第23話 名花乱咲

 完成したデザイン図の写しをそれぞれの懐に隠し、ついに出発の日である。


「アリア。おはよござます」

「おはようございます。メイコン」


 宿の前までやってきた東方商人と挨拶を交わす。

 彼らの馬車は二頭立てが八両。隊商キャラバンだね。


 セルリカ皇国からフィルスバート王国へなんて、途中に十ヶ国以上も挟まるような大行程だもの。

 運ぶ商品の量も、同行する見習い商人や使用人の数も、帯同する護衛の数だって途方もないものになる。


 隊列はマコロン商会の馬車が先頭、そのうしろにメイコンの馬車が続く。

 私たちが前なのは一番足が遅いから。

 メイコンたちが前だったら置いていかれてしまう。


 一応は道案内も兼ねているが、主街道を使っているので迷う心配はないだろう。


「これだけの大集団なら、襲撃はないかもしれないな」

「だといいけど」


 手綱を握るジュリアンの言葉に、私は笑みをかえす。

 





 そして旅は順調に進み、最大の難所にさしかかる。

 行きでも襲撃があったメールギの森だ。

 仕掛けるならここしかないだろうってくらい絶好のロケーションだからね。


 街道の両側が森で身を隠す場所がいくらでもある。

 王国直轄領とモルト公爵領が入り交じってる地域で警邏の兵士も少ない上に、国軍と公爵軍が縄張り争いしてるから助けを求めても動きが鈍い。

 襲撃者に有利な条件がこんなに重なってる。


 現実問題として、メールギの森かいわいでは、年間何人も旅人が「消えて」いるらしい。

 ちゃんとした統計があるわけじゃないんで、あくまでも都市伝説なんだけどね。


「くるぞ! 迎撃態勢!」


 突如としてサラの声が響く。

 次の瞬間、何本もの矢が馬車の幌に突き刺さる。

 ほとんど一挙動で馬車の周囲に布陣した護衛たちが、馬に刺さりそうな矢だけを打ち払ってゆく。


 そして御者たちが、馬を中心とした円陣を組んでゆく。

 すっごい連携。


 今日うちの馬車の手綱を握っていたのはトムスだが、他の御者たちに叱咤されながら、なんとか陣形の中に入った。

 そのときには、すでに接近戦が始まっている。


 襲撃者の数は……四十以上!?

 ぱっと目算した感じだから数は前後するかもしれないけど、盗賊団なんて規模じゃない。軍隊だよ。


「ワタシとアリア一緒いますから。恨みも二倍ね」


 アイヤーってメイコンが苦笑した。

 みんな馬車から降りて、馬を落ち着かせたり互いに身を守り合ったりしている。


 荷台にいるのは危険なんだそうだ。火矢を撃ち込まれたりしたら焼け死んじゃうし、万が一にも馬が暴走しちゃったりしたら事故死に一直線だから。


「つまり、メイコンが売ったナマクラカタナを買った人たちってことですよね」

「そしてそれは、アリアの商売の邪魔をしたい人たちね」


 こちらの戦力は、十人ちょっとしかいない。もちろんサラとアウィも入れて。 四対一ってのは、ちょっと勝負にならない戦力差なんだ。

 けど、互角以上に渡り合ってるっぽい。

 むしろ押してる?


 前に進み後ろに退き、右に戦い左に守り。

 斬られるのは敵ばっかりだ。


 サラとアウィが強いのは何度も目にしてるが、ムーランもすごい。片手もちした長剣が閃く都度、敵が血しぶきを上げて倒れ込んでゆく。

 ときに力強く、ときに優美に。

 舞でも見ているような美しさがある。


 他の護衛たちだって強いはずなのに、微妙にかすんじゃってるのはちょっと可哀想だ。

 女戦士三人の活躍が目立っちゃうから。


 とくにアウィね。

 金烏と玉兎、強すぎですわ。あれ。


「やっ!」


 切りつけた右の金烏を盾で受けようとすれば、なんと盾ごと真っ二つ。


「たっ!」


 薙ぎ払われた左の玉兎を剣で流そうとすれば、なんと剣ごと一刀両断。


 下手に攻撃を受けられないと怖じ気づいてさがった敵は、逆にこちらから踏み込んでの回転斬りでなますにされる。


 彼女たちに比べたら、そりゃあ他の戦士たちは地味ですよね。

 ただ強いだけなんだもん。


「花がないわね」

「アリア。彼ら泣いてしまいますね」


 メイコンの苦笑である。


 きちんと場所を選び、数を整え、必勝のタイミングで襲いかかってきた敵は、とくに見せ場もないまま四半刻ほどで全滅した。


「どうして金烏と玉兎を譲ってくれる気になったんですか? メイコン」


 ふと気になったので訊ねてみる。

 マジックアイテムなんてそうそう手に入るものじゃない。

 大店のメイコンだって、ほとんど持っていないだろう。


 それなのに私たちに売ってくれた。

 襲撃が予想されていたって事情もあるけど、それだけじゃない気がしたんだ。


「魔法の品物、持ち手えらびます。ムーランもってもあの性能でなかったね」


 ちょっとさみしげに笑う。 

 一番使える人に使ってもらうのが剣も幸福だ、と。


 

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