第21話 アリスの一番冴えた世界平和
「そっか。わたし学校にはいけないんだ」
「どうしたの? アリス」
お母さんが心配そうに覗き込んでくる。
でも殺されそうになった、というのは自分自身ショックで声にできないでいる。
「今日、休む」
「何かあったのね。分かったわ。学校にはお母さんから伝えておくね」
「うん。ありがとう」
その日の午前中は動物たちの世話をすることにした。と言っても骨折したから片手での作業になる。
今まで、こんなに不自由さを感じたことがないけど、これではうまくお世話ができない。
包丁を使っての食事の準備に手間がかかる。
うんちを袋に入れるのに時間がかかる。
ブラッシングするときに神経を使う。
なんだか、いつもの五倍疲れた気がする。
汗を拭うと、わたしは自分の部屋でベッドに横たわる。この時も右腕をかばうように動かすから、大変だ。
少し眠ろう。
昨日は恐怖で眠れなかった。
また殺されるんじゃないか? と。
一応、自警団には話をつけている。
でも、相手が捕まるかどうかは分からない。
それでもわたしは自分の安全を確保したい。
不登校という逃げの一手だったけど、しかたないと思う。
これ以上はどうしようもない。
そう言い聞かせて、お昼ご飯にする。
お母さんが作ってくれたパスタだ。
食べるのにも一苦労しながらだ。
「やっぱり利き手じゃないと不便よね?」
「うん。何をやるにしても大変だね。すぐに治ってほしいんだけど……」
書籍とかでは回復魔法とか蘇生魔法とかあるけど、そんなものは空想上の魔法だ。この世界にそんな都合の良い魔法はない。
都合良い世界なんてないのかもしれない。
力を得たら、それに見合うだけのデメリットがあるのかもしれない。
だからわたしは《ビーストテイマー》というスキルで苦労をしている。不幸になっている。
わたしはただ仕事をして、みんなを笑顔にしたいだけなのに。
どうしてそううまくいかないのか。
「幸せを願うのって、いけないことなのかな……」
涙目で呟く。
「そんなことないわよ。あなたは良くやっているわ。自慢の娘よ」
お母さんはそう言いながら寄り添い、頭を撫でてくれる。
「……」
優しいお母さん。大好き。
でも今は何も答えられなかった。
ちょっと悲しそうな顔をさせてしまった。
その罪悪感からか、食欲不振になった。
おいしいはずのパスタも、味が分からなくなるほどに。
マリアさんがお世話をしている横でわたしはぼーっとしていた。
マリアさんがこんなに働きものだって知らなかった。
まあ他の人はみんな学校に行っているから当たり前かも。
わたしが見ていたのはほんの一部なんだな、って思った。
その一瞬を切り取って勝手に仕事をさぼっていると思い込んでいた。
わたしたちが学校に行っている間、世話をしてくれたのはマリアさんとお母さんなんだもの。
午後五時になり、サラちゃんとロビンくんがお店を訪れる。
もちろん仕事をしにきたのだ。
わたしの代わりにしばらくは二人とも働いてもらうことになる。
「ごめんね。わたしのせいで……」
サラちゃんが近寄ってきて、デコピンをする。
「そんなしけた顔しない。ちゃんと前を見る。あたし怪我人を見捨てるほど、馬鹿じゃないよ」
「そうですよ。怪我人は黙って治療に専念してください」
「……ありがとう」
何も聞かずにいてくれる二人の存在がありがたく感じた。
「でも、アリスさん、何か考えがあるのでしょう? 少し聞かせてください」
「ええと。うん。いいよ」
サラちゃんとロビンくんを集めて、わたしの作戦を伝える。
「それはいい考えね」
「でも賭けだよ。うまくいくとは限らない」
「やれるだけのことはやらないと、後悔することになりますよ」
ロビンくんがギュッと拳を強く握っている。
「それで、世界が平和になるなら、僕はやってみたい!」
「そうね……」
同調してくれるとは思っていなかったから、少し嬉しい。
「じゃあ、道のりを知っているアリスさんが行くのは前提として……」
「今度はあたしにいかせなさい!」
サラちゃんが前に出る。
「でもキミは動物の魅力を伝えられないですよね?」
「ぅぐ……!」
サラちゃんは動物と触れあえるようになったけど、詳しい生態とかは知らない。
「それにアリスさんのサポートなら力仕事は必須です。男の僕が行くべきでしょう」
目をパチパチと
この人は本当にあのロビンくんだろうか?
「ど、どうしたんですか? 呆けて」
「いや、ロビンくんらしくないなーって思って」
「そう思われていたんですね。でも僕ももう覚悟を決めました。一緒にいるならそういった覚悟も必要なんですよね。ビーストテイマーと寄り添うなら」
わたしと一緒にいる以上、覚悟を持って接する必要がある。
そんな覚悟が必要というのがちょっとショックだった。
わたしは普通に生きて、普通に生活したいだけなのに。
「もう、分かったわよ。今回も譲ってあげる。でも今度のアニマルクイズ、全問正解してみせるからね!」
サラちゃんは胸を張って言う。
「アニマルクイズ?」
わたしは疑問に思いサラちゃんに訊ねる。
「ま、僕が考えたクイズで、動物たちの仕草や習性、生態をクイズにするんです。そこで認められれば一人前のペットショップマスターになれるわけです」
「わたし、受けていないけど?」
「一番知っているのがアリスさんだからですよ」
焦ったように言うロビンくん。
確かにわたしはそういったものに詳しい。
でもだからってハブられるが嫌なのだ。
つくづく子どもみたいだ。
自分の思い通りにならずにごねている子どもだ。
覚悟を決めたロビンくんとは雲泥の差だ。
頑張ってきたつもりだけど、それだけじゃない。
ロビンくんもサラちゃんもここ一週間で成長を見せている。
それは喜ばしいことなんだけど、わたしは檻の中から二人が歩いているのを見ている気分だ。
サラちゃんも動物に触れて世話をするようになったし。
なんだか、わたし置いてけぼりだね。
「それに御者は僕しかできないし」
ボソッと言ったロビンくんの言葉は重く感じた。
「確かに……」
わたしも思わず呟いた。
「じゃあ、出発は二日後。明日準備を済ませて、明後日には移動開始、ですかね?」
「うん。いいと思う」
「そんなに準備することある?」
サラちゃんが渋面を浮かべている。
「三日の行程で、動物たちの世話をしなくちゃいけない。食事の用意も、衛生面も気をつけるけど、動物の種類は減らすしかないかもしれないんですよ」
「ふーん」
興味のなさそうな返事を返すと、サラちゃんは苛立った様子を見せる。
「あとでアリスさんとゆっくり話すべきですね」
サラちゃんの背を押すロビンくん。
「え。まあ、え……」
彼の言葉に驚きを隠せないサラちゃん。
「うん。いっぱい話す」
「サラ、ちゃん?」
ロビンくんが表に立つと、マリアさんと会話をしているようだ。
「あたし、ずっとアリスちゃんに憧れていた。ずっとずっとそばにいたいと思った。だってあたしアリスちゃんのこと好きだから――」
「……うん。ありがとう。わたしも好きだよ、サラちゃん」
「ん。でも好きの意味が違う」
「え?」
「なんでもなーい。それよりも! ロビンのことはどう思っているのよ?」
「え。べ、別に。ただの同僚だよ」
「本当かな~?」
ニタニタと笑みを浮かべているサラちゃん。
「ホントだってば!」
「はいはい。分かったの。でもうかうかしているととられちゃうよ?」
「だから~」
クスクスと笑うサラちゃん。
まさかね。同性だし。あり得ないよね?
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