第6話 パイナップル
サラちゃんが来てから二ヶ月。
まだまだ覚えることはあるけど、食事の用意はできるようになっていた。
根本的に動物が苦手なのか、動物たちからはあまり好かれていない。
動物ってそういうことも分かるんだよね。
アクアキャットは警戒しているからシャボン玉をだして威嚇するし。
だいまおーも噛みつくし。
セイスイインコも聖水を浴びせるし。
だからサラちゃんは今では厨房に籠もっているよ。
表ブースに出るつもりはないらしい。
そうだよね。動物の知識もないから、お客さんとの相手はいつもわたしか、ロビンくんになるし。
マリアさんも手伝ってほしいのだけど……。
ついため息が漏れる。
「どうしたのですか? アリスさん」
「うん。なんだか問題児が集まっているなーって」
たははと乾いた笑みを浮かべるわたし。
「そうですね。でも、サラさんとか頑張っていますよ」
「そうね。それはいいのだけど」
「動物怖い!」
また何かあったのか、厨房から声が聞こえてくる。
わたしは慌てて駆け寄る。
厨房にはデビルスネークが
食べ物を漁っているらしい。それを見たサラちゃんが怯えている。
「大丈夫だよ。その子は毒ないから」
「それでも! 怖いものは怖いの!」
わたしはすぐに素手で捕まえて手短にある青いバケツに放り込む。
しかし、この子たちはどこから侵入してきたのだろう?
「あら。嫌だわ。ケージを用意している間に逃げ出したのね」
「お母さん。知っているの?」
「ええ。今日から新しく入荷した子よ。よろしくね~」
お母さんはそう言って手を振るとケージを置いて生活スペースである二階に向かう。
「もう。勝手なんだから!」
わたしはぷんすかと怒るけど、ケージに入れ替える。
そして木の枝やトンネル、パイプを用意して木くずをまぶしたら、表の販売ブースに飾る。
「食事は、ネズミかー。サラちゃん大丈夫かな?」
動物の死骸を食べるヘビは一般的には嫌われやすい。
それは動物の死骸という気分を害するところが大きいから。
でもそれも仕方ない。
食物連鎖というやつだ。
ペットというのは完全に人類のエゴだ。正直、なくてもやっていける職業だ。
でもアニマルセラピーや人の心に寄り添うことはできる。
エゴであっても、人の心を癒やせるのが動物だ。これはただの人にはできないことだ。
食事の時間を終えて、昼休憩。
わたしとサラちゃんがお昼ご飯を食べていると。
「ねぇ。アリスちゃんはこれでいいの?」
「ん? どういうこと?」
「ペットショップの経営をやっていくの?」
「うーん。まあ、わたし動物好きだし」
正直、将来のことなんて考えていない。
生まれた時から動物たちと一緒にいる。だから、自分も自然と動物と一緒に仕事をするものだと思っていた。
そこに当たり前のものとして存在していたのだから、今更何を言われても変わらないと思う。
「でもアリスちゃん、頭いいじゃん。勉強できるじゃん!」
「そう言われても……」
確かにわたしは勉強ができる。大学に進学しても困らないだろう。
でも、それが自分のしたいことなのかは分からない。
わたしって、本当空っぽ。何をしていいのかさえ、分からないのだから。
昼休憩が終わり、店先の掃除を始めるわたし。
「本当。何したいだろ?」
「ふふ。悩み事ね」
マリアが不敵な笑みを浮かべてわたしを見てくる。
「マリアさん、少しはお店手伝ってよ」
「あら。いいじゃない。今日はパイナップルについて考えていたわ。論文にするわ」
「パイナップル?」
「中身はおいしいのに、とげとげで食べにくいじゃない? 動物に食べられたいのか、食べられたくないのか、よく分からないじゃない?」
「あー。確かに……。って、そういう問題じゃないでしょ! 仕事して!」
「あーん。いけず」
わたしはマリアさんを引き連れて店内に戻る。
今はいいっか。
パイナップルかぁ。
中身が柔らかいのに、外はとげとげしている。
わたしがそうなのかもしれない。
ペットショップでは柔らかいのに、学校ではとげとげしている。
それでもいいじゃない。
わたしだって幸せになりたいもの。
目の前にある幸せを享受して何が悪いのかな。
「あら。でも魔王が近々、訪れるそうよ?」
「え。どこ情報?」
マリアの言葉に怪訝な顔を向けるわたし。
まあ、この世界は魔王に支配されているわけだし。
それも可笑しくはないけどね。
「んー。精霊に聞いたからわかんない」
精霊か。
この世界の技術革新をもたらした無形生物。塵や埃よりも小さな生物。
選ばれた者には聞こえると言われている声。
マリアはその選ばれた人だった。
わたしほどじゃないけど、精霊を駆使すればかなり強い。
魔法の根源たる精霊だもの。
強くないわけがない。
精霊はこの世の埒外にあるエネルギー体とも言われている。
けど、
「ペットショップではなんの役にも立たないけどね」
「あら。いいじゃない。精霊と会話できる人は千人に一人よ。大事にしなくちゃ」
「それを言うのはこちらのセリフ。マリアが言うことじゃないよ」
渋面を浮かべて、店内の掃除を始める。
「あら。つまらないこと」
マリアはそう言ってバックヤードに消えていく。
「掃除くらいしてよ……」
マリアのサボり癖は筋金入りらしい。
大きくため息を吐くと、ロビンくんが黙って掃除を手伝い始める。
「ありがと。さすがロビンくん」
「い、いえ……!」
頬を赤らめて頷く素直な子。
「それくらい、あたしにもできるの!」
サラちゃんが割って入るようにして掃除を手伝い始める。
「むっ!」
それに対して怪訝な顔をするロビンくん。
なんでだろう?
頼りない男だ、とか思われるのが嫌だったのかな?
まさかわたしと二人になったのが嬉しいとかじゃないものね。
でもなんだろう。この胸がモヤモヤする感じ。
ちょっと疲れているのかも。
ここが終わったら休もう。
今日もお客さんこないだろうし。
掃除が終わると、わたしは奥にある休憩室でホットミルクを飲みながら休む。
「星の正位置」
「ん?」
「聞いて。あなたの運勢よ。アリス」
「あー。マリアさんは占いが好きなんだっけ?」
「好きではなく、得意、なのよ」
そう言ってタロットカードを混ぜる。
「星の正位置って?」
「幸運よ。ただし、努力は必要」
「分かってますって」
どんなに才能があっても、続ける努力がなければ何も成し遂げることはできない。それはわたしが十二才になって気がついたこの世の
「こんにちはー!」
そんなときに限ってお客さんが来る。
「はーい!」
わたしは慌てて休憩室から出て、表の受付に向かう。
すでにロビンくんが対応してくれていて、助かった。
「あ。アリスさん。この間の
「何かありました?」
「それが、背中を壁にこすりつけるような動作を繰り返しているのです」
パパさんが焦った様子で言う。
「大丈夫ですよ。ただのマーキングです」
「マーキング?」
「はい。自分のものだぞ~! って表しているのです」
「そっか……。病気かと思った……」
こういうお客さんはけっこう多い。
ペットになれていないと病気か、習性かを見極めることはむずかしい。
「とは言っても、背中がかゆい可能性もあるのでブラッシングをして上げてください。きっと喜びますよ」
「ありがとう。助かったよ」
パパさんはにこりと笑みを浮かべてペットショップを後にする。
「さすがです。アリスさん」
ロビンくんが爽やかな笑みを浮かべている。
なんだろ。すっごく嬉しい。
そんなところをアクアキャットが駆け寄り、ロビンくんの頬をなめる。
「まったく、好きだね」
「ははは……」
ロビンくんは困ったような笑みを浮かべていた。
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