第33話 エンドロール
「いらっしゃいませ~」
わたしはそう声をかけると、サタンはだいまおーを連れてやってくる。
「こやつにあうご飯を見てくれないか?」
だいまおーはだいぶ大きくなっていた。
初めて来たときは50cmくらいの大きさだったけど、今では3メートルを超えている。
大きくなったものだ。
《どうしたの? アリス?》
《ううん。なんでもない。そうだ。食べ物何が好き?》
《さかな!》
「魚が好きみたいなので、そういった食事に切り替えるのがいいでしょう」
「魚か……」
「うちでは缶詰や練り物がありますよ。ただ一度に食べる量が増えているので満足できるかどうか……」
正直、ここまで大きくなると自然に放つ方が早いかもしれない。
でもそれはペットを飼う意味を失う。
それに生態系を破壊されてはたまったものではない。
ペットは可愛がるのが一番だが、成長した姿を想像できないのは問題である。
「なら、近くの海で暮らすか。アリスもどうだ?」
「ごめんなさい。わたし、結婚の予定があるので」
さらりと言ってのけることができるほどに照れはなくなっていた。
「そうか。それは悪かったな。缶詰と練り物を買うぞ」
「はい」
引き下がると、食べ物を乗せて馬車に乗り込むサタン。だいまおーくんは飛んで帰るみたい。ちなみに御者はあのときの同級生だった。
壊れるまではいかないけど、人を恨むのは止めた様子だった。
ただ意気消沈としていたから、なんらかの催眠魔法を使ったのかもしれない。
「ありがとうございました!」
声を上げてその背中を見送る。
「メルさん、いらっしゃいませ~」
入れ替わり立ち替わり、メルが訪れる。
リーフスターの冬支度について訊ねられた。
冬眠をさせると死亡率が一気にあがることを伝えると、暖房器具を買うことを決意したらしい。
他にも食事やおやつ、水飲みの替えなどなどを購入して去っていった。
午後の休憩に入ると、ちょうどロビンくんと出会う。
「明日だね」
「なにが?」
「もう何度言わせるのさ。アイリーンのライブだって」
「分かっているわよ。でもなんだか面白くないんだもの」
「それは、申し訳ないです。はい」
すっかり萎縮するロビンくん。
またやっちゃった。
わたしなんて器の小さいことを。
「しょうがないわね。一緒に行くよ」
ぱぁぁあと顔が明るくなるロビンくん。
「うん。ありがと!」
そう言ってロビンくんはスキップをしながら、表に出る。
あのあと、アスランさんもいらっしゃったみたいで、様々な動物を見ては癒やされているらしい。
動物たちを見るのにも癒やしがある。それを求めてきたの。
それはそれで嬉しいけど、やっぱり商業だもの。少し寂しいなー。
アクアキャットのホテル予約が入ったり、みんな色々なサービスを受けている。
それでも家族の絆は壊れない。
愛情は注げば注ぐほど生まれるものだ。
だからみんなペットを、動物たちを世話する。
もらえないはずの愛を求めて。
本当に愛するならただ見ているだけでもいいのだ。
見届ける。
それも一つの愛の形。
いろんな愛の形がある。
それは止めどなく溢れるような愛もあれば、静かにじっくりと与える愛もある。
みんなの愛があれば、きっと世界は平和になる。
きっとみんなが幸せになれる。
愛情を注ぐことに意味がある。
すべての動物に愛を。
そして世界を愛して。
☆★☆
熱狂的なファンが集まる中、わたしとロビンくんは前の席に座る。
アイリーンがウインクをしながら舞台袖から飛び出してくる。
「みんな~! 愛しているよぉお!」
恥じらうこともなく、アイリーンは声を張り上げる。
「わたしは愛していないからね!」
「何を対抗しているのさ……」
わたしの独りごとにツッコミを入れるロビンくん。
「さあ。さっそく一曲目歌うよぉお~!」
声のトーンが全然違う。
わたしと似た声。
似た顔。
でもわたしと違う視点を持っている彼女。
同族嫌悪を感じるわたしとは違うみたい。
歌い始めるアイリーン。
高らかに歌い続ける。
みんなが胸に熱を感じている。
わたしも、最初はただの緊張かと思ったけど、熱を感じる。
暖かい。
幸せな気持ち。
これも愛なんだ。
アイリーンも愛を届けるためにアイドルをやっているのだ。
ペットショップ《ライブ》にも顔をだしてみるかな?
ふふ。きっとロビンくんも喜ぶね。
わたしは寛容な彼女なのだ。
誰にも渡さないけど、束縛する人でもないんだからね。
熱狂する気持ちは分かった。
ならあとはわたしの考え方の問題だ。
きっとロビンくんはアイリーンに本気ではないだろう。
それが分かっているから、今日一緒にライブに来た。
愛を届け、愛を送るために。
「うぉぉおおおっぉぉぉっぉぉおお! アイリーンちゃん!!」
嬉しそうに声を張り上げるロビンくん。
すごい熱量だ。
「わたしに対しても同じ熱量でいいのよ?」
「え。なんだって?」
「もう! ロビンくんのバカ!」
わたしはロビンくんの持っていた
「ああ!」
ショックを受けたロビンくんに代わってわたしが応援を始める。
ぽかーんとしているロビンくんも可愛いなぁ~。
もうわたしの彼氏が可愛すぎる件について。
曲が終わると、少し雑談が入る。
「今日は特別に熱い夜にしようぜ――っ!!」
アイリーンの一声でファンが「わぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁ」と声を張り上げる。
それだけ愛されているのだ。
やっぱりアイドルって違うね。
再び熱唱を始めると、時間を忘れて楽しむのだった。
☆★☆
ライブが終わり、その足でペットショップ《ライブ》を訪れる。
「あれ。ロードスター!」
「アイリーン。どうだった?」
「うん。良かったよ」
「良かったです~♪」
頬を緩めているロビンくん。
その頬を引っ張って離す。
痛そうにするけど、ニヤニヤ顔が収まらないロビンくん。
「まったく。だらしない顔して……」
「ここまで重傷なファンは初めてだね……」
わたしとアイリーンは困ったように頬を掻く。
でもまあ、いいけど。
わたし一筋みたいだし。
余裕ある態度こそが人を惹きつけるのだ。
「ふふ。まあ嬉しいかな。ここまで人を愛してしまうのは」
「うん。まあ、ね。愛が深い人なんだよね。ロビンくん」
「えへへへ。そうかな?」
「あー。なんだか可愛く思えてきたよ。ロードスター」
「それは止めて。わたしの婚約者をとらないで」
「こ、婚約? どういうこと?」
「ふふ。どうもこうも、そのままの意味よ」
「へー。すごいじゃない」
「それで? わたしを呼んだのは他にも案があるからでしょ?」
「あー。それね。経営を一緒に学ぶ場を作りたいの。お願いできる?」
「うーん。それもいいけど、でもアニマルセラピーの教室を開催したいんだよね。それって《ライブ》でやっていたよね?」
わたしとアイリーンはお互いの弱点を知りながら、意見交換をする。
そこにロビンくんも一枚噛んでいた。
芸能人にペットを飼ってもらい、周りに伝え広める。
そうして愛を広げていく。
まず最初にペットという概念を知らなければ、ペットショップの意味は成り立たない。
人を愛することを知らない。
それではみんな枯れてしまう。
愛を届けるのが仕事なのだ。
それ以外にも方法はあるけど、わたしにできる最大の努力はペットショップの経営をすること。
それがわたしなりの愛だ。
そしてそれが人の生きる意味だ。
愛を届ける。形にする。
それが仕事を行う上でもっとも大事で基本的なことと思う。
だからわたしは愛する。
殺してしまった命はもう戻らないけど。
それでも愛を伝えていく。
それが生きるってことなんだ。
だから――。
☆★☆
わたしは無事18歳を迎えて、ロビンが迎えてくれるバージンロードを歩きだす。
愛を知って、愛を伝えて。
ようやく見えてきた一つの分岐点。
これで終わりじゃない。
むしろ始まりだという人もいる。
人生の墓場という人もいる。
でもわたしはこれが一つの愛の形なんだと思う。
愛しているから、わたしはここを歩いている。
彼を、深く愛しているから。
ロビンがこちらに視線を合わせる。
長いスカートを引きずりながら、祭壇へと向かう。
祠祭のいる前までくると、わたしはロビンに向き合う。
ふっと微笑むと、ロビンは緊張した面持ちで、ベールをめくる。
お母さんが視界の端で泣いている。
わたしはロビンと一緒にこれからも苦難を乗り越えていく。
しかし、恐ろしい顔ぶれだ。
参加者の中にはサタンやメル、アイリーン、だいまおーくんなどなど。
すごい顔ぶれで迎えてくれる。
こんなにもたくさんの人がわたしを愛してくれているんだな。
ロビンが緊張した様子でそっと口づけをする。
サラちゃんが悔しそうにハンカチを噛んでいる。
みんな複雑な顔をしている。
わたし、何かやっちゃいましたか?
☆★☆
わたしはアイリーンと入れ替わり、ライブに出る。
そんなこともあった。
アイリーンと気がつかずにデートをしていたロビンくんにはショックを受けたこともあった。
ペットが野放しにされている案件があったり、捨てネコや保護イヌなど。ペットに関する議題はたくさんある。
それでも愛の一つの形としてペットは必要だと思う。
命の重さも、彼らから学べる。
生きていれば必要になるお世話をすること。その事前学習にも良いと思う。
人の子を育てるのは、ペットと似ている。
だからこそ、ペットの必要性を訴えている。
子どもでも経験があれば違うものだ。
子育て世代になる前に経験しておくのもいいと、わたしは思う。
だから、ペットを飼うことを命の
幸せになる一歩なのだから。
愛を、命を知る。そのための経験なのだから――。
☆★☆
わたしは幸せものだ。
一人の娘を抱えた。
子だからに恵まれていたようだ。
わたしはこれから、幸せを作っていくんだ。
この子のために。
幸せを与えるために。
そうして未来の子どもたちが幸せになれば、その輪を広げていけるだろう。
そしてゆくゆくは子どもたち同士で愛を深めていく。
この世に最も必要なのは愛なのだ。
だから――わたしの分まで幸せになってね。
幸せにしてみせるから。
わたしたちの愛を受け取って大きく育ってほしい。
そんな賢い人ということで、わたしの娘には「ソフィア」と名付けた。
この思いが全ての人に伝わりますように。
平和を、愛を。
それを伝え広めるもの。
賢き尊い者。
そうであって欲しいから。
これは愛の物語。
様々な苦難を乗り越え、なおも動物たちと深い愛情で結ばれた者たち。
極悪非道な彼も、もうその面影はない。
彼もまた動物によって幸せになったものだ。
愛を知ったものだ。
この世界に愛を持たない者なんていないの。
だから愛に目覚めて。
~完~
極悪非道な魔王が統べる世界で、世界最強のチートを持つ私はゆるふわなスローライフを満喫します! 夕日ゆうや @PT03wing
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