第22話 謁見
「出発ですよ。アリスさん」
幌馬車をだすロビンくん。
「じゃあ、サラちゃん、マリアさん、よろしくお願いします」
「はーい」「ええ」
わたしは他の動物と一緒に幌に乗り込むと小さく手を振る。
「行きます」
馬に命令を与えるロビンくん。
小さな少年のイメージがあったロビンくんにこんな一面が見えるなんて思いもしなかった。
やっぱり男の子って不思議。
背中が大きく見えるんだもの。
「アリスさん」
「なに?」
「なんで動物が好きなのですか?」
今まで聞いたことのない疑問だった。
わたしにとっては当たり前すぎる、よく分からない質問だ。
「ええっと。わたし、生まれたときからいろんな動物に囲まれて生きてきたんだ」
「うん」
「だから、もう家族みたいなもので、だからきっと好きになったというよりも……」
言葉に詰まる。
「なんだろうね? あはは」
「うん。当たり前の存在になっていたんですね」
「そう。だけど、少し嫌いになったよ。わたし、動物を扱えるから、みんなから笑顔を奪っているんだから」
「そんなこと考える必要ないですよ。僕だってピアノをやっていたけど、コンクールに出るたび、周囲からの妬みと嫉みをうけてきたんです。どんな仕事をしていても、きっと誰かを傷つけているんです」
ロビンくんがピアノをしていると初めて聞いた。
もしかして、ここにいる人もわたしは全然知らないのかもしれない。
「誰もが傷つけ合って、それでも心地の良い場所を見つけて……」
「うん」
「だから気にする必要なんて、ないんですよ。自分は自分の周りを幸せにするので精一杯です」
苦笑を浮かべながらロビンくんは頬を掻く。
「て言って、一番幸せにしたい人を幸せにできないのですが」
「え。なんで?」
「どうしたらいいんですかね? ちなみにアリスさんはどんなとき幸せですか?」
「え? わたし?」
「はい。何かの参考になると思いまして」
「そう、だね……」
考えてみる。
わたしは学校でいじめられてきた。
動物臭い。動物縁の匂い。
それにどんくさいと言われた。
だからできた友達も少なくて、サラちゃんとマリアさん、それにロビンくん。
やっとの思いで生きてきたのに、魔王サタンには人殺しの道具として扱われた。
父も亡く、母は仕事人間。
最初の頃は動物が嫌いだった。
わたしから母を奪った憎い存在でもあった。
家族であっても、手間は動物の方が何倍もかかる。
だから――。
何が好きだったのだろう。
わたし、こんなに生きてきたのに、自分の幸せすら分からない。
こんなに情けないとは思っていなかった。
ふるふると力なく首を振ると、ロビンくんは苦笑で返す。
「幸せって難しいですよね。僕もまだ見つかりません」
「そうなんだ」
「ええ。でも幸せになれそうな未来図は見えています」
「やっぱりロビンくんの方が大人だ」
わたしは感心するように呟く。
「そうですか? 僕はアリスさんの方がずっと大人ですよ」
「適当なこと言わないで」
「適当ではないですよ。だって僕よりもしっかりしています。それに芯が通っています」
「……ホント?」
「本当です」
「ふふ。ありがとう」
「その笑み、ずるいです」
「え?」
わたし、笑っていたんだ。
なぜだろう。ロビンくんと話していると胸がぽかぽかしてくる。
暖かい。
暖かな湯船にたゆたうように浸かっている気がした。
「そろそろ食事の時間ですね。馬も休めます」
「うん」
わたしは一旦荷物の果実や干し肉を動物たちに与える。片手でもあげられるように量や種類はあらかじめ決めてある。
ロビンくんも馬に食事を与えると、近くの野原で火をおこす。
野菜スープに干し肉を入れて、ぐつぐつと煮込む。
できあがったスープを二人分、分ける。
食べにくそうにしているわたしを見て、ロビンくんが立ち上がる。
「はい。あーん」
木製スプーンでスープを掬い、わたしの口元に運ぶ。
「え。いや、え?」
「食べさせてあげます」
「そんなのいいって。子どもじゃないし」
「でも怪我人ですよね?」
「もう。ロビンくんの意地悪」
「嫌われてもいいですよ。アリスさんが幸せなら」
しょうがないな。
わたしは口を開ける。
もぐもぐと食べると、ロビンくんはホッとした顔を見せる。
もしかして、迷惑かけている?
「ごめん。迷惑だよね」
「いいんです。人間は生きている限り誰かに迷惑をかけるものです。大なり小なりね」
クスッと笑みを零すロビンくん。
なんだろう。胸の高鳴りが収まらない。
「そ、それよりも! 間に合いそう?」
「はい。公路、順調に進んでいます」
ロビンくんが
「食べ終わったらすぐ移動です。もう少し耐えてくださいね」
「うん。大丈夫」
「無理そうだったら、そく帰宅ですからね」
「分かっています!」
機嫌を損ねてつい荒っぽい言い方をしてしまった。
敬語なのが逆に怖くなるタイプの怒り方だ。
やってしまった。
これからあと二日は一緒なのに。
帰りも合わせると五日かー。長いなー。
「ま、行きますよ」
食事を終えてすぐに馬を働かせる。
道なりに進んで王都に向かう。
出発してから三日。
白亜の城が見えてきた。
アーチ、尖塔、白塗りの漆喰に、石畳の通路。
その手前にある城下町には白色の漆喰の壁と、赤煉瓦の屋根が見えてくる。
魔王が占拠したという元王城。
門をくぐり抜けると、その先にある城まで一直線に向かう。
王がかわったことで城下町は少し混乱しているらしい。
それはいいけど。
「門番が仕事していなかったね」
「ええ。こっちとしては好都合ですが、この状況でどこまで話が通じるのですかね……」
わたしたちの考えた計画が失敗すれば、今度こそどうなるか分からない。
それが怖い。
ふるふると震える手。その手を握ってくれる暖かな彼の手。
「大丈夫です。大丈夫」
優しく言うロビンくん。
今頼れるのは彼だけだ。
「うん。ありがと」
しばらく石畳の道のりを走ると、王城の下、すぐそばに馬車を止める。
そこの近くにある広場でケージを置いていく。
動物たちをケージの中に解放する。
一応、ペットショップのサービスということで許可は下りている。
その書類も一式持ってきている。
「さ。ペットショップ《フロンティア》の出張サービスだよ!!」
わたしは元気よく声を上げると、興味を持った街の人々が集まってくる。
しばらくは二人で、一時間ほどでわたしは抜ける。
歩いて王城へ向かう。
「止まれ。魔王サタンとの
「なら、アリス=ロードスターが会いに来たと伝えなさい」
あの魔王サタンはまだわたしの力を欲している可能性がある。
その機会をみすみす逃すほど、頭の出来が悪いとは思えない。
「きょ、許可が下りました!」
衛兵の一人が慌てて声を荒げる。
「な、なに!? そんな馬鹿な! こんな小娘に、か!?」
その衛兵を置き去りにし、わたしはずんずんと進む。
「お待ちください。案内します」
先ほどの衛兵が追いかけてきた。
確かにわたし一人じゃ、分からないか。
「頼みます」
「はい。ではこちらに」
謁見の間に向かうわたし。
ドレスの方が良かったかもしれないけど、今はペットショップの店員としてきた。
だからこの格好でいい。ペットショップの制服で。
「つきました」
衛兵がそう言い、重そうなドアを開ける。
赤いカーペットの上を歩き、その玉座に収まる青年を見つめる。
「アリス=ロードスターです」
「久しいな。……その腕はどうした?」
「話せば長くなります」
「良い話せ」
「実は――」
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