第18話 【白銀少女と白科学者少年】
【
…でも…今思えば可能性は充分にあった。
我を忘れて石黒の血を
プラチナブロンドの少女…茉白は最初に研究室に侵入したのを目撃した時にはすぐに逃げて行った。その時の茉白の目的はわからないが、こちらは二人で、そのうち一人は男の白石だとわかったのだから、もう襲って来ないのだろうと思い込んでいた。
…まさか、石黒達が行ってから30分も経たないうちに来るなんて。まるで、見計らったかのように。
暁ワクチンのことで気が
…
朱音は石黒と一緒にいたし、葵衣は依然として行方がわかっていない。それに、茉白はすでに草野を殺しているという情報もあった。考えてみれば、非力で研究室から動けない翠と白石が危険なのは、火を見るよりも明らかだった。
「白石、血は止まりそうか?タオルとって来ようか?止血剤をもっとかけた方がいいんじゃないのか?痛いか?あぁ…痛いよな…痛み止め追加するか?」
オロオロすることしか出来ない翠を見て、白石は苦笑したようだった。翠は白石の右上腕の肩に近い側を縛り、止血のための応急処置をした。これ以上、翠の今できることはなさそうだ。
「大丈夫だって。血はだいたい止まったし。メスってよく切れる分、傷は案外綺麗で痛みも平気。もう引っ付いてんじゃね?それよか、フィロウィルスの方が気になるぜ」
「それは!今晩には暁ワクチンの精製が終わるから!増殖スピードは暁ウィルスが一番早い。暴露してからでもそれを打てば、先に暁ウィルス抗体ができるからどれにかかってても重症化しない。私はそういう風にプログラムしている!そうしてあるんだ!罹患中の不夜病ウィルスも拮抗するし、持病のない健康体の成人がオリジナルのフィロウィルスに罹患しようが簡単に死ぬことはない。だから、な、落ち着け落ち着け」
「ハハ…俺より、翠ちゃんの方が焦ってるってば」
白石は弱々しいとはいえ、呆れたように軽口を叩いた。流れの早い動脈ではなかったが、それなりの太さの静脈を切られている。結構な量の出血があったため、白石の顔色は良くなかったが、翠の背を安心させるように怪我していない方の手で撫でてくれていた。
白石が気にしているのは襲ってきた茉白との攻防中に作業台にぶつかり、混合培養中のフィロウィルス培地を茉白がひっくり返して浴びたことだ。その時、白石は近くにいたのだが、培養液の飛沫を浴びていなかったので、暴露していない可能性が高い。しかし、傷を負っていたことが懸念される。感染リスクゼロというわけではない。
研究室内は陰圧管理されているから、ウィルスが漂って広がることはない。フィロウィルスの感染経路は体液の接触によるものであり、空気感染は起こらないとされる。よって、3メートル以上離れていた翠へのウイルス暴露の可能性はおそらく無い。
ウィルス汚染直後にスプリンクラーを作動させて消毒液を散布したので、研究室の前室で
万が一、白石が感染していても体内でウィルスが増殖して発症し、ウィルスを周囲にまき散らすようになるまでは人に感染させることはない。最も危険なオリジナルのフィロウィルスの潜伏期間は2日。潜伏期間がほぼ0日の遺伝子操作した他の3種よりも長い。つまり発症が遅い。暁ワクチンさえ接種できれば、理論上は何とかなるはずだ。
しかし、翠は不安で不安で仕方がなかった。
…なぜだろう。白石の血の匂いは甘くない。鉄臭く不快な匂い…嗅ぎ慣れた通常の…
隠し持っていた医療用メスで白石の右前腕を切り裂いた茉白だったが、茉白は流れた白石の血を
…これは何を意味するのだろう。嫌な予感がする。
こんな時に頼りになる石黒は、茉白と葵衣を見つけて連れて来るか、暁ワクチンが完成する夜更けになるまでは戻って来ない。
再び、茉白が襲来したらどうすればいいのだろう。翠は腕力には自信がない。でも、何としてでも怪我をした白石を守らなければならない。それに…
…茉白は顔面にウィルスを含んだ培養液を浴びた。目にも入っていたからおそらく発症するだろう。
感染力は血液を介してであれば、感染率ほぼ100%、平均致死率70%。なんとかして暁ワクチンを打っておかなければ、茉白は早ければ2日後に出血熱を発症する。医療者はおらず、対症療法すら満足にできない。絶望的な状況だ。あの時、茉白は消毒液スプリンクラーに驚いて逃げてしまった。状況を伝えられなかったのが本当に悔やまれる。
そして、今晩にも不夜病ウィルスで、
…もし、ワクチンを打てなかったら。
茉白が、葵衣が、朱音が…そして、自分自身も。
…いったい、どうなってしまうのだろう。
翠は足が震えてきた。そんな翠に白石は「落ち着け」と言った。
「翠ちゃん、心配しなくても大丈夫だぜ」
「なんで、白石はそんなに楽観的でいられるんだ?」
白石は澄ましたような表情を作り、トボけたような口調でのたまった。
「【疑心暗鬼にかられちゃうと、どんどん追い込まれてネガティブ思考になるんだよ。どんな時も希望を忘れずポジティブに行きたいよね】」
そのモノマネは飄々とした【彼】の特徴をよく捉えていた。
「アイツはみんなで助かるって言ったんだ。あと、船から降りたら、翠ちゃんを絶対落とすってさ。アイツ妙にマニアックだし、うっかり付き合ったら布面積少なめでスケスケの超エロい服着させられるかもな。マジでヤバいぜ、石黒は。翠ちゃん、もう俺にしときなよ」
「おい。白石もなんかチャラくなってきてないか?石黒の悪影響だな…」
白石の言葉に不安と緊張に締めつけられていた心がふっと緩んだ。翠の脳裏に自意識過剰だけど、とても頼りになるスパイ少年の顔が浮かぶ。なぜだか笑いまで込み上げてきた
…私達には石黒がいる。
翠は自分に起きている心の変化に戸惑いながらも、震えが止まって、落ち着きを取り戻せたことに安堵した。
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