第22話 金烏と玉兎

「王都を発つ日ききにきました。ワタシたちも合わせて一緒ライール向かいましょ思って」


 メイコンからの提案である。

 宿屋一階の食堂スペースを借りての会談だ。


「一緒って、王都での商売はいいんですか?」

「王都の人ダメね。ものの価値わからない」


「メイコンさんのお眼鏡に適う人物は現れませんでしたか……」

「そですアリア。たとえばアナタならこれいくら出します?」


 懐から出してごとりとテーブルに置くのは短刀だ。

 柄にあしらわれた日月螺鈿細工が美しい。


「抜いてみても?」

「もちろん」


 かちりと鞘から抜く。

 んん? たいしたことないんじゃない? これ。

 たぶんこれカタナの一種だと思うけど、鬼切みたいな迫力はまったく感じない。


 ちょっと身体をずらして、アウィにも見せてみると、ため息とともに無言で両手を広げられた。


「飾り細工は美しいんで、二シーリンくらいなら出しますけど。それ以上はちょっと……」

「今朝、ワタシのところにきた男、十シーリン出す言いました。これと同じ品質のものもっと揃えろと」


 メイコンもアウィと似たようなポーズを決め、さらに説明を続ける。


「これナマクラカタナね。二シーリンでもちょと高い。こんなのに十出す人に、ワタシの商品売れないですね」


 さすがの厳しさだけど、私が気になったのはそこじゃない。


「カタナを大量に買おうとした人がいたんですか? 今朝になって?」

「立派な服着た男。望み通りナマクラカタナ、二十本売ってやりしたよ」


 たぶん、昨夜の暗殺者の雇い主かな。

 襲撃失敗を経て、カタナを手に入れようと動いた。

 手甲をつけた腕ごと斬っちゃう剣、とでも報告されたんだろう。


「あれナマクラなの、使えばすぐわかります。そしてアノ手の人、ゼッタイ文句いいきます。だから店たたんだです」


 ああ、うん。

 そうだろうね。

 自分の鑑定眼が悪いだけなのに、売った人のせいにする人ってのは一定数いる。

 しかもそこそこの社会的な地位を持っていたりするから性質が悪い。


 のみの市でも青空市でもいいんだけど、ああいう場所では自分の目だけが頼りだ。

 店舗を構えている大商人に要望を言って用意させるのとはわけが違う。

 だからこそ安く手に入るかもって話なのである。


「一緒に行くのはまったくかまわないんですけど、私たち狙われてますよ?」


 ざっと私は事情を説明する。

 話せる部分をかいつまんでって感じだけど、ニュアンスは伝わるはずだ。


「問題ないです。おじょさんの剣も用立てましょ」


 にっこり笑ってメイコンがアウィを見る。


「さっきの短刀みたいなのは勘弁してね?」


 対するアウィは軽く肩をすくめた。







 その日の午後にはアウィ用の新装備である二本のショートソードが届いた。

 持ってきてくれたのは、メイコンの護衛っぽい東方人の女性である。


 黒髪黒瞳なのはメイコンと一緒だけど、サラがジュリアンのそばから一歩も離れないくらい警戒していた。

 そうとうの使い手なんだろうね。


金烏きんう玉兎ぎょくと。二振りで二百シーリンだ」


 凜とした声で告げられる。

 私はぎょっと目をむいた。

 鬼切ですら十五シーリンだったのである。

 二百なんていったら普通に家が建つよ。

 ショートソード二本で。


「どちらも魔法の品物マジックアイテム。鉄の鎧すら易々と両断する」


 マジックアイテム……だと……?

 ごくりと唾を飲み込んだ。

 それなら値段も納得、というより安いくらいである。


 市井の商人ごときが扱えるようなもんじゃない。

 国宝とか、大貴族の家に代々伝わってる秘宝とか、そういうレベルだ。


「とんでもないものを出してきましたね。メイコンさん……」

「試し切りをすると良い」


 そういって黒髪の女性は、テーブルの上に鉄の棒を置いた。

 指三本分くらいの太さがありそうな。

 これを斬ってみろってことなんだろうか? それはさすがに無理ってもんだと思う。


「……やってみる。けど、剣が折れたって文句言わないでよ」

「無用な心配だ」


 ぞろぞろと私たちは内院へと移動し鉄棒を台にくくりつけた。

 その横にアウィが立つ。

 右に順手で金烏、左に逆手で玉兎。

 いつもの戦闘スタイル。


「信じられないくらいに手に馴染むわね。あと、身体の奥から力が沸いてくる感じ」


 魔法の品物を初めて持った彼女の感想だ。

 抜き放たれた刀身は、ごく淡い青の光を放っている。


「いくよ!」


 ぐっと腰を落として力を貯めたアウィが、鉄棒へと斬りかかる。

 きんっ、と響く金属音。

 鉄棒の上部が指一本分ほど切れ跳んだ。

 すごい!


「まだまだ!」


 叫んだアウィ。

 まるで独楽のように回転する。


「…………」


 息を呑んで見守る一同の前で信じられないことが起こった。

 鉄棒がスライスされたのである。

 均等に、コインくらいの厚さに。


 ちゃりんちゃりんと、小銭みたいな音を立てて鉄棒だったモノが地面に散らばる。


 もうね。

 声も出なかったよ。

 曲芸と笑うには、起きている事象が途方もなさすぎた。


「……とんでもないね。この剣は」


 やがて、すちゃっと回転を止めたアウィが、しげしげと刀身を眺めて呟いた。


「いつもの回転切りなんだけどね。身体の中から力が沸いてきて、すごいスピード回れたってだけ」


 だけってアンタ……。


「そういう問題ではないだろうにな」


 なんだか毒気を抜かれたみたいに、地面にしゃがみ込んだ女性がコイン状にされちゃった鉄棒のなれの果てを拾う。


「厚さもほぼ同じか。これほどの技倆の持ち主はセルリカにも滅多にいないだろう。良い腕だ。で、買うか?」

 

 問いかけは私に。


「買うわ。即金では無理だけど手付けを払う。残金はライールのマコロン商会についてからで」


 決然と言い放った。

 これほどの逸品を見逃す商人がいるのか、問いたいくらいだよ。

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