第17話 アニマルセラピー

 学校が始まって五日後の、土日。

 わたしは朝から馬車の積み荷として動物たちをケージに入れていた。

 さっそく今日から移動式ペットショップの許可がおりた。

 初めてのことだらけで、少し戸惑ったけど、なんとかすんだ。

 そして助手としてロビンくんを連れていくことにした。

 留守番組はお母さん、マリアさん、サラちゃん。

「どうしてあたしが留守番なのさ。親友でしょ?」

「でもロビンくんみたいに動物にさわれないでしょ?」

「サラさん。ここは僕に任せてください」

 そんなやりとりがあってか、サラちゃんはぐぬぬと歯ぎしりをしていた。

 ちなみにロビンくんは馬車の扱いが分かっているので、どのみちついてきてもらう予定だった。

「今日は近くの公民館と、遊園地だね。いくよ」

「うん。いこう、アリスさん」

「え。なんで敬語が……」

 脳がバグったのか、サラちゃんは奇声を発する。

「さ。いきな」

 マリアさんがサラちゃんを抱き寄せて、わたしたちの尻を叩くように言う。

「ありがとうございます」

 わたしはそれだけ言い残し、ロビンくんと一緒に馬車をだす。

 鼻歌を歌いながら器用に馬を扱うロビンくん。

 こう見ても、意外とハイスペックなのよね、ロビンくん。

「ん。何かついている?」

 マジマジと顔を見ていたことがバレてわたしはそっと顔を伏せる。

「い、いや」

 けっこうなイケメンだけど、あまり気にしたこともなかった。

 仕事もできるし、頼りになる。

 わたしに対して優しいし……。

 意識――。

 いや、あれは冗談だったもの。気にしたら負けよ。

 そうよ! 戦は惚れた方が負けって聞いたことがあるもの。

 もう変なことを想像させないでよ。

 わたしは仕事をするだけ。

 もう過ちを繰り返さないためにも。

 馬車で二時間のところにある学校にたどり着く。

 ケージをだして、そこに動物たちを解放させる。その時間がかかったけど、これで動物と触れあう機会が増えると思うと、少し心躍る。

 集まってきた学生さんと先生たち。

「このお姉さんたちの言うことを聞くように!」

 そう注意を促す先生たち。

「わー。かわいい」「えー。きもちわるいよー」「こっちはかっこいいぞ!」

 子どもたちはみんなそれぞれの感性で動物たちと触れあう。

 すると、端のほうで冷めた目を向ける子がいた。

 わたしはその子に駆け寄ると、話しかけてみる。

「キミは動物きらい?」

 ふるふると首を横に振る女の子。

「好き」

「好きなのに、どうして?」

「壊れちゃうと思ったら触れない」

 壊れる?

「そんなガラス細工じゃないから大丈夫だよ」

「でも怖い。自分の手で壊すんじゃないか、って……」

 ハッとさせられる。

 わたしも使い方を間違えれば動物たちを殺せてしまう。

 ちょっとしたことで壊れてしまう。

 それが現実というもの。

 だからこそ――大切にしなくちゃいけないのに。

 分かっていてもそれができない。

 壊してしまう。

 あのサタンのように。

 わたしはそんなことも分かっていなかった。

 自分が恵まれているとさえ、思っていた。

 父がいなくても母がいる。ペットが、動物たちがいる。

 だから、わたしは独りぼっちじゃない。

 学校でいじめれていても、独りぼっちじゃない。

 ロビンくんも、サラちゃんもいる。

 だから寂しくなかった。怖くなかった。

 自分の世界の中で生きてきた。

 でもサタンに言われて、世界を知った。

 自分は井の中の蛙だった。

 知った。世界やこの世の摂理を。

 怖いと思った。

 その怖さと、この子の怖さは同じなのかもしれない。

 人間の手によって動物は簡単に殺せてしまえる。壊してしまえる。

「でも、大丈夫だよ。人は力を加減することができるから」

「……けど」

「大丈夫。ほらいこ?」

 優しくできるのも人間なんだと思う。

「ほら、アースカピバラだよ」

「ん。可愛い」

 その女の子は恐る恐る撫でてみる。

 さわり心地が気持ちいいのか、しばらく撫でていた。

 良かった。

 他の子どもたちもロビンくんと一緒に説明したり、動物たちの気持ちを考える時間になった。

「この子は背中を撫でるの、喜びますよ」

「本当!?」

「うん。優しく撫でてあげて」

「はーい!」

 元気いっぱいの子どもたちを見て、気持ちが安らぐ。

 ああ。平和って、幸せってこういうことなんだ。

 じんわりと心の中に広がる熱。

 暖かくて優しい熱。

 これがサタンには欠けていたのね。

 ようやく分かった。

 わたし、一人じゃない。

 みんなと一緒に立ち向かうのもいいんだ。

 今分かった。

 他人がいなければわたしは言葉も発することができない。

 冷めた現実があるからこそ、人の熱で暖めるんだ。

 そうでなくては残酷すぎるから――。

 お互いの価値観を知って、お互いを協調しあえれば、きっと世界は平和になる。

「こら。わたしにしがみつかない!」

 ダークカメレオンを怖がった子がわたしに抱きついてきた。

「この子も驚いているよ。見た目はごついけど、可愛いものだよ」

 わたしはダークカメレオンの背を撫でてあげる。

《くるしゅうない》

《いえいえ》

《子どもたちには怖いらしいな》

《ええ。強面こわもてですからね》

 正しくビーストテイマーの力を使えている。

 もう怖がる必要なんてない。

 そう。わたしはみんなを動物たちと一緒に明るくするんだ。

「この子は朝露をかき集めて、水分補給するんだ。そして身体の葉緑体が光合成を行うんだ」

 ロビンくんが優しく説明している横でサボサボテンが嬉しそうに微笑む。

 ダークカメレオンを子どもに抱きしめてもらうと、その子も嬉しそうに微笑む。

 こんな光景が見たかったんだ。

 わたし、自分のことなーんにも分かっていなかったな。

 ボーイカウが舌で子どもをなめとる。

 子どもたちはそれを見てケラケラと笑ったり、喜んだりしている。

 わたしにも、こんな時期があったなー。

 少し微笑ましい。懐かしい。

 まだ、わたしにこんな感情が残っているんだもの。

 きっとやり直せる。

 学校の同級生も、見知らぬ誰かも。わたしは殺してしまった。

 でも、まだ終わりじゃない。

 彼らへの理不尽な暴力はなくならない。今のままじゃ。

 この世を魔王サタンが統べている以上。

 だから、今度はサタンを排除する。敵だ。

 わたしたちの目の上のこぶであるサタン。

 いずれわたしの力で、目を覚まさせてあげる。

「ごめん。ロビンくん」

「え?」

「このあと、暇なら行き先が一つ増えた」

「なんだ。そんなことですか。いいですよ。一つくらい」

 クスクスと笑みを零すロビンくん。

「だって、アリスさんの感性は間違っていないから」

「そう?」

「きっといいことをしにいくのでしょう?」

「うん。きっと」

「この子どもたちが笑顔でいられるような社会に、世界にしていく――それが僕の夢でもあります」

 か、かっこいい。

 マジマジとロビンくんを見やる。

 こんなにも大人びた少年だっただろうか?

 わたしが魅入られている人は本当にロビンくんなのだろうか?

 なんだろう。この気持ち。

 胸が高鳴る。

 悪い気持ちじゃない。

「ま、そのまえにお仕事は終わらせないと。このあとも一件あるのでしょう?」

「そう、ね……」

 頬が熱くなってわたしは目を逸らす。

 そしてダークカメレオンを他の子にも触らせてあげる。

 可愛い動物たちが子どもたちをいやしていく。

 笑顔にしていく。

 これが分かっただけで、わたしは報われた気がした。

 みんなが笑顔でいられる。

 こんなに幸せなことはないだろう。

 幸せなら、それを広げていけばいい。

 そんな気がする。

 そうでありたい。

 サラちゃんが動物大丈夫になったように。

 ロビンくんが大人になったように。

 わたしが心を変えることができたように。

 動物は人を成長させるんだって。

 そう伝えたい。

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