第27話 実家に挨拶


「ひぃっ!? アリア!?」


 久しぶりに会った実父は、私の顔を見るなり怯えた。

 なにさ、その反応。

 あまりにも不本意すぎる。


「ほら、商売で成功したから復讐にきたとか、そういうやつ?」


 母が笑いながら解説してくれた。


「どういう趣旨の小芝居なのよ。それは」


 どんなに金持ちになったって、平民が貴族をどうこうできるわけがない。貴族が平民を殺しても罪に問われることはないけど、変民が貴族に怪我をさせたりなんかしたら罪は親兄弟にまで及ぶ。


 それが身分差ってやつだ。


 金銭の面ではマコロン家はアズラル伯爵家を凌駕している。それは事実だけど、だからといって横柄な態度をとったら物理的に首が飛んでしまうのである。


「久しぶり。元気だった? マコロンは良くしてくれている?」

「大きな商売を任せてもらってる。けっこう充実してるよ」


 抱擁する母を抱き返し、私は笑ってみせた。


 貴族の娘であったときには考えつかないような金銭をやりとりし、傭兵を雇って冒険し、ついには異国にまで足を伸ばす。

 有為転変とはよくいったもので、一年前には想像もできなかった人生行路だ。


 でも充実してるんだよなぁ。

 楽しくて仕方ない。


 明日は何が起きるんだろうってワクワクは、体験したものでないと判らないだろう。


「金で売られて平民の身分に落とされたのに笑ってる姉上って、たしかに貴族の枠組みには収まりきらないかもね」

「セディ! 元気だった?」


 穏やかな笑みを浮かべて応接間に入ってきた弟のセルディアンを抱きしめる。


「大きくなったね!」

「成長期だから」


 一晩寝れば一寸育つって年頃だ。

 これからもぐんぐん伸びるだろうし、子供らしさもなくなって青年になっていくのだろう。


 うれしいような。

 ちょっとだけさみしいような。

 お姉ちゃん、ちょっとフクザツです。


「それでね、ちょっとセルリカまで商売にいくんで、挨拶にきたのよ」


 ひとしきり久闊を叙したあと、私は応接テーブルの上に持ってきた荷物をおいた。


「セルリカってお前、東の果てのセルリカ皇国のことか!?」


 父が目をむいている。

 母に至っては、実在していたのねなんて呟いてるくらいだ。

 そのくらい遠い異国だから。


「信じられない。姉上の翼はどこまで飛べるんだよ」

「貴族の娘のままだったら、とてもできない冒険よね」


 そういって包みをほどけば、青磁の壺とワキザシっていうホウニ国の剣がその姿を見せる。


 手土産だ。

 こればっかりは家令に任せず、直接手渡したかったのである。

 もちろんメイコンから仕入れたものだ。


「なんとも不思議な風合いだな」

「これがセルリカ皇国の青磁よ、お父様。取引を始めたばっかりだから、まだ王様しか持ってないわ」

「本当か!? すごいじゃないかっ」


 驚きつつも大事そうに壺を眺める両親に、私は笑顔を向ける。


 珍しいものを持っている、というのは貴族のステイタスだからね。しかも王様しか持ってないアイテムである。


 しばらくの間、アズラル伯爵家は社交界でかなり大きな顔ができるだろう。

 これは想像に難くない。


 そして悔しがった他の貴族が、マコロン商会に買いにくる。

 結果として私たちにも十分に利益のある贈り物なのだ。


「セディは来年には出仕だからね。成人お祝いの前渡しってことで。ホウニ国のカタナ。格好いいでしょ」


 ちなみに、格好いいだけのナマクラカタナだ。


 ただまあ貴族のぼんぼんが剣を抜いて戦うなんて機会は滅多にないからね。宮廷で見せびらかせればそれで充分なのである。

 逆に言えば、それだけのために名剣なんかもったいない。


「初出仕のときいきなり東方のカタナなんて腰に差して、格の違いを見せつけてやりなさいな、他の貴族たちに」

「ありがとう、姉上。すごくうれしいよ」


 顔を輝かせたセディがカタナを構えたり抜いてみせたりしてるけど、サラとアウィなんかに比較したら、腰も据わってないし姿勢も悪い。


 比べたらかわいそうってレベル。

 こいつ弱いぞってのが丸わかりだ。


「ただ、格好いい剣もってるからってケンカしちゃだめよ? あんたは弱いんだから」

「わかってるよう……」


 ぶーっと頬を膨らます。

 まだまだ子供である。

 だってオリバーと同い年だもん。仕方ないね。








 そして出発の日である。


 メイコンたちの馬車に続いて、私の乗った馬車も動き出した。

 王都まで一緒に旅した幌つき馬車といつもの馬車馬。手綱を取るのはオリバーで、その横に私が腰掛けている。

 アウィは荷台ね。


 時間を見ながらオリバーと御者を交代する手筈だ。

 私はまだまだ下手なので、安全そうな平地でたまーにやらせてもらう程度かな。


 商会の前で手を振るマルコやジュリアン、アリス。

 帰ってくる頃には、義弟か義妹が生まれて三歳か四歳になってるのか。なかなか感慨深いねー。


 できれば妹が良いな。

 私、弟しかいないからね。しかもこまっしゃくれたやつ。

 妹を愛でてみたい。


「義姉さんから悪意の波動を感じる」

「気のせいよ、邪推よ」


 オリバーに舌を出し、私は大きく手を振りかえした。


「それじゃあみんな、いってきます!」




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