第14話 泥人間

 お前が殺した。殺した。殺した!

 泥の中から這い上がってくる人型をした何か。

 口が裂け、目はくりぬかれている。

 そんな泥人間がいくつも現れる。

 わたしを殺しに来る。

 そう思いわたしは《ビーストテイマー》の力を使いドラゴンで一掃する。

 が、再び泥から這い上がる人間たち。

「殺してやる。殺してやる」

「復讐してやる!」

 上擦った声が耳にこびりつく。

 泥の手がわたしの頬を触れる。

 冷たくゴツゴツと堅い手。

「ひっ!』

 わたしは目を開けると、そこには見知った天上が視界に入る。

 窓際にチュンチュンと鳴く小鳥の姿が映る。

 陽光が漏れるカーテンの隙間。

 わたしは立ち上がり、汗でぐしょぐしょになったシーツとパジャマを見やる。

 怖い夢だった。

 わたしはカーテンを開けて、シーツを取り替える。

 その後で衣類を着たまま裏手にある井戸に向かう。

 気分が悪い。

 クラクラとした気持ちになる。

 井戸にたどり着くと、衣類を脱ぎ捨てて水浴びをする。

 新しく用意した衣服を着ようと、タオルで汗や水を拭う。

 と、視界の端にロビンくんが映る。

「ちょっと! 見ないで!」

「は、はい! すいません!!」

 エロビンくんが背を向ける。

 わたしは手早く着替える。

「もういいよ」

「す、すみませ――」

 こちらを見てすぐに背を向けるロビンくん。

「え?」

「な、何も見ていませんから!」

 ロビンくんの目線から、わたしの脱ぎたてパンツを見ていたことに気がつき、ハッとする。

「ななな、何も見ていないのよね!?」

「そうであります!!」

「ならよし!!」

 そう言いながらパジャマの内側にパンツを隠し、そそくさと部屋に戻ろうとする。

「お邪魔しました!」

 わたしはそう言い残し、ロビンくんを見ずに髪をなびかせる。

「エロビンくんのえっち……」

 支度が調うと、お母さんの呼びかけで、食卓に向かう。

 わたしは終始ロビンくんとは目を合わせられなかったけど、食事は食べた。

 少し吐き気がしたけど、みんなには見せられない。だってわたし、女の子だもの。

 トイレで戻したけど、わたしはすぐに笑みを浮かべてペットショップの表に出る。

 人を殺したわたしにはそんな資格もないのかもしれない。

 わたしのせいでたくさんの同胞たちが苦しんだ。

 動物たちもたくさん殺した。

 ダメだ。

 負の感情に支配されて、気分が悪くなる。

「ちょっとアリス。顔色悪いよ?」

 サラちゃんが気遣うように駆け寄ってくる。

「大丈夫」

「大丈夫じゃないでしょ?」

「大丈夫だって!」

 声音が強くなる。

「もう、頑張りすぎよ。アリス」

 お母さんもわたしをバックヤードに連れ込む。

 サタンにされたことはみんなには知られていないけど、いずれ話さなくちゃいけない気がする。

「言いたいことある?」

 さすがのお母さん。そういったところに敏感だ。

 ふるふると首を横に振る。

「そう。話したくなったら言ってね」

 お母さんはそう言って表に立つ。

 しばらく休もう。

 わたしはソファに横になり、うっとうしい気分から逃げる。

 でもなかなか頭から離れてはくれない。

 わたし、人を殺したんだ……。

 じわっと涙がこぼれ落ちてくる。

 罪の意識をしても、どう償えばいいのかも分からない。

 死んでわびろと言われてば、そうしてしまいそうでもある。

 じわじわと広がっていく罪の意識。悲しみ。

 グズグズとむせび泣いて枕を濡らす。

 疲れた……。


 しばらくして、ゴトッと音が聞こえてくる。

「あ。すみません。起こしましたか?」

 ロビンくんが椅子にのり、高い位置にある荷物をとっている。

 どうやら動物たちのオモチャをとっているらしい。

「手伝う?」

「いいですよ。僕だって一人前のペットショッパーですから」

「なに、それ?」

「いいでしょう? ペットを売る者、ペットショッパー」

「変なの」

 ――笑えるんだな。

 誰の声か分からない声が聞こえる。

 どん底に落ちたような気分に視界が明滅する。

「まだ、寝ていてください」

 ロビンくんが身体を支えてくれていた。

 どうやら立ちくらみをしたらしい。

「あ、ありがと……」

 ロビンくんって、こんなに頼りになる子だったっけ?

 オモチャは取り終えたのか、段ボールを元の位置に戻すロビンくん。

 その横顔を見ているとホッとするのは何故だろう。

「もう、行きますね?」

 コクコクと頷くわたし。

 代わりに入ってくるフェンリル。

 そっと傍に寄り添い、もふもふの身体を背につける。

 懐かれたイヌのような印象を持つが、これでも狼の仲間。

 危険なこともある。

 聖獣せいじゅうであるフェンリルだ。人以上の知性を持つという。

 その彼がわたしに寄り添っている。

《人間よ、泣け》

《え……。どういう意味?》

《わしには分かる》

 じんわりと視界が滲んでいく。

 静かに泣くと、フェンリルのもふもふに顔をうずめる。

 気持ちを言葉にできない。

 その代わりに涙がでてくる。

 わたしはなんてことをしてしまったのか。

 そればかりが言葉になる。

 こんなんだったら、能力なんていらない。

 そう思える。

 もう誰も死なせたくない。

 奇しくも命の重さを知った。

 前から知っているつもりだった。

 それでもわたしは軽く見ていた節がある。

 ペットたちもいずれ死ぬ。それが重いことだって。

 ようやく分かった気がする。

 目を腫らして、何度も泣くわたし。

 すっかり夜になっていた。

 わたしは腹ぺこな音を鳴らし、立ち上がる。

 フェンリルはそっと起き上がり、支えるように傍につく。

 歩いていくと、食料庫にある干し肉をナイフで切ってかみ砕く。

 いつもお母さんは美味しく調理してくれていたのに。

 鏡を見ると酷い顔をしていた。

 そんな生活が一週間続いた。

 疲弊していた心も、すり切れた気持ちも、少し良くなった。

 時間が解決することもある、みたい。

 今の環境になれていくと、昔のことを忘れるみたい。

 あれだけ罪の意識があったのに、少し忘れてしまった。

 命の重さを知って、なおこのていたらくだ。

 わたしはどうかしているのかもしれない。

 時々、怖い夢を見るけど、内容は覚えていない。

 ただ汗を吸ったパジャマとシーツがあるだけ。

 それだけ。

 行けていなかった学校に、通うために準備をすすめる。

 そろそろ夏休みも終わりだ。

 学校か。

 みんないじめてくるからいやなんだよね……。

 朝ご飯を食べて吐くのはまだ続いているけど、それでもわたしは生きていたい。

 つらいけど、わたしは生きていきたい。

 ごめんなさい。

 みんなを殺したことを謝って生きている。

 謝っても許してはもらえないのだろう。

 それは分かっている。

 辛い。

 苦しい。

 悲しい。

 でも生きていかねばならない。

 なぜ?

 なんでだろう。

 でも命の重さを知ったからこそ、自分の命の重さも知った。

 そして気軽に〝死ぬ〟訳にもいかなくなった。

 本当に悲しいのは、辛いのは殺された側だというのに。

 わたしは本当の地獄を見ていないのに。

 嫌々とはいえ、わたしのやったことは到底許されるものではない。

 生きているのが、辛い。

 鏡を見て、化粧をして。

 学校へ向かう。

 へなへなになった足取りで。

 その傍をサラちゃんとロビンくんが支えてくれる。

 こんなときだけど、二人が早く結ばれればいいのに。

 そう思うけど、なんだか二人は仲良くないように見える。

「あらあら。ロビン君はあっちの女の子を支えてあげたら?」

「そういうサラさんはどっちが支えているのか、わかりませんね」

 なんだか、とげとげしているんだよ。

 それわたしの前では止めて欲しいのだけど。

 余計に辛いし、居心地が悪いし。

「ま、あんたはバカみたいだから教えてあげる」

「あー。言わなくていいです。どうせガセネタですから」

 なんで、こんなに仲悪くなっているのよ!!

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