち去る。瓦礫と一緒に落ちていくわたし。

 マグマドッグは急いでロビンのもとに駆け出す。

 ロビンとは会話できないが、来てもらう必要がある。

 じゃないとアリスがあまりにも報われない。


 ロビンは一人で四方に散らばったトリたちを待っていた。

 幌馬車に動物たちを乗せることはしたが、未だに帰ってこないアリスを心配していた。

「もう、何をやっているんだよ。アリスさん……」

 不安と焦燥感に煽られ、独りごちる。

 それにこのあと、行きたい場所があるともアリスは言っていた。

 そこがどこなのかは分からないけど、急がないと時間がなくなってしまう。

 それも気がかりだ。

「早くしてくれよ……」

 ホーンラビットはそんなに足の速い動物じゃない。

 そこまで遠くにいるということは誰かが、何かの目的で連れ去った可能性だってある。

 そこにマグマドッグがやってくる。

「え……?」

 アリスさんがいない状況で帰ってくる。

 嫌な予感がする。

 僕は慌ててマグマドッグに駆け寄る。

 言葉は分からないが、マグマドッグはついてきて、と言っているように思えた。

 マグマドッグがビジネス街に向かって走り出す。

 体力のない僕が追いかけるからか、マグマドッグは何度か振り返って様子を確かめているらしい。

 知能がある子がいてくれて助かった。

 僕は慌てて追いかける。


☆★☆


 マリアとアリスの母、サラは食卓を囲んでいた。

「さ。夕食をいただきましょう?」

「はーい」

「ありがとうございます」

 サラは怖ず怖ずとお茶のカップを握る。

 パリンとカップの底が抜け落ちる。

「あちっ!」

「あらあら。大丈夫!?」

「はい。大丈夫です。お義母さん」

 熱々の紅茶がかかった衣服が張り付いてくる。

「さ、脱ぎなさい」

「はい」

 借りてきた猫のように大人しいサラだった。

「でも、アリスのお気に入りのカップが割れるなんて不穏だわ」

 アリスママはそう言い、眉間にしわを寄せる。

 後始末をすると、サラはアリスの衣服に身を包む。

(なんだか、いい匂い……)

 サラはアリスに惚れている。同性であるにもかかわらず恋人になりたがっている。

 だが、この時代。同性を好きになるなんて言ったら気が狂っていると思われる時代だ。

 この気持ちは隠しておきたい。

 サラはいそいそと食事を始める。

 こんなにおいしい食事は久々だった。

 前に一度、ママが作ってくれたのと同じくらい――。

 サラがそう思っていると、微笑ましくて顔を緩めるアリスママ。


☆★☆


「サタン様、今後はどうしますか?」

「あの娘のような駒が欲しい」

「そう言われましても。あの洗脳魔法すら退けてしまうほど強いのですから……」

 従者は困ったように呟く。

「そうだ。あの力は俺にふさわしい」

 クツクツと笑うサタン。

「彼女アリス=スターロードは俺の嫁にふさわしい」

「え。平民ですよ!?」

「分かっている。だから、そのための案を考えているところだ」

 サタンは本気で嫁にと考えるようだ。

 同じ身分でなければ結婚できないという法律がある。

 その壁を乗り越えてこそ、サタンは満足する。

 従者はそんな気がした。

《サタン。おれのメシまだか?》

 だいまおーがパタパタと羽ばたきながら、サタンの頭の上に乗る。

「しかし、その半身、どうして一つになれないのですか?」

 従者がまたも困ったように訊ねる。

「ああ。こいつとわかり合う必要があるらしい。あまりにも個性が強すぎて、精神的な分離ができてしまった。このままではもとの魔王サタンにはなれない……」

 人格形成ができている証拠。

 それをなくすためにはやはり洗脳するしかないだろう……。

 だが、それを不安に思うサタンがいる。

 本当にそれでいいのか? と悩んでいるのだ。

 なんとなく直感として不安が残る。それにアリスの件もある。

 もしかしたら、精神的な強さこそ、暴力的な力をもたらすのかもしれない。

 それが俺の求める答えなのか?

 だとしたら、あの娘・アリスは最強のビーストテイマーということになる。

 精神力が物理干渉できるのなら……。

「ともかく、あいつと同等か、それ以上の者を探す。これは魔族全体に徹底せよ」

 魔を統べるもの。それが魔王の役回り。

 魔物を、魔族の全てを牛耳る力が欲しい。

 それもハリボテではなく、優秀な人材として。

 だったらあの小娘は使える。

 俺の嫁にして最高の子を産ませればいい。

 それで俺の地位は上がる。

 これまでの王の誰よりも強い権力を得られる。

 ならば、やはりあの小娘がいい。

 しかし、あのペットショップで収まるような力ではない。

「バカバカしい。ペットショップなどたたんでしまえ」

「では。こちらから攻撃をしかけますか?」

「ほう。やはりそう考えてしまうか」

「と、言いますと?」

「あー。精神ってどうやって鍛えるんだ?」

 魔王であるサタンが従者の意見を求める。

「と、言われましても……」

 そう。精神を鍛える方法など、未だに見つかっていないのだ。

 だからサタンは躊躇ちゅうちょしてしまう。

 これではまたアリスに負けてしまう。

 彼女を上回る精神力が必要なのだ。

「まあいい。とりあえず東地区の反乱分子は排除する。比翼部隊を投入する」

「は!」

 東地区には大量の鉄鉱石がある。

 その鉄を使えば様々なものが作れる。

 今後の文明開化には必要だろう。

 これまで魔法を使えない蛮族を統べるのに苦労したが、彼らに知能を与えることができるだろう。

 その上で俺はすべての力を抑え込む。

 そのためにもアリスの力が欲しい。

 全てを丸く収める唯一の選択だ。

 人や魔族はいつの世も戦乱の真っ只中にいた。

 それは俺たちが戦いを忘れられない民族だからだ。

 人や魔族は弱い。だから戦うのだ。

 統べることのできる求心力が必要なのだ。

《アリスの生命力、弱まっているよ?》

「なんだと!」

 だいまおーの言葉に驚きを隠せないサタン。

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