第5話 スカウトするぞ!

「同じ職人が作ったものだ……間違いない」


 小さく口の中で呟く。


 モルト公爵の館で見たペールジャー織りの絨毯。奥方も執事も公爵自身すらも見抜けなかった、あのニセモノと。

 ふ、と息を吐いて呼吸を整える。


「見事な出来です。ここはさぞ名のある工房なのでしょうね」


 感嘆の吐息混じり賞賛は、まったく嘘ではない。

 ジュリアンにサンプルのひとつを手渡す。

 彼は私ほどの目利きはできないが、マコロン商会の手代として恥ずかしくないだけの知識も眼力もある。


「これは良いな。じつに良い」


 手触りを確かめ、織り目を確かめ、少し目から離して全体的な文様の構図を確かめる。

 ペールジャー織りではない。ここの職人たちのオリジナルだろう。

 だが、だからこそ価値があるのだ。


「いやいや。名が知れるどころか、まったく売れてない貧乏工房だよ」


 はっはっは、と、職人が笑う。

 謙遜って感じはしない。


「そんなばかな」


 言いつつ、頭の中で推理を構築していく。


 ペールジャー織りでなくたって、これほどの逸品が売れないってのはちょっと考えられない。

 ごく普通の商人が、ごく普通に王都なり郡都なりに持って行くだけで、けっこうな値段がつくだろう。


 あ、いや、そうか。

 そもそも、その商人がいないのか。


 ニセモノを売りさばいていた商人がいなくなってしまったから、販路そのものが消えてしまったんだ。

 だからこうやって看板を掲げて、買いに来る人を待つしかない。


 けど、こんな灯の消えたみたいな職人街に足を運ぶ客がいるか? アルル村の市街地はあんなに賑わっているんだから、そっちでだいたい事は足りてしまう。


「買わせていただきたいんです」


 単刀直入に申し出る。

 これはチャンスだ。

 逃すことはできない。


「それはありがたいな。どの柄かね」


 職人が嬉しそうに目を細める。

 しかし彼の目は、次の言葉で大きく見開かれることになった。


「全部です。いまある在庫も、あなたたちの腕も、全部まるごと買い占めたいんです」

「は?」

「これほどの腕前をこんな田舎でくすぶらせたくない。私たちと一緒にライールにいきませんか?」


 きょとんとしちゃってる職人の手を、両手で包み込むように握る。


「私たちはマコロン商会の従業員です。私はアリア、こちらはジュリアン。どうか私たちに、あなた方の織物を売らせて欲しいんです」


 一息に言って職人の目を見つめる。

 しばしの沈黙のあと、彼はそっと目をそらし私の手をほどいた。


「申し出はありがたい。それこそ涙が出るほどな。けど俺たちには、その話は受けられないんだ」


 寂しそうな。悔しそうな声で拒絶される。


 たぶん、ニセモノ作りをやっていたという罪悪感なのだろう。

 罪の意識が、正道を歩むことを阻むのだ。

 咎人がお天道さまの下を堂々と歩いて良いのか、と。


 けど、そう思ってるなら大丈夫。絶対にまっとうな道に立ち返ることができるから。


 だって、罪をすすぐには正しい行いをするしかないんだもん。


 私は、世の中には二種類の人間がいると思ってる。

 それは、貧困ために悪事を働く人と、悪事を働いて貧困のせいにする人。


 後者は、たとえ充分なお金があったって悪いことをする。なにがあったって自分の行いをあらためたりしない。


 でも前者は違う。

 悪事を重ねるたび、心に罪を背負ってるんだ。


 あ、だから許されるって意味じゃないよ。

 どんな理由があろうとも罪は罪だもの。


 けど、償う機会はあっても良いと思うんだよね。

 ニセモノを作ってしまった罪は、ホンモノを作ることで償えばいいんだ。


「俺たちは咎人だから……」

「親方さん。それがもしペールジャー織りのニセモノを作っていたことを指しているなら、私たちは声を大にして言います。そんなの関係ねえ、と」


 義兄とふたり、にやっと笑って見せる。


「そもそも俺たちは、ニセモノ作りなんていうくだらないことから足を洗わせるためにアルル村まできたんだ。思いっきり時期を外してしまったみたいだけどな」


 そうなのだ。

 足を洗わせるための引き抜きにきてみたら、ニセモノ作りなんてとっくにやめていて、織物自体も廃れてしまっていたという結末である。


 そんな状況で、腕の良い職人を見つけた。

 みすみす見逃すなんて選択肢はない。


「ざっくばらんに言うとな。ニセモノなんて騙される方がバカだと俺は思ってる。じっさい義妹いもうとは一目で見抜いたしな」


 はっはっはっとジュリアンが笑う。

 嘘ではないが、事実のすべてでもない。


 モルト公爵家の人間は、ただの一人として見抜くことができなかったのだから。

 私の鑑定眼が異常なだけなのである。


 なにしろ貧乏だったからさ。ご幼少のみぎりから図書館や美術館に入り浸っていたため目が養われていったわけだ。

 家庭教師をつけてもらうお金もなかったしねー。


「みぬ……かれた……? こんなお嬢ちゃんに……?」


 愕然とする。


「ええ。そしてモルト公爵の家にあった絨毯を作ったのがあなたたちだってことも見抜いたわ」

「…………」


 無言のまま、職人が両手を差し出した。

 さあ捕まえてくれ、とでもいうように。




「私たちは官憲じゃないわ。いったじゃない引き抜きにきたんだって」


 差し出された両手を、やっぱり両手で包み込み私は微笑する。

 だいたい、ニセモノを作ったって捕まるわけじゃないし。

 作るのは罪でもなんでもない。

 売ったら罪だけどね。


「この様子を見たら、商人はとっくに高飛びしてしまってる。現実的に追跡は不可能だろう」


 ジュリアンが援護してくれる。


 何年も前にアルル村の織物産業自体が廃れてしまった。

 つまりニセモノ作りもすっぱりやめて、莫大な利益を抱えて商人は逃げちゃったってこと。


 もちろん村としてはまったく困らない。

 ニセモノ作りをやっていた間に整ったインフラや、構築された人の流れで、貿易中継地としての立場を確立したから。


 あとは通常の経済活動で村は回る。


 そして、職人たちだけが取り残された。

 たぶん彼らにもけっこうな額の分配金があったと思うんだよね。地道に職人を続けるのがばかばかしくなるくらいの。

 それを持って、より便利な暮らしを求めて都会に出て行っちゃったんじゃないかな。


 アルル村が発展していく段階で、都会への憧れも強くなっていっただろうし。

 仕掛け人の商人がそこまで計算してアルル村を発展させたのだとしても、私は驚かないよ。


 あるいは、他国の陰謀だって可能性も否定できない。この国の貴族がため込んでいる財貨を吐き出させるためのね。

 怖いから言えないけど。


 ともあれ、いまアルル村に残っているのは、織物バカだけだ。

 織物作りが好きで好きで仕方がなく、作らなかったら死んじゃうような。


「つまり、まさに私たちが求める人材よ。私たちと一緒に新しいブランドを立ち上げましょう。力を貸して。親方さん」


 握った手に少しだけ力を込め、私は職人の目をまっすぐに見つめた。


 

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