第24話 商人の目、傭兵の目
武器が人を選ぶ。
聞いたことはあるセリフだけど、本当にそんなことがあるのだろうか。
「ちょと言葉たりなかったです。道具に意志ありません」
首をかしげた私にメイコンが笑う。
どれほどの名工の手になろうと、あるいは魔法の品物だろうと武器は武器だ。武器が意志を持って所有者を選ぶなどということはありえない。
「この場合選ぶとは、性能を発揮できるかいう意味ですね」
「なるほど……」
サラの持っている技倆に普通のロングソードでは応えることができなかった。
だから彼女は、剣を折ってしまわないようチカラをセーブしながら戦っていたのである。
アウィもまた同じ。
彼女の技、身体さばき、スピードについてこられるのが金烏と玉兎という魔法の品物だったという話だ。
そのへんに売ってるショートソードでは、すぐに刃こぼれしたり折れたりしてしまう。
「達人は道具えらばない、これ嘘ね。達人、どんなナマクラでもそこそこ使いこなすだけね」
元になる値が高いから、ペティナイフを握ったって素人の完全武装より強くなる。だから何を使っても強いように見える。
けど真価は、その人にジャストフィットした武器を使ってこそ発揮されるのだ。
それがサラの鬼切であり、アウィの金烏と玉兎。
ふたりは最高の相棒を得たことで、我慢しながら戦う必要がなくなったのである。
これが、武器が人を選ぶということ。
「アリアが金烏もっても、宝の持ち腐れね」
「わざわざ言わなくても判りますって」
「アナタの武器は剣じゃないね」
むうっと頬を膨らます私に、くくくと笑うメイコンだった。
襲撃者の死体は森の中に捨て、私たちは移動を開始する。
埋葬してやるほど親切にはなれないが、街道に死体を積み上げておくというのも気色が悪いから。
「アリア。次は危ないぞ」
幌の隙間からぼーっと外を見ていた私に、サラが話しかけてきた。
どういうことが判らなかったので、視線で先を促す。
「こちらに死者は出なかったが、それでも重傷を負ったものが三人ほどいる」
もう戦闘には参加できないため、そのまま戦力減になってしまう。
もし同数の敵に攻められたら、次は支えきれないという。
「それなら大丈夫。もう襲撃はないわよ」
「なぜだ? ここでたたみかけない理由がなにかあるのか?」
美貌の女傭兵が首をかしげる。
なるほど。
騎士や軍人ならば、そう考えるかもしれない。
ところが、そんなに深い話ではないのである。
「たんにお金の問題よ。四十五人の傭兵を雇うっていったら、そりゃもう大金だもん」
襲撃者の数は全部で四十五名だった。
一人頭五十シーリンと仮定したら、二千二百五十シーリン。
出費として大きすぎるよね。
どう考えても採算が合わない。
じゃあどこで採算を合わせようとしたかといえば、メイコンの商会の荷物だ。
そっくり奪うことができれば一気に黒字に転化するからね。
「でも彼らは失敗した。奪うどころか丸損よ。さて、そこで問題です。まだ同額を支払って傭兵を雇うでしょうか」
悪戯っぽく私は笑ってみせる。
サラやアウィもそうだったけど傭兵ってのは前払いだ。
したがって、襲撃者の雇い主がもう一回襲撃しようと思ったら、また二フィールス近くを用立てないといけないのである。
いつもの余裕ある平民四人世帯のたとえを出すと、一回目の襲撃で四十五年分の年収を使っちゃったわけさ。さらにもう四十五年分つぎこむかって話ね。
「雇うだろう。そうしなくては戦略的な条件を満たせないのだから。それに、つぎは勝てる目算が高い」
形の良い下顎を右手でなでるサラ。
私の答えと違っていることが判っていて、あえて口にした感じかな。
「軍隊の司令官なら、たぶんその考えで正解なのよ」
でも商人は違う。
損得勘定で動くから、どこまででも投資を続けるってわけにはいかない。
じつは最初の投資の時点から、手を引くポイントは見定めてるものなんだ。
「二フィールスの損をした。さらに二フィールスの損を重ねるかもしれないけど、黒字になるかもしれない方法を採るか、それとも、損失を二フィールスにとどめるか。そういう判断になるの」
このギャンブルに出る人は、少なくとも商売人とはいえないだろう。
軍隊なら、かかる費用のことなんかを指揮官が気にする必要ないけどね。
「だから、四十五人が全滅しちゃった時点で、商人だったらたたむことを考えるわ。むしろ最初の襲撃が失敗したとこで退いてもおかしくないくらい」
往路で遭遇した襲撃のことである。
あのときは八人だったけど、けっして少ない出費じゃないからね。
「つまりアリアは、最初の襲撃と今回の襲撃は黒幕が別だと思っているのか」
「さすがサラ。鋭いね」
にっと笑ってみせた。
最初のは群都ライールの商家で、夜討ちとさっきのやつは王都フィルソニアの商家が裏にいるんじゃないかな。
「実力での排除は割に合わないと踏んだわけか。商人視点というのはなかなかに面白い」
戦を専らとする人たちは、戦って勝つことに最大の価値がある。
商いを生業にする人は、得をすること損をしないことに最大の価値を置く。
そして共通していえるのは、命あっての物種ということ。
死んじゃったらなんにもなんないからね。
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