第10話 王家の使者

「作れば作っただけ売れる。こんなに嬉しいことはない」

「親方。働きすぎて死なないでね」


 ものすごくやる気を出しちゃってるフダンテ親方に釘を刺しておく。この手の職人たちって、往々にして自分の身体をかえりみないんだもん。


「むしろお嬢の方が疲れてるようにみえるな。大丈夫か?」


 心配されちゃった。

 恐縮恐縮。


「もちろん疲れてはいるわよ。マコロン織物の人気が想定の上すぎて、もともと用意していた計画はみんな破棄だもん」


 肩をすくめてみせる。


 三年くらいをかけて広めていくつもりだったのに、最初の取引で火がつくなんてね。

 ジュリアンと錬った計画は、いったん全部白紙に逆戻りだ。


 あらためて、今後どうやって売っていくか、どのようにブランド価値を高めるか、宣伝はどうするか、国外進出のタイミングはいつにするか、そういういう部分を考えていかなくてはいけない。

 売れた売れたと喜んで踊っているわけにはいかないのである。


「しかも、たぶん王都から呼び出しがあるわよ。近いうちに」

「まさか」


 親方は笑うけど、王国有数の大貴族が絶賛するってのは、そういう未来を想定しないといけないってこと。


「杞憂で終わればいいんだけどね。準備だけはしておかないと。備えておいてなにもなかったときは笑い話ですむわ」


 逆に、備えを怠っているときになにかあったら笑えないのだ。

 残念ながら。


「具体的にはどう備えるんだ?」

「国王陛下から発注があるものと想定して、そのための絹糸と織機の用意。職人たちの身体も空けられるようにしておくって感じかしら」


 もし国王陛下からの発注があった場合、その品物は他と同列におくことはできない。

 当然のように専任の職人が必要になるし、使う材料だって最高グレードにしなくてはならないのだ。


「されるかねぇ。発注」

「されないことを祈ってるわ。でも、モルト公爵夫人にお会いしたときから、こうならなければ良いって方向にばっかり話が進むのよね」


 ふうと吐息を漏らす。


「俺たちに、なんかできることはあるかい?」


 おっと、気を遣わせちゃったか。

 これはダメだ。

 彼らの仕事は最高のパフォーマンスで織物を作ること。そして、そのための環境を整えるのが私たちの仕事である。


 未熟な商人を心配するってのは、どう考えても職人の仕事じゃない。


「大丈夫よ。交渉事とか、こまごましたことは私たちに任せて、親方は最高のマコロン織物を仕上げて」


 安心させるようににっこりと笑ってみせた。





 そして、やっぱり王家からの使者はきた。

 立派な紋章入りの馬車に乗って。


「余裕のご到着だな」


 隣に立ったジュリアンが、私にだけやっと聞こえる声で呟いた。

 私たちがライールに戻ってから一月。貴族や豪商からの注文が一段落した時期を見計らったように使者がやってくれば、彼でなくたってこんな感想がこぼれるだろう。


 ちなみに今から普通に発注しようっていうなら、完成品が手渡されるのは五年後になる。


 もちろん王家の注文が後回しになるわけがなく、当然のように順番を一番上にもってこられると思っているわけだ。

 だから、使者の到着は最後でもまったく問題ない。

 それが彼らのルールだ。


 御者がキャビンの扉を開き、立派な身なりをした壮年の男性が降り立つ。

 商会員は一斉に片膝をついた。

 使者っていっても、この人は間違いなく貴族だからね。


 頭を垂れる私たちにとくに注意を払うこともなく、男性は商会の建物へと入っていく。

 完全に姿が見えなってから、大きく息を吐いて商会員が立ち上がった。


 貴族の使者を応対するのと、貴族そのものを相手にするのでは緊張の度合いがまったく違うから。


 やがて、義父の近くに待機していたオリバーが、私たちを迎えにきた。

 王家との交渉なんて無理! と、マルコが泣くから私がやることになったのである。

 礼儀作法に関しては平民の義父より詳しいからね。

 仕方ないんだけどさ、それでいいのか商会長。


「担当のジュリアン・マコロン。私はアリアニール・マコロンと申します」


 しずしずと使者の前に進み出て、恭しく一礼する。


「ガンドル子爵である」


 相手は礼というより軽く顎を引いただけだ。

 無礼なのではなく、貴族が平民に対して頭を下げるということはありえないし、格式の上からもやってはいけないのである。


「陛下がな。マコロン織物を見てみたいと仰せだ」

「ありがたきことにございます」


 見てみたいというのは、この場合は「買うよ」って意味。国王陛下ともあろうお方が、見ただけでやっぱりいらないということにはならないのである。


「どれくらいかかるか」

「二月ばかりかと。デザインにもよりますが」


 子爵の問いかけは値段のことではない。そもそも値段を気にするような立場の人じゃないからね。

 だから、もしここで「一番安いのは百シーリンでございます」なんて答えたら、無礼者が! って怒鳴られちゃう。


 彼が訊いたのは製作期間で、しかもフルオーダーをした場合って意味である。


 そんなの一言もいってないじゃないか、と、オリバーあたりなら怒りそうだけど、貴族の会話ってこんなんばっかりなのよ。


 具体的なことを口にせず、忖度と裏読みで話を進めていく。

 というのも、言質を取らせないってのが貴族社会ではすごく大事だから。


 相手の望んでいることを読む、自分が望んでいることを読ませる。これができないと「判らないやつ」というレッテルを貼られ、貴族の中での扱いが非常に軽くなってしまう。


「陛下がデザインにも関心を持たれている」

「なれば、生地のサンプルを持参し、直接にご指導を賜りたく存じます。子爵閣下」

「うむ。赤の月、七日までに参内せよ」

「承りましてございます」


 そう言って恭しく差し出した私の両手の上に、子爵が書状を乗せた。

 王城に入れてもらうための紹介状である。


 最初から用意してあったのかよ、と、オリバーあたりなら以下略。


 予定調和なのだ。

 王様が欲しいって絨毯を、こっちで勝手にデザインして作るわけにはいかない。どういうものが良いのか希望を聞き取る必要がある。


 けど、片道十二日もかかる王都とライールを使者が何度も往復してデザインを決めていくってのも迂遠な話。

 私たちが出向いて話を聞くのが効率が良い。


 最初からガンドル子爵も判っている。だから紹介状だってちゃんと用意されていた。

 もしこの段階で話がこじれてしまったら、懐から出さなければ良いだけ。


「なんだか面倒くさいな。貴族って」


 予定通りの仕事を予定通りに終えて、走り去っていく馬車を見ながら、オリバーがぼそっと呟いた。






 

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