共喰いの船 voyage de nuit
瑞崎はる
プロローグ
第1話 シロワニの子
永い夢を見ていた。
気づくと、白々と明けていく空を眺めていた。
いつから、ここにいたのだろう。
ここは酷く静かで誰もいない。
…胸にポッカリ穴が空いたような…
立ち上がりかけて、足下が
「血…?」
認識した途端に特有の甘ったるい味が口の中に広がった。その生々しく嫌な感触に背筋がゾワゾワとなり、吐き気が込み上げてくる。
…これはいったい…?
全く何も覚えていないのに、何故か不吉な予感に胸がざわついた。これはとても良くないもの、だ。
不快感にえづき、耐えきれずに足下に嘔吐する。ビシャリとぶち撒けた消化途中の黒っぽい吐瀉物にゾッとなる。
何度か嘔吐した後で、着ていたシャツの裾で気持ち悪いヌメリを拭う。よく見ると服のあちこち血がついていた。固まりかけて粘って張り付く布地の気味悪さにたまらなくなってシャツを脱ぎ捨てて、気がついた。
――【シロワニノ子ハ二】
腹の辺りに釘で引っ掻かれたような消え入りそうな小さく細い字が見えた。自分がパッと読める向き…つまり、他人から見ると上下逆に書かれた文字。傷は浅く血はすでに止まっていた。
…シロワニ?白いワニ?
覚えていないのがもどかしい。シロワニという言葉はどこかで聞いたことがあった。優しい声と滑らかな髪。滴り落ちる涙…白く柔い肌。甘く愛しい唇の感触…
…あれは…誰?
思い出してはいけないような気がする。
同時に忘れてはいけないような気もする。
知るのは恐ろしい。でも、知りたい。
…このままではいられないのは、確か、だ。
そう決意すると、【記憶】を求めて一歩踏み出した。
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