第9話 棚ぼた成功は喜べないよ
結果として公爵夫人の願いを叶えることになってしまった。
マコロン織物を買い占めたことで、買い物としては充分である。
百シーリンの絨毯が五本、二百シーリンのが二本。四百シーリンのが一本。五百シーリンのやつが二本。それにフルオーダーが一本。
合計して、二フィールスと七百シーリン。
これだけ買って、公爵が騙されたペールジャー織りニセモノの価格に届かない。
あれの品質は甘めに点数を付けて二百シーリンってところだった。ニセモノを売っていた商人たちが、いかにボロ儲けしたのかってのがよく判る。
「俺たちの儲けだって、すごい額になるけどな」
御者台で手綱を取るジュリアンが笑った。
粗利としては千七百シーリン、つまり一フィールスと五百シーリンくらい。ここから工房の維持費とか、職人たちへの報酬とか、こまごまとした雑費とかを差し引いて、マコロン商会の純利益は六百シーリンほどになるだろう。
私とジュリアンは初仕事で、かなりの儲けを商会にもたらしたことになる。
「悔しいなあ」
「王都で宣伝したかったわね」
しかし口をついで出るのは喜びではない。
マコロン織物はモルト公爵領で止まってしまった。王都に持ち込むことができず、宣伝もできなかった。
成功とはお世辞にもいえない結果である。
モルト公爵が影響力の大きな人物である、というのが唯一の慰めかな。
「仕切り直しだな。今回の収益でより多くのマコロン織物が生産できる。職人の数を増やすこともできるだろう」
「そうね。次はもっとたくさんの商品を持って行きましょ」
凱旋というにはしょんぼりした感じで、私たちは本拠地のライールに帰還した。
行きと同様、八日ほどをかけて。
そしてマコロン商会に顔を出したら、ていうか近づいただけで判ったけど、なんだか蜂の巣をつついたような騒ぎになっていたのである。
「ジュリアン! アリア! 戻ったか!」
私たちが馬車を降りるも待ちきれないって風情で、マルコが飛び出してくる。
「お義父さま。ただいま」
「これは何の騒ぎなんだ? 親父」
「やってくれたな! おまえたち!」
ばしばしと私たちの肩や背中を叩く。
なになに。
なんなの? いったい。
昨日あたりから、マコロン織物の発注が殺到しているらしい。
工房の生産力には限界があるから、すでに二年待ちの状態になっているのだそうだ。
にもかかわらず、ひっきりなしに貴族や豪商の使いが訪れ続けている。
「もうそろそろ三年待ちに突入するだろうな」
なにその頭のおかしい状況。
マルコの言葉に、私とジュリアンは顔を見合わせた。
モルト公爵が自慢しまくった結果なんだってのは判るけど、さすがに効果が出すぎである。
あと、はやすぎ。
たぶん早馬を使って移動時間を短縮したんだろう。私たちは一頭立ての荷馬車だから徒歩と変わらないスピードだけど、馬を走らせれば半分以下の時間だから。
逆算すると、私たちが去った後、ほとんど日をおかずにモルト公爵が大自慢大会を開いたのだろう。
それに刺激された貴族や豪商が、早馬を仕立ててライールに走った。
「どんなふうに自慢したのか、想像すると怖いわね」
「買い付けにきた使者たちから聞いた話だと、二年近くも宝物を買うのを控えていたのは、マコロン織物の完成を待っていたかららしいぞ」
母屋に移動した私たちは情報の交換をおこなっている。
王都までは売りに行けなかった話や、モルト公爵に買い占められてしまった話。
私たちが出す情報はこんな感じで、義父は使者たちから集めた情報だ。
「そういうことにしちゃったんだね」
「うまい手ではあるな」
私とジュリアンが頷きあう。
モルト公爵家が宝物を買わなかったのは、たんに騙されるのが怖かったからで、べつに深慮遠謀があったわけじゃない。
けれど、今回どーんと大きな買い物をしたことで、もっともらしい理由付けになった。
そしてその理由付けこそが、貴族たちの購買意欲を狂おしいまでにかき立てたのである。
何度もいうが貴族というのはプライドのかたまりだ。
あそこの家が持っているのにうちは持っていない、というのは許せない人たちなので、モルト公爵が二年近くも出費を抑えてまで欲しがったマコロン織物を欲しがらないわけがない。
そして貴族たちがそういう動きをしたら、豪商たちだって黙っていられない。
彼らは利に聡いから、今のうちに一本でも多く買っておこうとする。
自分で使うだけでなく、懇意にしている貴族に流してあげたりするためだ。
そうやって商人たちはコネクションを築くのである。
「結果として最高の宣伝にはなったのよね。結果として」
ふうとため息をつく。
「どうしたアリア。なにか気に入らないことでもあるのか?」
私の顔色を読み、マルコが心配してくれた。
「気に入らないというなら、じつは全部気に入らないのよ。だって予定外のことばっかりなんだもの」
途中から事態は、私やジュリアンの手綱を離れてしまった。
マコロン織物は大当たりし、マコロン商会には莫大な利益が入り込むことになったが、まさにそれは結果論だ。
儲かっちゃったわーいわーい、と、手放しで喜んではいられない。
予想以上の人気で商品が足りなくなるというのは、じつは売れ残ってしまうよりまずいのである。
そういう事態が起きちゃうってのは、商人の売れ行き予測が甘かったって証拠だから。
一世を風靡するようなヒット商品を作り上げた商売人が、なぜかすぐに没落してしまうのは、この予測の甘さに起因している。
「正直、三年待ちなんて状況は想定してなかったわ。工房の拡大や職人の増員で対応しないといけないけど、ブランドの立ち上げ直後にそれは少し怖いわね」
義父に向かって肩をすくめてみせる。
ちらりと横を見ればジュリアンも私と似たような表情をしているので、しっかりと気持ちは共有できているようだ。
「予想外、想定外が起きるのが商売というものさ。今後の対応は後で考えるとして、いまは成功を喜んで良いと思うぞ。よくやってくれた、二人とも」
そう言ってマルコが右手を差し出す。
良い商売ができたとき商人がよくやる握手だ。
ちょっと複雑な気持ちだけど、ジュリアンと私は順番に握り返す。
「運が良かっただけだと思うんだけどな」
「たまたま上手く運んだだけよね。義兄さん」
「運も実力のうちだぞ。二人とももう一人前だな」
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