第一章:bon voyage!(白石成道)
第2話 Day1:10/10 【2FセレモニーホールⅡ 】
ざざん。ざざん。チャプ。
揺れる…波の音。
くらくあたたかな水に満たされ、
ユラリ漂う船が二隻。
それは彼らの命の【ゆりかご】。
それは彼らの生き残りをかけた【戦場】。
シロワニの胎仔は
一つの子宮に生き残るのは一匹だけ。
優れた遺伝子を残すため。
それは自然な生存戦略。
――――嗚呼、もうすぐ
軍事科学部門を始めとする多角的な新規事業を展開し、多くの企業を買収するなどしてのし上がった【SANDORAグループ】の元CEO【
彼は自分の遺伝子を残すと共に、SANDORAグループの増々の発展と存続のため、最も優秀な後継者を作り上げたいと強く願っていた。そして、様々な人種、様々な特徴をもつ優秀な女性(卵子)を世界中から集めて、自分の遺伝子情報と掛け合わせ、組み合わせた。さらに、親の情報を子に伝える設計図である遺伝子を切り取り、書き換える技術【ゲノム編集】により遺伝子を改変した子供たちを生み出した。
人が生命に関与するのは、許されないのか、まだ早いのか。
その…神の領域を侵すかもしれない行為の代償として、多くの受精卵、
受精卵の時点では数えきれないほどいたものが、十七年の歳月を経て、現在生き残っている子供たちは両手両足の指で数えられるくらいの数しかいない。
健康で優秀な遺伝子を持ち、それぞれの特徴に合った最高水準の教育を受けさせられた子供たちは、なるべく偏りがなくなるように人為的に考慮され、二つのグループに分けられた。各グループの子供たちは、大海原にぽっかり浮かぶ大きな二隻の小型クルーズ船【ドゥオウテルス】にそれぞれ乗せられた。
左と右。何もかもが双子のようにそっくりな船。
空と海。遮るものは何もなく、陸地は見当たらない。
船と船の間は遥かに遠く、互いに交通していない。海は穏やかなようでいて、波間から見える特徴的な三角形の巨大な背びれが恐怖を
子供たちは自己紹介をした後で、全員が全員、一度もお目にかかったことのない生物学上の父【和邇士郎】氏の異母兄弟姉妹であることを知った。
これはいったいどういうことか…皆で手分けして、窓のないアンティークな様相の室内を探索し、木目の美しいアンティークのリビングチェストの下から二段目の抽斗の中から一通の封書を発見する。さっそく、開封してみると、一枚目は名簿だった。
【開始時の胎仔は十。齢十七。雌雄は同数とする】
①青山 蓮也(M) アオヤマ レンヤ
②赤城 烈(M) アカギ レツ
③天野 翠(F) アマノ スイ
④石黒 奏汰(M) イシグロ カナタ
⑤草野 裕翔(M) クサノ ユウト
⑥小嶋 葵衣(F) コジマ アオイ
⑦白石 成道(M) シライシ ナリミチ
⑧月城 美墨(F) ツキシロ ミスミ
⑨林 朱音(F) ハヤシ アカネ
⑩悠木 茉白(F) ユウキ マシロ
【終了時は一若しくは零。齢十八を以て和邇の後継と成る】
子供たちのうちの一人、【
「全員、この名簿に名前が載ってるみたいだね。胎仔とか雌雄とか、動物扱いされてるのは、あんまりいい気持ちしないけど」
石黒の口調はこんな状況であるにも関わらず、穏やかなトーンで焦りや動揺を全くを感じさせなかった。聡明で知的な人物であることを感じさせる。
…こいつとなら、友達になれそう…
白石は少しホッとした。あまり社交的ではないので、誰も知り合いがおらず、逃げ場のないこの状況が心細くて仕方がなかったのだ。
「全員十七歳だっけか?みんな高2?」
キリッとした目元の少年が全員を見回す。彼は【アカギレツ】だったはずだ。やや小柄だが
「僕は高3だよ。3月生まれなんだ」
石黒が応えると、綺麗な黒髪ロングヘア、黒ブレザー制服の少女が「私も4月1日生まれなので高3です」と、遠慮がちに手を挙げた。たまたまかもしれないが、この二人は同じ17歳とはいえ、大人びた印象で落ち着いているように見えた。
「でも、こんな状況下で先輩風を吹かすつもりなんてないから。たいして変わらないし、タメ口でいいし、【石黒】って呼び捨ててよ」
「私も同じくです。【
二人の気さくで穏やかな雰囲気に緊張していた場の空気が和む。皆も口々に同意し、二人にならって、男は名字の呼び捨て、女は名前の呼び捨てで呼び合うことになった。先輩と思わなくていいと言われたが、藁にもすがりたい状況では、この優しくて頼りになりそうな年上二人にリーダーシップをとってもらいたいのが、白石の本音だった。
しかし、書類の二枚目に移ったところで、全員が凍りついた。
【乗船者十名は以下のウィルス性疾患に罹患している】
【不夜病(ヒト致死性消耗病)】
脳を標的とするウィルスの攻撃により、主に脳の視床領域の一部が機能しなくなる。また、夜間に興奮状態となる。症状は幻覚、記憶力の低下、体温の上昇、攻撃性の増大、大量の発汗など。興奮がピークに達すると数十分から小一時間程度、活動停止状態になり、糸が切れたように眠る。また、記憶力については日没後に起きた出来事を全く覚えていない状態になる。(リセット症候群)
病状が進むと眠ることができなくなり、やがて認知機能障害をきたす。昼夜問わず感情のコントロールができなくなり、苦しみや悲しみといった感情や痛みの刺激に対して、嬉しそうにニタニタしたり、大声で笑うといった反応が起きる。(狂笑症)
感染後三日から一間前後で認知の歪みが進行、栄養補給対象が同種の【ヒト】に限局され、食人を渇望するようになる。罹患者が人を襲うようになってからは数日で死に至るケースが多いが個人差があり、充分にヒトを摂食することが可能な環境下では十日以上生存したケースもある。(食人鬼化現象)
【よって、乗船者の人格その他の素養に関わらず、夜間においては身の安全は保証できない。これは先天的或いは後天的に獲得した能力を無意識下において競わせる試みである。各個体が不測の事態に瀕した際の生存本能に基づく判断、行動とその結果を評価することを目的とする。】
【古今東西、複数の血縁者による熾烈な争いで、家や会社が分裂したり、弱体化したり、傾くというケースは往々にして起こり得る。我がSANDORAグループの後継は必要最低限しか要らない。よって、左の船においては、期待する生存者は一名のみ。】
【なお、乗船中の小型クルーズ船内には食料、水、電気等は全員が自由に使用しても一週間もつ程度の備えがある。食料については少ないと思うかもしれないが、途中からは不要になる者が出ることを鑑みての必要充分量だと思っていただきたい。船内で生き残った一名については治療薬を投与する準備がある。こちらとしては、競争の場を日中の意識下に移して競ってもらうこともやぶさかではない。船外については
改めて、一人ずつ回し読みした後の室内には重い沈黙が訪れた。これはつまり、人食い鬼になるウィルスに感染させているから、クルーズ船に乗せられている十人で争い、最後の一人になるまで殺し合えということか。
―――
治療薬が存在するのなら、全員殺さずに救う道もあるのではないのか。自分の都合で不要な全てを切り捨てる容赦ないやり方に目眩がする。そもそも、致死性ウィルスに意図的に感染させること自体が悪魔の所業だ。世界でも特に治安がいいと言われるこの国で、こんな違法で非人道的なことが起こるなんて、とても信じられない。
しかし、高価なクルーズ船を海上に放置し、食料や水、いかにも高級そうな調度品にまで莫大なお金をかけて、十人もの人を危険なウィルスに感染させて殺し合いをさせる馬鹿げた道楽のメリットが全く思い当たらない。
そう言えば、母親は常々「あなたは特別な子供なの。大事に育てなきゃ」と言っていた。お腹を痛めて産んだ我が子を大切にしているのだと思っていたが、眠らされてここに来る前…「和邇士郎に選んでもらえたらいいね」と意味深なことを言った。夕飯の時の話だ。そう。その後、急に抗いがたい眠気に襲われた…食事に何か混ぜられていたのか…?信じたくない気持ちはあるが、本能は警鐘を鳴らしている。
「嘘、だよね…」
茶色いブレザーに赤チェックのネクタイとスカートの制服を着た、どこか小動物を思わせる可愛らしい少女…
「僕も信じられないよ」
朱音の隣にいた少年が頷く。
ネイビーのブレザーにグリーンのネクタイ。清潔感のある爽やかな少年…確か草野という名字だった。
「帰りたい。どうしたら帰れるんだろう」
それはここにいる全員の総意でもある。恐ろしい文書のことはいったん頭から追い出して、今は出来ることをするのがいいだろう。その方が心の安定にも繋がる。わからないことは不安を生む。周囲や相手を知ることによって、事態を好転させる何かが掴めるかもしれない。
「とりあえず、僕は船が動かせるか…
石黒が先頭を切って、室外の探索に出ることを宣言してくれた。何があるかわからない状況で、未知の世界に最初に出るというのはとても勇気ある行動だと思う。最初の印象で間違いない。人任せにせず、有言実行しようとする石黒という少年は誠実で頼れる人物だと確信する。
「俺も行くよ」
白石も立ち上がって、部屋に一つしかない古めかしく頑丈そうな扉に向かった石黒を追う。
「ありがとう。一人じゃ心細かったんだ。助かる」
しかし、後に続く者はいない。
「あの…待っててもいい?私…怖い」
水色シャツに白ベスト、灰青色のプリーツスカートの制服で、薄青い色の瞳の
「いいよ。気にしないで。戻って来たら、部屋の外がどんなだったか報告するね」
石黒はにこっと微笑んでみせる。リーダーシップがとれる上に、優しくて懐も深い。この殺人ゲームの主催者の求める後継者とは石黒のような人物じゃないか…と、ふと頭をよぎった。もしかしたら、モニターか何かが設置されていて、船内の乗船者らの様子を観察し、行動を評価されているということもあり得る…
「石黒…さん、すみません。でも、次は俺も行くから」
続いて、群青色の学ランの青山が勢いよく頭を下げた。赤城も石黒をじっと見つめながら「俺もパスだ。すんませんねぇ」と言った。
「了解。でも、二人とも敬語はナシで」
「行ってきます」と、扉のノブに手をかけた石黒だったが、「私も行く」という少女の小さな声に驚いた様子で振り向いた。黒髪ショートカットに翡翠色の瞳の少女が立っていた。それは白石の隣にいた少女だった。意外な意思表明に白石も内心驚いている。この少女は自己紹介の時に名乗っただけで、その後は一度も口を開かなかった。
「じゃ、君も一緒に来て」と、石黒が声を掛けると、その少女…
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