第26話 家族会議は踊る


 東方セルリカ王国までの往復だ。

 片道一年ちょっと。セルリカに一年滞在するとしたら三年以上もライールを空けることになる。

 さすがに、ほいほーいって出かけるわけにはいかない。


「でも、ほいほーいって承諾してしまったに一シーリス賭けよう」

「そいつはいわねえって話よ。義兄さん」


 状況が見えるようだと呆れるジュリアンに私は舌を出してみせた。

 ついつい好奇心が勝って即答しちゃったけど、家族に相談しないわけにはいかないんですよ。


「ともあれ、せっかくの誘いだ。受けないという手はないよな」


 ぶっとい腕を組むマルコ。

 東方への販路拡大だ。

 王家御用達の看板も近々もらえるだろうし、セルリカ商人と取引できる唯一のっていう肩書きを強化することもできる。


「ただ、アリアっていう人選はどうなのでしょう?」


 軽く右手を挙げ控えめに発言するのはアリス・シャマランさんである。義父のマルコと恋仲だったのだが、私たちが王都に行っている間に婚約が成立したため、家族会議に出席する資格を得たのだ。


 マコロン商会での立ち位置は支配人のひとりで、マルコの片腕的な存在である。もちろん無能な人ではまったくないし、人格的にも安定している。


「アリアはマコロンの看板、躍進の立役者です。三年も店を離れるのは危険ではないですか?」


 まして女の長旅だと付け加える。


「けど、義姉さんじゃないとメイコンは納得しないだろ」


 とはオリバーの意見だ。


「それ以前の問題として、私が行きたい!」

「義姉さんは黙ってて。話がややこしくなるから」


 ぺいって捨てられた。

 ひどい。

 当事者なのに。


「せめて護衛と、見習いを同行させるべきですね」


 すごく仕方なさそうにアリスがため息をつく。


 彼女にも私が行くしかないことは理解できているのだろう。ただ同時に私という戦力が抜けたときの穴も想定してしまうのだ。

 貴族との取引も増えているいま、対貴族の折衝術を心得ている私が戦線離脱するのはたしかに痛いだろう。


「それだけじゃないのよ、アリア。わたしももう少ししたら第一線を退くから」


 そう言っておなかのあたりをなでる。

 妊娠したってことだね。


「おうふ……この時期にですか……」

「マルコが浮かれてしまって……」


 女二人で首を振っちゃったよ。仕込むにしてももうちょっと時期を考えてほしかった。


「親父……」

「忙しくなるって判ってただろが……」


 あ、女だけじゃなかった。

 息子たちも、まるでゴミを見るような目でマルコを見てましたわ。


 そして商会長たるマルコ・マコロンは、でかい体を縮こまらせていた。






 マルコは男やもめ、アリスは独身。誰はばかることもない恋人同士であり、当たり前のように肉体関係もある。

 健康な男女がそういうことをしていたら、そりゃあ妊娠しますよ。


 まして商会の業績はうなぎ登りだし、貴族どころか王様とまでコネクションができちゃうし。

 調子に乗って毎晩のようにアリスと仲良くしちゃったんだろう。


「けど、いまがどういう時期か考えろよ。くそが」

「やりたい盛りの小僧かよ」


 長男と次男にここまで怒られちゃうのはちょっとだけかわいそうだ。

 ちょっとだけね。


「まあまあふたりとも。拒まなかったわたしも悪いし」


 まるで平和主義者みたいにたしなめてるけど、責任の半分はアリスにあるからね。

 ともあれ戦力が激減してしまう。

 マルコは責任を取って馬車馬のように働いてもらうとして、貴族や王様とのやりを経験したジュリアンの責任もかなりのものだろう。


「でも、義兄さんならできるわ。この何ヶ月かで積んだ経験は裏切らないわよ」

「だといいけどな。ところで、セルリカに連れてく見習いだけど、オリバーが良いんじゃないか?」


「オリバーまで抜けたら商会の運営が」

「困ると思うか?」


「困らないわね、まったく、全然、これっぽっちも」

「だろ?」


「ひでー兄貴と姉貴だ……」


 オリバーがめそめそしてるけど、こればっかりは仕方がない。

 彼の身分はあくまでも見習い商会員、いわゆる丁稚だ。大事な取引に関わるような立場じゃないし、まだまだ半人前なのである。


 いまは経験を積むべき期間なのだ。

 どうせなら東方に赴いて見聞を広めてくるというのは良いアイデアだろう。


「俺の扱い……」

「いきたくないの? オリバー」

「いや、いきたいっす!」


 ぐいっと勢い込んでの返答だ。


 だよね。

 商人だったら、こんな機会を見逃すなんて手はないよね。


 セルリカ皇国を自分の目で見るなんて、どれほどの経験になるか判らない。

 それだけでなく、間に十ヶ国も挟む大行程なんだ。

 いままで見たことのない景色がたくさん待っているに違いない。


 わくわくしてきちゃうよ。

 ちょっとだけ浮かれた感じのところで、アリスが口を開く。


「あ、そうだ、アリア。オリバーはどうでも良いとして、ちゃんどご実家にご挨拶していくのですよ」


「忘れてました……」

「どうでも良いっていわれた……」


 私とオリバーが嘆き、マルコ、ジュリアン、アリスが大笑いした。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る