第5話 切り身

 大太刀小熊おおたちパンダを見送ってから一日。

 マリアが外でひなたぼっこをしている。

 いや、仕事してよ。

 忙しいよ。

「アリスさん。こっちの仕事終わりました。手伝います」

「ありがとう」

 わたしはだいまおーの食事を用意していたけど、魚をさばくのだって大変な仕事だ。

 骨を取り除かないと喉に引っかかるし。

 成獣になるまでは気をつけないといけないし。

「食事の用意が終わったら、アクアキャットの身体を洗うね」

「はい。任せてください!」

「あら。あたしも終わったの。手伝う」

 サラが対抗するように声を上げる。

 ロビンの手にしていた魚を奪い取ると、不慣れな手つきでさばき始める。

「ああ。見ていられない」

 でも教育のためには見届けるのがいいよね。一応三枚にはおろせたけど……。

「その骨もとって」

「うん……」

 ちょっと涙目になっているけど、心を鬼にしなくちゃ。

「難しい?」

「うん。ちょっと、貸して」

 このままじゃ、骨が残っちゃう。

「ざっくりとっちゃって大丈夫だから」

 わたしはそう言い、大きめに骨のある部位を取り除く。

 骨のある身は青いバケツに放り込む。

「もったいなくない?」

「ん。あとでミンチにして他の子の食事になるから大丈夫」

 セイスイインコとかのご飯になるのだ。だから無駄じゃない。

「そうだ。魚のあまりがあるから、サラはそれで練習して」

「う、うん」

「じゃあ、ロビン、ちょっときて」

 わたしは魚の切り身を持って言う。

「はい!」「なんでそうなるのよ!?」

 サラが不服そうに声を荒げる。

「今は教育期間だよ。我が儘言わないで」

 わたしはそう言うと、ロビンを引き連れてだいまおーのもとに向かう。

 ……ロビンがサラに向かってあっかんべーをしていたような気がするけど、気のせいだよね?

 だってあの二人、好き同士なんだし。

 は。この教育期間を彼に任せれば良かったのか!?

 でもこっちに二人だし。わたしが食事を用意すると練習にならないし。

「どうしたんですか? 焦っています?」

「い、いや。やっぱり教育はロビンくんがやってくれた方がいいと思うよ」

「え……」

「え?」

 何、その反応は。まるでわたしが変なことを言ったみたいじゃない。

 もしかして、気を遣わせるのが申し訳ないとでも思っているのかな?

「あー。うん。無理はさせないから安心して」

「はい……」

 しぼんだ声で言われても!

 教育するの苦手なのかも。

「分かったよ。わたしも協力するから」

「はい!」

 今度は嬉しそうに言うな!

 そんな話をして、切り身をだいまおーにあげる。

 嬉しそうに頬張るだいまおー。

《おいしい~》

《良かった。一安心だね!》

 わたしは食事の時間を終えると、すぐに厨房へ向かう。

 セイスイインコのお食事の時間だ。

「うへ~。まだあるの~」

 音を上げるサラちゃん。

 魚の切り身が二つくらい。

 これだけの時間があったのに、まだそれだけなんだ。

 ちょっとがっかりしていると、ロビンくんが青いバケツを手にして、ミンチを作り始める。ミキサーに少量ずつ入れて、細かくしていく。

 骨も砕くので、喉に引っかかる可能性は低い。それに鳥類は卵を産むためにカルシウムがたくさん必要になる。骨の中に含まれるカルシウムはちょうどいい栄養になる。

 ちなみにドラゴンもは虫類の仲間で卵を産むけど、だいまおーはまだ幼獣。卵は産まない。

 ちゃんと成長に合わせた食事をやるのが基本だ。これをおろそかにすると、良い子には育たない。

 わたしもロビンくんの隣でミキサーにかける。

「? ロビンくん、顔赤いよ?」

「い、いえ。なんでもありません」

 やっぱり。

 サラちゃんに格好いいところを見せたくて、意識しているんだね!

 セイスイインコのためのお肉団子ができると、トレイに乗せてもっていく。

 食事の時間は12時から13時と決めているから、その時間は忙しくなる。

 ロビンくんはキャットフードをアクアキャットに上げる。

 みゃ~。

 嬉しそうに猫なで声を上げるアクアキャット。

「こいつ。可愛いな~」

 動物が好きらしいロビンくんはアクアキャットの背中を撫でてあげる。特に尻尾の付け根よりも少し前の辺りを撫でる。ここが好きな子はけっこう多い。ペットを飼ったことのある人なら分かると思う。

「こら。止めろって!」

 アクアキャットが、ロビンくんの顔をなめ始めている。

「こらこら。食事はどうした?」

 わたしが茶々を入れると、ロビンくんは嬉しそうに目を細める。

「あーちゃん、僕のこと気に入っているみたいで」

《あーちゃん。ホント?》

《うん。いい匂いがするぅ~》

《そうなんだ》

《優しい人の匂い。好き~》

《良かったね》

 アクアキャットはロビンくんのことを相当気に入っているらしい。

 まあ、仲良きことはいいことかな。

「うへ~。終わらないの~!」

 厨房の方から嘆くような声が聞こえてくる。

「あ。サラちゃんのこと忘れていた!」

 ロビンくんがガッツポーズをとるけど、どうしたんだろ?

 心配になるけど、サラちゃんの方が心配かな。

 わたしは厨房に向かう。

 そこには涙を流しながらも、さばいているサラの姿があった。

「ごめんね。そろそろ休憩しよっか?」

「でも、これが終わらないと動物たちにエサあげられないんでしょ?」

「エサじゃなくて食事。……わたしが引き継ぐから休んで。無理されるとわたしたち経営者が悪く言われるよ」

「うぅ。ごめん」

 サラちゃんは申し訳なさそうに俯くと、近くの椅子に座る。

 まあ、最初のうちは難しいよね。

 ささっとすませよう。

 わたしは《剣士 Lv70》のご加護を受けて、刃物を扱う力は簡単にこなせてしまう。

 その速度は通常の三倍。ちなみに赤くはならない。

「すごっ」

 後ろで見ていたサラちゃんがそうもらす。

「ん。サラちゃんもできるようになるよ?」

「いやいや。ないから……」

 呆れ半分、感心半分のため息を漏らすサラちゃん。

「でも、あのロビン君ってずいぶんと動物に好かれているね」

 サラちゃんがジト目でガラス越しの表にいるロビンくんを見やる。

「うん。動物って優しい人が好きだからね。すぐに匂いや感覚で分かっちゃうみたい」

「そう、なんだ……」

 負けた、といった顔をしているサラちゃん。

「やっぱり、優しい人が好き、なの……?」

 そうだよね。サラちゃんも優しい人が好きだよね。

 良かった。だったらやっぱりサラちゃんとロビンくんを応援しなくちゃ。

「大丈夫! すぐにそうなる必要はないよ。ゆっくり仲良くなろ?」

「え。あ、うん。そうだよね。あたし、まだ知らないこと多いものね」

 サラちゃんが心に誓うように胸に手を当てている。

 なんだろう。

 なんだか胸の辺りがざわつく。

 魚をさばき終えると、すぐに動物たちの食事を持っていく。

 ハイスピノサウルスに切り身を与える。

 ハイスピノサウルスは二本足で立つトカゲみたいな子。前足は短く、後ろ足は太い。尻尾は長く、顔もワニに近い。鋭利な牙が生えそろっており、背中に船の帆のようなヒレがある。

 このヒレは体温調節に役だっている。

 は虫類であるハイスピノサウルスは変温動物だ。周りの気温に合わせて体温が変わる。冷え込む朝方には太陽から熱を吸収するためにヒレがあり、日中の暑くなる時間には真上にある太陽からはヒレは当たらない。その時は両側から熱が放出される。

 とても理に適ったヒレなのだ。

 ちなみに小さな前足はあまり使わない。

《おう。アリス食事か?》

《うん。魚の切り身だよ》

《これ、うまいんだよな~》

 嬉しそうに呟くハイスピノサウルス。

 パクパクと食べ始める。

 ハーちゃん、買い手がいないんだよね……。

 もうここに来て二年が経つ。もらい手がいて欲しいよ。

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