第16話 メル

 眠たい瞼をあけ、朝支度を済ませる。

 井戸水でマリアさんと会うと、肩を組まれる。

「あら。悩みでもあるのかしら?」

「え」

「いいからお姉さんに話してみなさい。それとも占いでもする?」

 これはわたしに気を遣ってくれているんだなと思った。

 でも断れない雰囲気だし……。

「そ、それじゃあ、占いでも……」

 躊躇いながらも答える。

「ふふ。いい答えよ」

 マリアさんに連れられて二階の自分の部屋に行く。

 机に広げるタロットカード。

「さ、一枚選んで」

「うん」

 わたしは山札の中から一枚のカードを選び取る。

「悪魔の逆位置ね。これは地獄から解放されてこれから這い上がる意味があるわ」

「そうなんだ」

「これからいいことずくめ、ってこと」

 ははは。占いにまで気を遣われているわたし。かっこ悪いな。

「うん。ごめん。ありがと」

「さあ、何に対してなのか分からないわ~」

 クスクスと笑みを浮かべるマリアさん。

 もうちょっとは隠せばいいのに。

 それもマリアさんのいいところなのかもしれないけど。

「そろそろお店、開けないと」

 わたしはそう言い残し、一階に向かう。

 すでに掃除を始めていたロビンくんに挨拶をする。

 お店のドアを開けてクローズの看板をオープンに変える。

 いつもの日課が始まった。

 魔王サタンのせいで動物が嫌いになったような気もしたけど、今のわたしはやっぱり動物が好きだ。

 動物に囲まれて生きているから、壊れずにすんでいるの。

 アニマルセラピーはやっぱり効果があるみたい。

 動物たちの世話をしていると、なぜか癒やされる。なぜかやる気が起きてくる。

 やっぱり、動物が大好き!

「アリスちゃん。無理していない?」

 サラちゃんがそんな声をかけてくれる。

 そしてサラちゃんが表に立って動物たちの世話を始める。

 まるで夢でも見ているみたい。

「サラちゃん、動物嫌いだったんじゃないの?」

「うーん。嫌いは嫌いだけど、でもお世話するのは大丈夫みたい。これも慣れ? って奴かな」

 たはははと笑みを零すサラちゃん。

 お陰で開店後の仕事はほとんど終わっちゃった。

 暇にしていると、スマートなお姉さんがやってきた。

「いらっしゃいませー」

 そう言って受け入れると、お姉さんは店内にいる動物たちを見て回る。

 マニュアルではこちらに話しかけるまで見守るようにしている。

 それは動物にも色々な種類や性格がいるのを知って欲しいから。

 自分のライフスタイルに合う子を見つけて欲しいという意味が込められている。

「この子、可愛いわね」

 お姉さんが目にとめたのはリーフスター。

 齧歯げっし目の小さな小動物。ネズミの仲間であり、葉っぱに包まって寝ることから、そんな名前がついている。

 寿命は5~10年とけっこう長生きだけど、なかなかに可愛い仕草をする。

「そちらリーフスターという種類になります。食事はひまりのタネや乾燥果実などです。比較的飼いやすいのでオススメですよ」

 まあ、オススメできない子なんていない……いやお母さんは持ってくるか。

「んふふふ。いいわね。気に入った。この子を飼うわ」

 小さいし、お世話も楽だから、すぐに引き渡しができるタイプだ。

「分かりました。ありがとうございます」

 すぐにレジに持っていき、必要なものを取りそろえる。

 そして合計金額の銀貨三枚と交換する。

 お名前はメル=カーターね。

 住所を記載してもらい、最後に引き渡しとなる。

「しかし、おきれいな娘さんね」

「え、あ、はい」

「また近いうちに会いましょう」

 そう言って立ち去るメル。

 呆然としているとロビンくんが駆け寄ってくる。

「身の危険を感じたら、僕に相談してください」

「それはあたしのセリフ!」

 サラちゃんまでもがそう言う。

「いや、女性のお客様だし、心配ないでしょ?」

「だからアリスちゃんは危ないんだって」

「そうそう。今の時代、何が起きるか分からないんですよ」

 まあ、この間サタンにさらわれたばかりで気が立っているのかもしれない。

 だからその気持ちは分かるけど。

「うん。気をつける」

 そう返し、再び仕事に戻るのだった。

 その日の仕事を終えると、夕食どきになる。

「そろそろ移動ペットショップサービスが可能になると思うけど」

「それ、いい案ね。お母さんじゃ、思いつかなかったわ」

「そうなんだけど……」

「あら。なに?」

「移動させる動物は厳選しないと、なんだよね……」

 難しい顔をするお母さん。

 すべての子を持っていく訳にはいかない。

 中には大きすぎたり、小さすぎる子もいる。

 それにたくさんの人に囲まれたときのストレスはかなりのもの。

 人だって話疲れることもある。人混みで疲れる人もいる。

 そんな厳選を行わないといけないのだ。

 まあ、移動できる子の目星はつけているけどね。

「お母さんはどう? 体調悪くない?」

「ん。大丈夫大丈夫。なに心配しているのよ」

 クツクツと笑う母であった。

 食事も歯磨きも終えて、わたしは二階の部屋で書類作成を行っていた。

 コンコンとノックが聞こえた。

「どうぞ」

「あー。すみません。僕です」

「ろ、ロビンくん!?」

 なぜここにいるのさ!

「忘れ物を取りに来たんですけど、灯りがなくて見えないのです」

「あー。分かった。今行く」

 パジャマから着替えて……、髪を下ろして。

 ドアを開けると、そこには困ったように笑みを浮かべているロビンくんがいた。

「一階?」

「はい」

 わたしはランプを持ってきて、二人で一階に降りる。

「どれを忘れたの?」

「……財布」

「おバカさん♪」

「なんだか楽しそうですね」

 ロビンくんが柔和な笑みを零す。

「そう?」

「機嫌良くなって嬉しいです」

 ロビンくんの顔が見られない。

 ちょっと可愛すぎた。

 わたしには爆弾な発言でもあったし。

「もう少し意識してくれるともっと嬉しいですが」

「え!?」

「いや、冗談です!」

 あ。そっか。冗談だよね。ははは。

「もう。思わせぶりな態度は傷つけるぞ」

「ははは。すみません」

 ロビンくんが少し乾いた笑いだったように思えるけど、気のせいよね?

 ふと周りを見渡す。

「どこに忘れたの?」

「たぶん休憩室です」

 そそくさと休憩室に向かう。

 鍵を開けると、中にはロッカーと机と椅子、ソファがある部屋になっている。

 そのソファの端に財布らしきものがある。

「これのこと?」

「はい。良かった……」

「良かったね」

「はい!」

 そのまま引き返すでもなく、名残惜しそうにロビンくんはわたしを見つめてくる。

「あー。そういえばロビンくんはなんで敬語なの?」

「え。それはアリスさんの方が長く務めているからですよ。先輩ですもん」

 もんって可愛いな。

「そ、そっか。でももう敬語じゃなくてもいいよ。同級生なんだし」

 あれ。わたし、何を言っているのだろう?

 前々から気になっていたことだけど、改めて変える必要もないのに。

「そうですよね。そっか。分かった。変える」

 子どものようにはしゃぐロビンくんを見て、こちらまでぽかぽかと暖かくなる。

「まあ、夜も遅いし、気をつけて帰ってね」

「うん。ありがとう」

 ロビンくんは嬉しそうに目を細めて言う。

 なんだろう。

 ロビンくんの横顔が胸をチクチクと刺してくる。

 こんなにロビンくんに思うところなんてなかったと思うのに。

 なんだろう。この気持ち。

 不愉快ではない。けど痛い。そんな不思議な気持ち。

 でも今は書類の作成を急がなくちゃ。

 その気持ちを考えるのはあとあと。

 もう少し頑張るよ。

 自分の部屋に戻ると、書類の一覧を見やる。

 ……まあ、明日でもいいよね?

 寝具の甘い誘惑には勝てなかった。

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