第19話 専属契約

 サラがポンコツになってしまった。

 まさかこんな愉快な為人の持ち主だとは思わなかったけど、面白いから見てるってわけにもいかない。


「サラ。落ち着いて。サラ」

「アリア。あの剣欲しいんだ。買ってくれ」


 ねだられちゃったよ。

 私は思わず、お菓子を欲しがって手足をジタバタさせる幼児を幻視してしまった。

 どうしろってのよ。一体。


 ため息とともにメイコンに向き直る。


「どうも、お見苦しいところをお見せしちゃって」

「かまいません。嬉しです」

「嬉しい?」

「おじょさんたち、みんな鬼切の価値知ってくれました」


 こんなに取り乱してくれて嬉しく思う、と、メイコンが鷹揚に笑う。

 本当に意地悪な御仁だ。


「私の負けです。このカタナの価値も見当がつきませんし。言い値で買わせていただきます」


 仕方なく白旗を掲げる。

 悔しいけどね。


「では十五シーリンでいかがですか。おじょさん」

「あれ? 意外と……」


 良心的な価格? 二十シーリンはくだらないだろうって思ったのに。

 メイコンがにやっと笑う。


「安い思ったですか? アリアニル」

「いえ……そんなことは……」

「であれば、その分がワタシからアナタへプレゼントです。今後ともよろしく」


 すっと右手が差し出された。


 ああもう!

 悔しいなぁ!

 昨日の意趣返しってことかー。


 青磁の壺を私は見立てより高く買った。それは詫び料こみで、今後もメイコンとの商売関係を維持したいと思ったからだ。

 彼がカタナを安く売ってくれるのは、攻守逆転して同じ意味である。


 壺で儲けた分、カタナで儲けさせてくれたってこと。

 小憎らしいくらい粋な商人である。


「一度、ライールにきてみませんか?」

「ゼヒゼヒ」


 握り返して笑う私に、メイコンは大きく頷いてくれた。






 すーっと深く、静かな呼吸。

 空気がぴんと張り詰める。

 かすかな、ほんのかすかな葉鳴り。

 次の瞬間、サラが動いた。

 ちん、とカタナを鞘に収めた音で、私は彼女がすでに抜刀していたのだと知る。


「斬れてるよ。バッサリ真っ二つに」


 アウィがすたすたと歩み寄り、草束を持ち上げてみせた。

 すり抜けざまに一閃したんだってさ。

 もちろん私は影を捉えることすらできなかった。


 とにかく鬼切というカタナはすごい逸品らしい。

 ジュリアンにも私にも、もちろんオリバーやトムスにも武器としての善し悪しはわからないので、サラに試し切りをお願いしたのだ。

 場所を宿の内院なかにわに移して。


 で、美貌の傭兵が妙技を披露してくれたわけである。


「そんなすごい剣なら、いっそ王様に献上するって手もあるよな。明日王城に行くんだし」


 無邪気にジュリアンが言った。

 それはそれで手ではある。マコロン織物で王様とは繋がりができたわけだけど、まだまだ充分なコネクションとはいえない。


「それも手かもしれないけど」


 ちらっと私は内院に視線を投げた。

 そこにはちょっと信じられない光景が展開されている。


 クールビューティーを絵に描いたようなサラが鞘ごとカタナを胸に抱き、顔を真っ赤にしてふるふると震えているのだ。

 目には涙までためて。


「義兄さん……」

「ま、無理だよな。恨まれるなんてレベルじゃないだろうし」


 皆まで言わせずジュリアンが肩をすくめた。

 サラがそこまで執着するのであれば、鬼切は彼女に進呈するのが良策だろう。もちろん無条件ではなくてね。


「なあサラ。そのカタナをプレゼントするから、マコロン商会の専属になってくれないか?」

「承知した」


『即答かよっ!』


 私とアウィのツッコミがユニゾンする。


「即断即決が傭兵の身上だからな」

「姉上はカタナに目がくらんだだけだよね」


 やれやれとアウィが両手を広げてみせる。

 彼女の意向すら確認しないで決めちゃう姉に呆れてはいるけど、怒ってまではいないようだ。


「アウィも専属になってれる?」

「もちろん。断る理由はないからね」


 そういって右手を差し出してくれる。商人流に合わせて。

 傭兵流だと、簡単に利き腕を他人に触らせたりしないんだってさ。

 もっとも、左右二本の短剣を操るアウィの場合は、どっちが利き腕なんだか判らないけどね。


「ありがと」


 私はアウィの手を握り返す。

 同い年の女性の手とは思えないほど固くゴツゴツした、まさに武人の手だった。 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る