第4話 ニセモノの産地
入浴して旅の垢を落とし、きれいに髭を剃った義兄さんと酒場スペースで合流する。
私たちが逗留を決めたのは、ごくありふれた
「サービスもちゃんとしていたしな」
「良い意味で客慣れしているわ。それだけ従業員教育がしっかりしてるってことよね」
田舎特有の妙に踏み込んでくる馴れ馴れしさもなく、かといって、けっしてよそよそしくもないしオドオドしてもいない。
適度な距離感を保ちつつ、客に心地良いの時間を提供する。
「都会の高級ホテルかと思ったわよ」
「それだけ鍛えられてるってことだよな。客にも」
「でしょうね」
それは客層が良いということ。
荒くれ者とかチンピラとか、そういう連中ではなく、しっかりとした人々が利用しているからこそ、失礼のない接客というのが自然と身につくようになる。
「貴族にニセモノを売りつけようって商人だからな。立ち居振る舞いは完璧だろう」
軽く頷いてみせた。
ペールジャー織りだと騙されて買ったモルト公爵だけど、あの人はけっして無能な貴族などではない。
ちゃんとした鑑定眼もある。
それでも騙されたのは、ようするに商人の方が一枚上手だったということなんだけど、口で言うほど簡単な話じゃない。
「ちんけな犯罪者がなんとなく思いついたことじゃなく、ちゃんと知識のある商会がしっかりと準備をしたんだろうな」
「だから腹立たしいのよ」
職人を育成することだって無料ではできない。
それだけ時間とお金をかけて育てた職人にニセモノを作らせるなんて。
そりゃあ、自分たちのブランドとして立ち上げて、宣伝して、販路を開拓して貴族や豪商に売り込んでいくには、ものすごいお金と時間がかかる。
育成費用よりずっとね。
よほどの目利きじゃないと見破れないほど精巧なニセモノが作れるなら、他所の名声に乗っかっちゃった方が安上がりだし、利ざやも大きい。
そう考えたんじゃないかな。
事実としてモルト公爵に売ってるし。三フィールスなんていう大金で。
普通に生活してれば、まず耳にすることのない単位だ。
一応説明しておくと、千二百シーリンで一フィールスね。
前に言ったように年収として五十シーリンあればけっこう余裕ある生活を送れるって考えたら、どれだけ途方もない金額か判るだろう。
「ニセモノ作って三フィールス。貴族や豪商を十家も騙せば、孫の代まで左うちわだよな」
義兄さんが苦々しく吐き捨てる。
もちろん周囲に聞かれないよう小声でね。
自分たちでブランドを立ち上げた場合、当たり前だけどそんな値段はつかない。
これはあくまでも、ペールジャー織りっていうブランドの付加価値なのだ。
「ちなみにアリアならいくら付ける? 無限の資金があると仮定して」
「モルト公爵閣下のお宅で拝見したのと同じ品質が保証されるなら、二百から三百シーリンはいけるかなーと」
「庶民に手の出る金額じゃないな。となると狙いは豪商か」
私はこくりと頷いてみせる。
新しく作ったブランドなんて貴族にはうけない。
彼らが重んじるのは伝統と格式だから。
けど商人は違う。名より実を取る人が多いし、なにより成長って言葉が大好きだ。
「まあ、それこれも職人をスカウトできたらって話なんだけどね」
言って私は席を立つ。
ここからは足で稼ぐ時間だ。
この村の賑わいを聞いてやってきた商人。
というのが私と義兄さんの肩書きだ。まったく嘘ではない。事実のすべてを語ってはいないだけで。
この村、地図には載ってなかったけどアルル村というそうだ。
人口は三千人もいるっていうから、集落じゃなくてかなり大きな町の規模である。
といっても、そんなに人が増えたのはここ十年くらいの話らしいけどね。
ニセモノ作りで潤って、その金を目当てに商人が集まり、商人が運び込む商品を目当てに近隣から人が集まり、集まった人を目当てに酒場や宿屋が増えてゆく。
理想的な発展のカタチである。
スタートがニセモノ作りだって部分を除けばね。
「織物の工房ならあの丘のあたりさ。だいぶ廃れちまってるけどね」
中年女性が指をさす。
このあたりは織物が盛んだと聞いてきたんだけど、という私の質問に対する回答だ。
情報を集めに市場を訪れた私たちは、いきなり意外な状況に出くわすことになったのである。
なんとアルル村で織物が盛んだったのは五年くらい前までで、いまは貿易の中継がメイン産業だというのだ。
たしかにね。
これだけ村が成長したなら、いつまでも危ない橋を渡る必要なんかないよね。
近隣の町や村から人と物が集まり、それがまた他の村や町へと散っていく。
行商人たちがこの村の宿に泊まったり、食事をしたり、商品の一部を売買するだけで、この村に金が落ちる。
つまり、人の流れそのものが金を生むのだ。
「ニセモノ作りで暴利をむさぼっていた時代ほどは儲けられなくても、まず安定した収入が見込める。なにより人が動くのが良い」
工房へと向かいながら、妙に感心している義兄さんである。
いやまあ、私も感心しているけど。
町作りとはこうやるんだって見本みたいな発展ぶりだもの。
「けど、織物職人たちはどうなったのかしら? そこがちょっと気になるわね」
「口止めのために皆殺し」
「怖いこと言わないでよ」
石畳を歩きながら、くだらない会話を交わす。
土が剥き出しの道と違ってブーツが汚れないのはありがたい。
やがて二人は、市場のおばちゃんが教えてくれた丘のあたりまでやってきた。
たしかに何年か前は隆盛を誇っていたのだろう。痕跡はそこここに見て取れる。
が、いまは空き家が多いようだ。
「ほとんど稼働してないみたいね」
「ニセモノ作りから手を引いたってことなんだろうなぁ」
ふうとジュリアンがため息をつく。
ニセモノのペールジャー織物作りで大もうけした職人たちも、商人たちも、莫大な利益を抱えてとっくにこの場所を捨ててしまった、というところだろうか。
だとしたら、まさに骨折り損のくたびれもうけである。
産地を特定するのに一月以上の時間をかけ、さらに六日もかけて出向いてきたのに空振りとは。
「あ、でも、やってる工房もあるみたい」
やれやれと首を振ったとき、私の耳がかすかな機織りの音を捉えた。
音を頼りに探し始める。
はたして私が見つけたのは、職人街の奥にある小さな工房だった。
ぎったんばったんと、規則正しい機織りの音。
よろず注文承りますと書かれた、奥ゆかしく小さな看板。
軽く頷き合った私たちは扉をくぐる。
目に飛び込んできたのは、一身不乱に機を織る五名の職人たちだ。
それはある種、荘厳な宗教儀式のようにも見える。
「ごめんください」
ちょっとの間だけ目を奪われたが、我に返った私は、カウンターの上に置いてあった呼び鈴を鳴らす。
「はいはい。ご注文かね」
職人の一人が手を止め、こちらへと歩み寄ってきた。
中年というより初老と表現した方がしっくりくる男性である。
顔に刻まれた深い皺と優しげな瞳が、とくにそういう印象を抱かせる。
「こちらは織物が盛んだときいてきたのですが」
「それはずいぶん昔の話だよ。お嬢ちゃん。いまじゃやってるのはうちだけだ」
「そうみたいですね。商品を見せていただいても?」
「かまわんよ」
そう言って、職人はカウンターの上にサンプルの織物を並べてくれた。
「これは……っ!」
私は目を見開いた。
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