第31話 ショー
ネオ・アニマルの二日目。
わたしとサラちゃん、ロビンくんは暇そうにしていた。
「わたしに提案があるの!」
高らかに宣言すると、拍手をする二人。
「それで、その提案って?」
「珍しくスイート・イグアナを連れてきているじゃない?」
スイート・イグアナ。
皮脂腺から甘い香りを放つイグアナの一種である。
甘い蜜で虫をおびき寄せて、そして長い舌で獲物を捕まえる――非常に珍しい動物である。
「その甘い匂いをだしてもらうわ」
「まさか、匂いでお客を集めるき?」
サラちゃんが怪訝そうな顔をする。
「それって人が集まるのかな?」
「もちろん、それだけじゃ集まらないと思う。だからマグマドッグの火遊びも見せたいと思う」
マグマドッグは貯め込んだ熱を放出する〝火遊び〟と呼ばれる行動をとる。
ペットにすると毎日のように火遊びをするようになる。
それは安心できる環境下だからだ。
一般的にはイベント会場でやるようなものではない。
でもわたしは《ビーストテイマー》だ。
会話ができる。
彼らの気持ちを知ることができる。
《匂い、だせる?》
《あいよ。いつでもいいちょ!》
スイート・イグアナは特徴的な語尾で肯定する。
《火遊び、できる?》
《いいですよ。やります》
二匹と連携がとれると会場いっぱいに甘い香りが充満する。
そして火遊びを始めるマグマドッグ。
パフォーマンスに圧倒されるお客さんたち。
他の動物たちも、わたしたちの会話を聞いていたのか、それぞれできることをし始めた。
ここだけサーカスのような賑わいを見せている。
お食事の時間になると、お客様から直接食べている子もいて、この二日間で大盛況を見せた。
「むむむ! やっぱり強敵なのね。アリス=ロードスター!!」
声を荒げるアイリーン。
「こっちだって歌って踊れるアイドルなんだから!」
そう言って歌い出すアイリーン。
お客さんが嬉しそうに手を振ったり、叩いたりして応援している。
まあ、彼女には負けるかな。
「動物愛では負けていないからね!」
「同じく!!」
アイリーンはウインクをしてこちらに視線を送る。
ライブが終わったあとの心地良い疲労感も、わたしの動物たちも。
全てはお客さんを呼び込むため。
そんな二日目も終えて、わたしたちは隣接するホテルでチェックインを済ませる。
わたしとサラちゃんが同じ部屋、ロビンくんだけが別室になっている。
サラちゃんとの一夜目は何も起きなかったけど――。
「アリス、一緒にお風呂はいろ?」
「え。子どもじゃないんだから」
「いいじゃない。ちょっとくらい」
「なんだか嫌な予感がするから一緒は無理!」
わたしが否定すると、サラちゃんはふくれっ面を浮かべる。
「いいじゃない。処女くらい」
「しょ――」
言葉を失うわたし。
やっぱり一緒のお風呂じゃなくて良かった。
わたしは軽くシャワーを済ませて、身支度を調える。
「それにしても、サラちゃんはなんでわたしを好きになったの?」
禁忌に触れるみたいで聞くかはだいぶ躊躇った。
でもこれだけは聞いておきたい。
「そんなの。純粋で優しいところに決まっているじゃない」
呆れたようにため息を吐くサラちゃん。
「そんなこと、ないと思うけど?」
「あと、謙虚」
「そんなんじゃ――」
これ平行線になるやつだ。
「もう。意地悪なサラちゃん」
そう言って長い髪をタオルで丁寧に乾かすわたし。
「あたしもシャワー浴びてくる!!」
しかし井戸とは違くて、河川から引いている水はシャワーにできるんだね。
高低差というのを利用しているらしいけど、わたしには理解できない気がした。
「もう。わたしには理解できないことが多いね」
苦笑を漏らし、チェス盤に手を伸ばす。
シャワーを浴び終えたサラちゃんと一緒にチェスに興じる。
この世界の娯楽は少ないから、ペットを飼う人も多いだけどね。
「それにしても、そろそろ交代の時間じゃない?」
「そっか。もうそんな時間か」
サラちゃんがそう言うと、チェスに興じていたわたしも我に返る。
動物たちの様子を見る人が必要である。
だから最初はロビンくん。次はわたし、と交代して管理することになっている。
サラちゃんに言われるまで気がつかなかった。
「じゃ、行ってくるね」
わたしはそう言って駆け足で自分のブースに向かう。
「ごめん。遅くなった!」
「いいよ。暇つぶしがあるし」
ロビンくんは松明の明かりで読書していた。
知的で者静かなイメージにぴったりの趣味だ。
でもロビンくんって意外と積極的だし、いざというときには頼りになるものね。
イメージって意外と間違った情報を与えるよね。
「ん。じゃあ、アリスさんに任せるね」
「うん。ありがと」
「いいよ。僕も動物好きで来たんだから」
「それもそうか」
しばし談笑すると、ロビンくんはあくびをかきながら、自分の部屋に向かう。
「ふふーん。ロードスターさんもこちらで待機していたのね!」
目の前には端正な顔だちのアイリーンがいた。
「何よ。人の彼氏をとろうとする泥棒ネコさん」
「あら。彼はたまたまこのアイリーンのファンだっただけじゃない」
「む。それはそうだけど」
「まあ、ガチ恋勢なんて迷惑なだけだけど!」
「それ、彼に言ってあげなよ。百年の恋も冷めるんじゃない?」
「ストーカーになる人が多いのよ。それ」
がっくりと項垂れるアイリーン。
「まったく。そんなのばかりね」
苦笑するわたし。
なんで人間ってこんなにも醜いんだろう。
なんで自分の感情を抑えることができないんだろう。
特に負の感情を。
わたしに対する報復も。
愛を知っているからこそ、その行為に疑問を覚える。
そんなことをしても何も戻りはしない。
憎しみは憎しみを呼ぶだけ。
あんなことをするのはわたしだけにすればいいのに。
他の者を巻き込む理由がない。
「あら。あなたもけっこうな闇を抱えていそうね?」
「生きていれば人の闇を知るわよ」
「それでも生きているのは愛ゆえかしら?」
「そうかもね」
苦笑いを浮かべていると、アイリーンも渋面を浮かべる。
「まったく。お互いいいことなさそうね。でも動物たちは最後の最後まで人間を信じているもの」
「そうだね。それを知っている人が少なくて」
「わっかるー!」
今どきの子らしい発音をするアイリーン。
なんだろう。
この子と一緒にいると鏡を見ているような気分になる。
「それにしても、あなた。このアイリーンとそっくりね」
「そうだね。でも、あなたとは違うよ?」
「それはこっちのセリフね。キミ、可愛い顔して可愛げないし」
「いいじゃない。可愛がられるだけが人生じゃないもの」
「それをアイドルに言うんだね。ロードスターは」
「……それもそっか」
アイドルはみんなに可愛がられるために生きていると言えよう。
まるでわたしの夢を他人が叶えているような気がする。
そう見える。
「まあ、いいわ。ロードスターとあの人を連れて今度ライブに来てよ?」
「いやよ。なんで会いにいかなくちゃいけないの?」
「そうなるわよね。でもペットショップで会えるか」
「維持でも会いに来るパターンだね」
「悪い? アイリーンは自分の欲望に忠実なのよ」
「あなたも百合なの?」
「まさか。そんなのフィクションだけでしょう?」
いえ。サラちゃんがいるんだよね。
アイリーンは現実を知らないから、そう言えるんだ。
「そう思いたければ。どうぞ」
「へー。なるほどね。良い出会いがあったんだね」
そうやって談笑をしているうちに夜が明けてくる。
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