第32話 帰宅

 ネオ・アニマルの三日目。

 最終日。

 わたしたちは動物たちをお客さんに披露し、新しい出会いの場を設ける。

 かなりの集客数が出ており、わたしのところでもついに売り上げが生じた。

 マグマドッグやスイート・イグアナ、ホーンラビットなどなど。

 売り買いを終えると、少しホッとした気分で幌馬車に乗り込む。

「待って!」

 そう言って駆け寄ってくるアイリーン。

「アイリーンが僕を見てくれているぅう!」

「違うから」

 わたしが前に出ると、アイリーンはチケットを渡してくる。

「これでライブに来られるね!」

 アイリーンの渡してきたチケットはライブのものだった。

「ま、行ってもいいかな」

「そうこなくちゃ!」

「ほら。行くよ、ロビンくん」

「ええ……もっと話したいのに……」

「あとで話は聞いてあげるから」

「そ、そんなに怖い顔で言わないでくれよ。アリスさん」

「そろそろ呼び捨てでもいいのよ?」

 確かアイリーンのことも呼び捨てにするのに。

「うぅ。分かったよ。アリス」

「さ、行きなさい」

 わたしの一声でロビンくんは馬を走らせ始める。

 来たときよりも軽くなった荷台にサラちゃんと一緒に睡眠をとる。

 帰りも四日かかる道のりだ。

 途中でよれる街があるから、そこで食事と水浴びができるだろう。

 それを楽しみにしないと、なんのためにここまで来たのか、分からなくなりそうだ。

 まあ、ペットを預けることもできたし。

 愛を伝え広めることができて満足かな。

 サラちゃんも少し触れあえたし。良い刺激になったのではないだろうか。

 アイリーンとか言う友人もできたし。

 いいことばかり続く。

 こんな幸せなことがあっていいのか。

「ロビンくん」

「なに?」

「ありがとう」

「え。あ、はい。こちらこそ、ありがとう」

 そのぎこちない感じが少し可愛げあるように思えた。

 可愛いな。うちの彼氏は。

「もう。なんで甘い雰囲気を放っているの。アリス」

「サラちゃん、起きていたんだ?」

「荒い運転だから」

 サラちゃんがさりげなく毒を吐く。

「すみませんね。荒っぽい運転で」

「もう。サラちゃんもロビンくんもやめなって」

 この二人、仲良くなること、なかったなぁ~。

 最初の頃はいい感じに見えていたのに。

 わたしの目はとんだ節穴だったみたい。

「なんで笑っているのよ。アリス」

「そうだよ。僕たち真剣に悩んでいるだよ?」

「まあ、二人とも、わたしについてきてくれてありがと!」

「もう、あんたは……」

「アリスに一生ついていくよ」

「あれ。それってプロポーズ?」

 クスクスと笑うわたし。

「いけないかな? 僕と結婚って」

「え。本気!?」

「けじめはとらないといけないとは思っているよ」

「ふ、ふーん。そうなんだ」

「ここでお茶を濁すならあたしがとるよ? アリス」

「えぇ……。まあ、わたしもロビンくんと一緒に、いたい……けど……さ……」

 尻すぼみになるわたしの声。

 たぶん震えていたと思う。

 それに裏返っていた気もする。

 うん。なんだ。この最悪なプロポーズの返しは。

「きこーえ、なーい」

 わざとらしく意地悪を言うサラちゃん。

「もう、分かっているでしょ!!」

 恥ずかしさで悶えているわたしを見て、笑うサラちゃん。

 酷い子だよ。

「わたしはロビンくんのことが好き! 結婚を考えています! はい! 終わり!」

「そんな雑なことあるのか……」

 戸惑っているロビンくん。

 ガタンと小石に乗り上げた幌馬車。

 揺れる。

「もう。ロビンくんのばっかぁ~」

「す、すみません!」

「なんで謝るのよ?」

「ええ。どうするのが正解なのさ……」

 ロビンくんは混乱しているようだ。

 そっとして置いて上げよう。


 四日間の道のりを終えて、わたしとサラちゃん、そしてロビンくんはペットショップ《フロンティア》に帰ってきた。

 しめ縄で縛られた同級生が何人か。そして魔王サタンがいる。

「え。どういう状況?」

「彼らがお前を苦しめていた。さっさと殺すことも考えたが、お前の裁量を求めようかと思ってな」

 サタンが物騒なことを言っているよ。

「まったく、少しは成長したと思っていたのに……」

「俺は愛を知った。それはアリスのお陰だ。でも、アリスを殺そうとしたんだ。俺も殺さねば腹の虫が治まらない」

「愛を知るが故の葛藤だね。分かる」

 そう呟くロビンくん。

「え。ロビンくん?」

「愛する者を殺されたら報復したくなるよ」

「そんなのうちらも一緒じゃん! うちらも愛する人を殺されたんだ! そいつに!」

 同級生の顔は覚えていないけど、その一人だろう。

「それに関しては俺がやったと言ったんだが……」

 サタンがずいっと顔を近づける。

「ひっ。化け物!?」

「ショックだな。俺としては最大限の有効の証だったのに」

「もうやめなって。可哀想だよ」

「殺したのはお前でしょ。アリス=ロードスター」

「ふん。もういい。俺が魔王城で飼い殺してやるよ」

 もうそんな解決しかないのかな……。

 辛いけど、そうするしかないんだよね。

 目を伏せて黙認するわたし。

「え。ちょっと。アリスさん? ほ、本気なの?」

 捕まっていた同級生たちは困惑の色を見せる。

「ほら行くぞ」

 サタンが縄を引っ張り、馬車に乗せていく。

「やめて。うち、まだ死にたくない!」

「死なせんよ。ただ見せしめになってもらう」

「いやだ! 殺さないで!」

 さらわれた同級生たちに哀れみを感じつつ、わたしは自分の身可愛さに売ったことを後悔し始める。

 彼女たちも好きでこうなったわけじゃない。

 きっと生きていたかった。

 そう願って、愛して。

 それでも止まらなかった。

 罪はわたしにあるのだろう。

 彼女たちの心を殺してしまったのだ。

 わたしは殺してはいけないのに殺してしまった。

 だから天罰が下ったのだ。

 慈悲深い人にはなれなかったよ。

 ツーッと頬を伝う涙。

「もういいんだ。すぎたことだ。忘れて」

 ロビンくんが抱きしめてくれる。

 もう忘れない。

「誰も死なせたくなかったのに……!」

 今まで我慢していた涙が頬を伝う。

「もう終わったことだ。気にするな」

 こんなにも優しくて暖かな心を持っている。

 それはたぶん彼女たちも同じ気持ちだったのだ。

 その気持ちを奪う酷いことをしたんだ。

 わたしで憎しみは終わらせる。

 終わらせなくちゃいけない。

「わたしを殺して」

「そんなことできないよ!」

「…………っ!?」

「僕たちにはまだやらなくちゃいけないことがある。彼女たちへの罪滅ぼしのためにも、生きて償う必要があるんだよ。きっと」

「そう、ね……」

 わたしに何ができるのだろう。

「できること、ないかも……。ははは」

 乾いた笑みが零れる。

「いや、あるよ。僕にも手伝わせて」

「そんなのダメ。わたし、幸せになっちゃいけないんだ」

「そんなことない! だって愛が足りないからみんなおかしくなるんだ!」

「愛……?」

「そうだよ。キミの言葉じゃないか!」

「そうだけど……」

「それにこれはキミの望んだことじゃないだろ?」

「うん……」

「キミにも幸せになる権利がある、いや義務があるんだ」

「…………」

 どうしていいか、分からない。

 わたしは酷いことをしたんだ。

 だからもう失いたくない。

 もう壊したくない。

 でもわたし一人だったら壊れていた。

 きっと動物たちの愛を知っているから壊れなかった。

 ロビンくんやサラちゃん、そしてお母さんがいたからわたしは生きていけるんだ。

 そんな彼らに報いなくてはいけない。

 のかな。

 今はよく分からないけど。

 でも、もう嫌だ。

 自分が嫌いになっていく。

「僕にアリスの一生をください」

「……うん」

 それしか言えなかった。

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