第28話 魔法使い
街道を東へ東へと進んでいく。
基本的に使うのは主街道。抜け道なんかは使わない。
近道したあげく迷ったとか、ぬかるみにはまって動けなくなった、なんて洒落にもならないからね。道幅が広く整備状況も良いってことが最優先だ。
とはいえ、ずっと街道が整備されているわけじゃない。
フィルスバート王国はわりと整備されている方だけど、それでも辺境に行けば行くほど道は荒れていく。
街道というより、村と村を結んでいる生活道路って感じになっていくの。地図だって役立たずになるしね。
そういう意味でも踏破しているメイコンたちはすごいんだ。
村に立ち寄るたびに情報を集めて、次の村がどこにあるか調べながら、西へ西へと旅をしてきた。
言葉では言い表せないほどの苦労があったんじゃないかなあ。
そうやって、血のにじむような苦労をして開拓した道程を、私たちも使わせてもらうわけで、メイコンの大人物っぷりに恐縮しまくりである。
冗談抜きにね。
セルリカとフィルスバートを往復できるルートの情報なんて、金額が付けられないくらいの価値があるから。
ちゃんと街道が整備されて誰しもが普通に行き来できるよってことになるには、五十年百年って時間がかかるだろう。
それまでは、メイコンのリ商会と私たちのマコロン商会だけが、
「数年後には王国で一番の商家になれるわね」
私はにやりと笑う。
マコロン織物と東方セルリカとのパイプ。この二つの武器だけでもすごいのに、モルト公爵家にも王家にも繋がりができた。
これで成り上がれなかったら、私たちマコロン商会の経営陣はちょっとばかり無能すぎるだろう。
「義姉さんが悪い顔をしている。具体的には悪徳商人の顔だ」
横に座るオリバーがからかってきた。
いやあ、あんたもなかなか悪い顔してるわよ。
最初に逗留するのは、隣国エネサンドの王都ミッシクル。
私たちのフィルスバードとは、お互いに婚姻政策とかやったりして友好関係を維持している。
国力的にもほぼ拮抗するから、戦争なんかしたら間違いなく泥沼化しちゃうからね。
争わないって方向で互いに努力しているらしいよ。
ライールからミッシクルまでは、ほぼ一ヶ月。
途中はちゃんと宿場に寄り、旅籠に泊まって疲労を回復させながら進んでいる。
どうしても国境が近づくにつれ、宿も食事も貧相になっていくけどね。
こればっかりは仕方がない。
そのかわり都会に近づくとどっちも良くなっていくんだ。
都会に近づくわくわく感と、街から離れる寂しさは、旅の醍醐味といってもいいだろう。
「アリア、ミッシクル逗留は三日予定ね。ちょとゆくりできる。街をみてくるよろし」
とはメイコンのお言葉である。
とくに商売の予定はないが、英気を養う意味での休暇らしい。
基本的に宿場では一泊しかしないからね。
三日の長逗留はけっこう羽を伸ばせるだろう。
「やった! それじゃメイコン。デートしましょう」
「なにがそれじゃなのか、ワタシさっぱりわからないです」
困った顔で、メイコンがオリバーとアウィを見た。フィルスバートの女性はみんなこうなのか、と、表情にありありと書いてある。
対する義弟と傭兵は、無言のまま首を振った。
こっちはすっごい疲れた顔でね。
なんだこいつら、裏切り者ばっかりじゃん。
そんなわけで翌朝、私とメイコンは連れだってのみの市を訪れていた。
一国の王都ともなれば、毎日どこかに市が立つものだからね。
露店を冷やかしながら目を鍛えようってのが私の目的である。メイコンは師匠役ね。
「ワタシの認識では、それ修行いいます。デート違いますね」
「いいですかメイコン。デートに決まったカタチはありません。すべてが正解なのです」
「アリアの論法、詐欺師みたいですね」
「邪推です。気のせいです」
笑い合いながら露店を冷やかしていく。
美術品、雑貨、刀剣類、扱われている品物も様々だ。
そんななか、人だかりができている店がある。
「なんでしょう? あれ」
メイコンの手を引き、ぐいぐいと向かっていく。
「アリア。好奇心は猫を殺すという言葉ありますね」
呆れたような声。
なーんにもきこえないもーん。
近づくにつれ、マジックアイテムだとか錬金術だとか、だいぶうさんくさい言葉が聞こえてきた。
そんなもん、そこらへんにゴロゴロ落ちてない。
まあ、マジックアイテムを語ったインチキ商品ならゴロゴロ落ちてるけどねー。
「行ってみましょうよ! メイコン!」
「あいやー……」
苦笑を浮かべ、されるがままだ。
わがまま娘に振り回されるお父さんって感じかな。肌や髪の色は全然違うけどね。
やがて見えてきたのは屋台で、テーブルのあるタイプだ。
浅黒い肌と漆黒の髪が異国風の中年女性が、詰めかけた人々の前だ魔法を披露しているらしい。
「こいつは種も仕掛けもある魔法だ。金貨によっちゃあ教えてあげることもやぶさかじゃないよ」
なんて口上をのべてる。
人々は本当に、きょとんとしちゃってどうして良いか判らないって感じ。ざわざわとざわついてる人までいるよ。
そうこうするうち、女性が実演を始める。
何度もやっているのだろう。
テーブルに並べられた壺の中から、ひとつを手元にもってきたのだ。
「こいつが朝からここに置いてあったのは、みんな見ているね?」
女の言葉に、客たちがこくこくと頷く。
ぐるりと見渡してにやりと笑った女が、壺の中から取りだしたのは生肉の塊だ。
おいおい、夏だよ。
テーブルの上に野ざらしにいてたら、すぐに腐っちゃうじゃん。
私の、えーって顔に気づいたのか、女がちょいちょいと手招きした。
「お嬢ちゃん。この肉が腐ってるかどうか、触ってみなよ」
「ええー……、て、冷たっ!? なにこれ!?」
おそるおそるっていうか、けっこういやいや手を伸ばした私の指先に伝わってきたのは、この季節にはあり得ないような冷気だった。
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