第15話 学校

 学校につくと、周りの人が暗い顔をしている。

 机に花が添えられている。

 死人――。

「この前の魔王による粛正で死んだらしいよ」

 そんな声がどこからか聞こえてくる。

 この前って……。もしかしてわたしが戦ったせい?

 気分が悪くなり、トイレに駆け込む。

 朝食を食べた意味、なくなっちゃった。

 わたしはしばらくして席に戻る。

 最初に黙祷をささげ、授業が始まる。

 内容は全然入ってこなかったけど、わたしのことをひそひそと言う人もいる。

 やれ動物臭いだの、幽霊みたいだの。

 まあ、青白い顔をしているし、骨張っているから仕方ないのかな。

 昼休みになり、わたしはサラちゃんと一緒にお昼を囲む。そこにロビンくんがやってくる。

「一緒に食べてもいい?」

 そう照れくさそうに言うロビンくんがちょっと可愛かった。

「いいよ。一緒に食べよ」

 そう言うと、パアっと花が咲いたように喜ぶロビンくん。

「それで、今度はサービスとして動物たちと触れあう機会を作ろうと思っているの」

「なるほど。いいね。でも動物たちにとってはストレスになるから、長時間はできないし、頻度も少ない」

「なら、あのワクワクペットショーに参加しない?」

 ワクワクペットショー。

 それは年に一回王都で行われるペットの祭典。

 様々な動物を集めて、売買が行われるペット教育委員会によって発足された大きなペットショップが集まる展示会みたいなものだ。

 そこでペットを初めて飼う人も多く、まさに祭典である。

 ちなみに参加するにはペットショップとしての評価が高くなくてはいけない。

 アフターサービスもしっかりしているうちなら大丈夫だと思うけど、けっこう厳しい審査がされる。

 春に開催されるため、冬までの評価が反映されると聞く。

 今からでも十分間に合うが、今よりも仕事が増えるのは得策ではないのかもしれない。

「サラちゃんはどう思う?」

「ん。やった方がいいと思う。じゃないと彼ら死んじゃうんでしょ?」

 安楽死させるのは素人同然のサラちゃんでも知っている。

 動物嫌いな彼女でも死ぬのは可哀想だと思っている。

 決して薄情な人ではないのだ。

 でも動物に懐かれると困るからバックヤードばかりにいるけど。

 懐かれるの、嬉しいと思うんだけどな~。

 わたしは昼食を食べ終えると、予定や考えをメモ帳に書き連ねる。

 でも、わたしのしたことにはなんの意味があったのだろう。

 しばらくの間、魔王の手先として働いていた。

 それがこんな結果をもたらすとは思わなかった。

 わたしはこんなにも酷いことをしてきた、と。

 同級生が亡くなったことで、いじめはなくなった。

 自分たちがどんな立場にいるのか、命とは。

 様々な意見があり、みな顔を渋くしている。

 放課後になり、わたしはロビンくんとサラちゃんに連れられて、教室を出る。

 わたしの両脇を支えるようにしてついてくる。

「もう。これじゃ、介護じゃない」

「違うよ。僕もサラさんも、キミの頑張りを無駄にしたくないんだよ」

「そうよ。何があってもアリスちゃんはアリスちゃんだよ」

 二人とも、わたしを心配しているから付き添ってくれるんだ。

「ありがとう……」

 こんなわたしを心配してくれて。

 こんなわたしを支えてくれて。

「ど、どうしたの?」

 サラちゃんが慌てて目を見開く。

 ツーッとたれてくる涙。

「え。どうしたのだろう。ははは。おかしいね」

「おかしくないよ。嬉しいときにも涙は出るもの」

 ロビンはそう言い、ハンカチを差し出してくれる。

「ありがとう」

 静かに呟くと、ハンカチで涙を拭う。

 自分のハンカチがあったけど、ロビンくんには言わないでおこう。

 実家であるペットショップにつくと、わたしたちはさっそく仕事を始める。

 マリアさんが頑張ってお世話をしていたからか、外でタバコを吸いながら、ぼーっとしている。

「さ。おちびチャンの出番だよ」

 マリアさんはそう言うと体勢を変えて眠り始める。

「もう、マリアさんは……」

 誰もいないときにはせっせと働くのに。

 素直じゃないんだから。

 ロビンくんがそそくさとエプロンを羽織り、サラちゃんは魚を捌き始める。

 サラちゃんの料理スキルが前よりも上達しているように思えた。

 わたしがいない間にロビンくんも効率良く店内の掃除をするようになっていた。

 ちょっと寂しかった。

 わたしがいなくても、このペットショップはやっていけるんだもの。

 ぽっかりと空いた穴は埋まらない。

 ずっと心が冷めている。冷たくなっている。

 わたしはこんなにも寒いというのに、動物たちは生き生きと輝いてみえる。

 こんなに心が狭くなっていることに驚き、首をふるふるとふる。

 そうすると少し嫌な気持ちも晴れる。

 でも羨ましいな。動物って。

 何も考えずともがもらえるんだもの。

 自嘲気味に笑うと、わたしはブラッシングを始める。

 アニマルセラピーという医学療法があるらしい。

 でも、わたしの心はささくれのように立っていて、今は理解できない。

 それもいつか分かるようになるのだろうか。

 世話をしているだけで、一日が終わる。

「お先に失礼します」

「お疲れ~」

 ロビンくんに柔らかな笑みを返す。

 少しずつだけど、前の自分が戻ってきている気がする。

「アリスちゃん、じゃあね!」

「うん。じゃあね」

 サラちゃんもそれを感じ取っているのか、あまり強く聞いてこない。

 それはみんな一緒だ。

 みんな気を遣っている。

 それを感じ取っているからこそ、辛いところもある。

 酷く罵ってほしい。この罪悪感を消して欲しい。

 一人で抱えるには重いよ。辛いよ。

 早く話して楽になりたい。

 その結末がどうであれ、わたしは早く楽になりたがっている。


 夕食を食べ終えると、わたしは自分の部屋がある二階に向かっていた。

 足下がふらつく。

 やっぱりまだわたしはおかしいらしい。

 困ったね。

 それにしてもお試しサービスとワクワクペットショーについての書類を作成しないと。

 一人部屋に閉じこもると、書類を作成し始める。

 お試しサービスは契約書を書いてもらう必要がある。その書類の作成と、実際に契約を結ぶ場合の注意点などをまとめる。

 ペットショーに関しては、応募書類を書く必要があるけど、それも書き物が多い。

 辛いけど、頑張らなくちゃ。

 わたしがやんなくちゃ。

 これくらいしかできないし。

 これがわたしの生きる理由なんだ。

 仕事こそがわたしをわたしでいられる時間なんだ。

 学校も始まり、その気持ちが強まっていく。

 わたし、こんなに仕事に浸かっていたんだ……。

 夜中になると、わたしは船をこぎ始める。

「もう、寝よう」

 ベッドに潜りこむと、何も考えずにすぐに寝付けた。


 また怖い夢を見た。

 今度もまた泥人間が現れた。

 そしていつものようにわたしを罵り「人殺し」と言われた。

 また目覚めの悪い朝がやってくる。

 わたしはこんなにも弱い。

 こんなにも頑張っても、罪の意識は消えない。

 それどころか、ドンドンとそんな気分が強くなる。

 もう嫌だ。

 もう頑張りたくない。

 もう終わりにしたい。

 もう何もしたくない。

 動物ってめんどうなだけでちっともいやしてくれない。

 こんな気分でペットショーとか、お試しサービスとか、できるのだろうか。

 不安が一気に押し寄せてくる。

 もう何をやってもわたしの罪悪感は消えないのかもしれない。

 ショックだった。

 自分がこんなに情けない人だなんて。

 つまらない人間だって。

 人が亡くなったのに、笑っていられる。そんな冷たい人間なんだ。

 酷い人間なんだ。

 もう嫌だ。

 いやなんだよ。


 疲れた。

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